キューバ帰りの赤様

「阿久津の同点2ランホームランで4ー4。一気に、一気に空気が変わりました。阿久津の14号ホームランです。レフトポール直撃の打球。完璧に捉えました」


「インコースのまっすぐでしたかねえ。その場でくるっと腰を回して、いわゆる体の回転で上手く内側のボールを捌きましたよ。打球がライン際切れなかったですから。あれを無理に引っ張り込んでしまうとファウルになりますからね。素晴らしいバッティングです」


「そうですね! 物凄い弾道でした。12試合ぶりの1発でした。ビクトリーズは連敗脱出へ、貴重な同点ホームラン。キャプテンの見事な一撃でした。……そしてバッターボックスには4番の赤月が入ります」



「試合はここからですねえ。8回表。4ー4。……まだ両チームのブルペン陣は豊富に残っていますからねえ。ここからの1点のせめぎ合いになるでしょうねえ」



カアンッ!!



「赤月が初球を打ちました。……ライトに高く上がっています。……ん? ライトが下がっていく! 意外に打球が伸びている!


ライトが下がって、下がって、フェンスいっぱい上空見上げた………最前列入りましたー!!なんと!!……4番赤月にもホームランが飛び出しました!2者連続! 勝ち越しのソロホームランだ!!」






「入った!!」


「「よっしゃあっっ!!」」


高ーく打ち上がった。赤ちゃんの打球。やや低めのボールと、彼特有の下からえぐるようなアッパースイングがジャストミート。


ベンチから見ていたら、いつものようにパカーンと打ち上げただけだと思った。


本人も打った瞬間は、あー……みたいな顔をしてテレテレ走り始めていたし。


それが広い広い札幌のドームのライトスタンドに入ってしまった。


最前列にスイッと。大きな放物線を描いた打球がフェンスの向こう側に消えていった。



まさかまさかの2者連続ホームラン。


確かに赤ちゃんは、高校通算65ホーマーを記録したスラッガー。3球団競合のドラフト1位。鳴り物入りでプロの世界中に入った。


しかしそこからは苦難の連続。


木製バットへの対応。プロのスピード。低めの変化球。膝の怪我。


期待されたスーパールーキーも、プロ入り6年目。1軍で放ったホームランは僅かに4本という成績で戦力外通告を受けた。


しかし、そこから1年。単身キューバへの武者修行。


日本に劣る野球環境。言葉や文化の壁。様々な難しい問題があるキューバ野球に揉まれた彼。


いつか夜中のスポーツドキュメンタリー番組に写る、屈強なキューバ人に混じって、チームの中心打者として、優勝決定シリーズで活躍していた彼は、どこか別の選手になったかのように思えたことを思い出した。





「赤ちゃん、ナイスバッティング!」


「オイッス!」


「赤月、ナイスだ!」


「オイッス!」


「赤月さん、ナイスホームランっす!」


「オイッス!」



ベンチ前のハイタッチが終わり、列を解いても、ホームランを打った赤ちゃんが称賛され続けている。


額の汗を腕につけたリストバンドで拭いながら、赤ちゃんがヘルメットを外しながらベンチに腰を下ろす。


「はあー………打ててよかったー……」


赤ちゃんはホームランを打ったバットを見つめながら、深く吐き出すようにそう言った。


ここまで彼はチームの4番を任されているが、そのプレッシャーはなかなかに重いものだろう。


新球団の初年度。チームの方向性もどれくらいやれるかも想像がつかない状態で、打線の中心を担うわけだから、気楽にバッティングしている俺とは1打席の重みが全然違うだろう。


今の赤ちゃんは、打率2割4分。今ので今シーズン10本目のホームランを打ったわけだが、今のバッティングを見て分かる通り、プレーに荒さが目立つタイプではあるが、度々スケールの大きさを感じることがある。


守っているショートでは12球団ダントツトップのエラー数をかましてしまってはいるが、エース級のピッチャー相手に突然特大ホームランを打ったりとか、大器の片鱗がちらつくこともまた事実だ。


もう1段階皮がむければ、3割20本くらいはやってくれるんじゃないかと俺は期待している。




「ストライク、アウト!」



シェパードが豪快にいつも通りの三振で3者連続ホームランは記録ならずだった。




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