足が痛い新井さん

「「うあー…………」」


ベンチのチームメイト達と同じように、席から立ち上がったスタンドのファン。


誰もがこれはいったか!? そう思った川田ちゃんの打球がライトのグラブに収まった瞬間、今日一。いや、今月一の重く深いため息がスタジアムに充満した。



捉えたように見えたが若干差し込まれて詰まった打球だったか。それを右中間の真ん中、フェンス際まで飛ばしたいいバッティングだったが、もうひと伸びが足りず。



その後、ピッチャーのところの代打杉井も内野フライ。


1番柴ちゃんはいい当たりもファーストゴロ。


あっという間に8回裏の攻撃も終わってしまった。




そして9回表。



代わった左の奥田さんが先頭打者に内野安打。


続くバッターを内野ゴロゲッツーコースに打ち取るも、久々の二遊間となった、赤ちゃん&浜出君コンビが2塁ベース付近でちょっともたつき、取れたアウトは1つだけ。


次のバッターに粘られ、フォアボールを出して、1アウト1、2塁となったところでピッチャー交代。


守護神キッシーがコールされた。


普段はセーブシチュエーションでしか登板しないピッチャーだが、背に腹は変えられない。


それくらいなりふり構ってはいられない状況。


2点目3点目を取られたら終わりだから、いいピッチャーからどんどん使うしかない。



ベンチで腕を組む吉野ピッチングコーチも必死の形相だ。





なんとか凌いでくれとマウンドに送られたキッシーもなんだかピリッとしない。


1人目のバッターにストライクが入らずいきなり3ボール。


そしてストライクを取りにいったボールをミートされるも、セカンド浜出君へのライナーで2アウト。


しかし、次のバッターにもボール先行で、ファウルを2つ打たせてカウントを整えるも、そこから3球4球としつこく粘られて結局フォアボール。


満塁になってしまった。


「4番、レフト、筒薫」


そして4番打者の登場である。



「「ウワアアーッッ!!」」


レフトスタンドを中心として、ベイエトワールズファンからものすごい声援と、チャンステーマの演奏。



当然1発もあるし、カウントや球種によっては確実にランナーを返すような上手いバッティングも出来る選手。


なんだかやべえなあ。なんかキッシーはここのところは連投が増えてきましたし、疲れが溜まっているのか、本調子じゃない感じだし、ガツーンと打たれて試合が終わってしまいそうな気がする。


とりあえず、少し下がっておこう。



ガツーン!!




「筒薫打った! 流し打ち! いい角度で上がったぞ!レフト上空へいい当たり!! レフト新井が下がる! 下がっていく! フェンスいっぱいのところジャーンプ!!」





ガツーンとバッターが打ち返した打球が俺の頭の上に上がった。ある意味予想通りと言えば予想通り。


試合序盤に飛んできたのと同じような打球。


ちょっと違うのはその時の打球よりかは角度が若干低い感じ。


だから、今度こそは捕れるかも!


そう思って俺は打球の落下点近くに入り、思い切りジャンプ。


最後は打球を見ている余裕なんてない。


とにかく、打球が落ちてくるところ目掛けてジャンプした。





バシッ!




着地。




…………ズキン。





「どうだ!? 捕っているか! ……新井が倒れ込みながらグラブを上げる!捕った! 捕っています!3アウトチェンジ! これは素晴らしいプレーが飛び出しました! レフト新井が筒薫の飛球をジャンプ1番ナイスキャッチで3者残塁です!」



あぶねー。ビックリしたー。



グラブに入っていたボールを見てほっとしながら立ち上がった瞬間……。



ズキン。



いだっ!



右足首に痛みが走った。


どうしようもない激痛というわけではないが、力を入れると少し痛い。


「新井さん、ナイスキャッチ!」


「お、おう。楽勝よ」


駆け寄ってきたセンターの柴ちゃんにも、ベンチにいるコーチやチームメイトにも。


足の痛みを悟られないように、うまくスイッと立ち上がって、柴ちゃんとグラブタッチをしながら、ベンチへと走り出す。






1塁ベンチまで1番遠いレフトフェンスからゆっくり且つ足が痛いのがバレないようにベンチまで戻る。


9回裏の攻撃は、2番の俺からだ。すぐに準備しなくては。


ドリンクを飲んでいる時間もない。


キャップとグラブをベンチにおいて、グラブ用の皮手を外し、バッティンググローブを装着。ヘルメットをかぶって、バットを持って、逃げるようにベンチ出る。


コーチ陣に捕まったら、お前足痛いんか。交代! と言われかねないので、さっさとグラウンドに出る。


ネクストのわっかでは、既に3番の阿久津さんが素振りをしている。


側に寄って、とりあえず滑り止めスプレーに手を伸ばすと、バットを振ろうと構えていた阿久津さんがこちらに顔を向けた。



「新井、お前足痛いのか?もしかして、さっきのフライをキャッチした時に……」


バレてるー!!


さすがベテラン。さすがキャプテン。その目は確かだ。


「あのー、阿久津さん。試合が終わるまで他の人には言わないでね?」


「分かってるよ。お前には足が折れたとしても打席に立ってもらわなきゃならんからな。……死んでも塁に出ろよ。…………でも、無理はすんなよ」



死んでもはいやだなあ。まだみのりんにいろいろしてもらってないのに。




とはいえ、最後には無理はするなよとは。




ベストを尽くしながらも無理はしない。




なかなか難しい注文ではある。

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