みなぎる新井さん

そんな感じで、胃もたれと共に始まったフリーバッティング練習。


僅か5分間ほどの短い時間だったが、感触はなかなか上々。


お腹がいっぱいで力が入らないのがちょうどいいのだろうか。体の使い方1つ1つを丁寧に意識しながら出来た気がする。


程よく力の抜けたスムースなスイングがボールをバットの芯でしっかりと捉える。


その打球がライト前へ。ライト線へ。そして右中間へ。


打ち返した白球が鋭い打球となって人工芝のグラウンドにポンポンと弾む。



その頃にはスタジアムも開門されてしばしの時間が過ぎており、お客さん達も少しずつ増えてきた。


みんな席に座って一息ついたり、荷物を漁って観戦の準備をする人達が俺のバッティングを横目で見ている気がする。



そうなると俄然やる気になる俺。人に見られている方が興奮する体質には感謝しないといけない。


「バッティング練習、残り1分です」


最後の方に少しだけ、1塁線3塁線にバントをしてボールの転がり具合を確認して、バッティングピッチャーおじさんの投げたボールをまた右方向に打ち返す。



カアンッ!!


最後の打球がライト線ギリギリに落ちた。


「おじさーん、ありがとよ!!」


ヘルメットを外して、バッティングピッチャーおじさんに頭を下げた。


「おう、今日は頼んだぞ」






「皆さんこんにちは。本日は、東北レッドイーグルス対北関東ビクトリーズの1戦をお送り致します!本日の解説席には、昨年までレッドイーグルスで内野手として活躍されていました、橋下さんにお越し頂いています。橋下さん、よろしくお願いします」



「はい、よろしくお願いしまーす」


「間もなく試合開始というところですが、まずは両チームのスターティングメンバーを確認していきましょう。まずは後半戦好調、先攻の北関東ビクトリーズですが……不動のオーダーですかね。橋下さん、ビクトリーズは本日どの辺りがポイントでしょう」



「ビクトリーズはやっぱり、1番柴崎、2番新井がどのくらい出塁出来るかがポイントでしょうね。中軸は今好調みたいですから、この上位2人にチャンスを作らせないことでしょうね。特に新井にヒット許しますと、一気にビクトリーズ打線は活気づいてきますから、イーグルスバッテリーは十分注意していきたいですね」



「なるほど。レッドイーグルスの方はいかがでしょうか」


「レッドイーグルスは、やはり3人の外国人の前にどれだけランナーを貯められるかでしょうね。3人とももちろん1発がありますから、出来るだけランナーを貯めて、プレッシャーがかかる場面で中軸に回していきたいですね」







「1回表、北関東ビクトリーズの攻撃は、1番、センター、柴崎」


仙台にゆかりがあるというお笑いコンビ、おにぎりマンのツッコミの方が、おっきなお腹を揺らしながら始球式を行った。見事なストライク投球に、柴ちゃんのバットが空を切る。



そして、いよいよ試合が始まる。


1番バッターの柴ちゃんが改めてバットを両手で持って、ぐるっとストレッチするようにしてまっさらなバッターボックスに入る。


相手は左投手。コントロールがよく、緩急を生かしたピッチングが得意な技巧派。しっかり変化球の見極めをしていきながら、甘いボールをきっちりと叩いていきたい。



俺にとってはかなり相性のいいピッチャーといえる。


まずは柴崎に5球、6球くらいは粘ってもらって、相手ピッチャーの球筋を確認しておきたいのだが。


カコン。


初球の緩い変化球を引っかけてセカンドゴロ。


ド正面の平凡なゴロ。普通に処理されて1アウト。



スタンドのイーグルスファンから拍手が上がる。


柴ちゃんよ、なにしてんの。



「2番、レフト、新井」




「あらいー!」


「そろそろ打てよー!!」


ネクストからバッターボックスに向かう間、ベンチ上のお客さんの声が聞こえる。


その瞬間、なんかそんな声援をくれるファンをなんとか安心させてあげたい気持ちが込み上げてきて、力がみなぎった気がした。






打席に入り、こちらもまっさらな右打席。



白線で四角く区切られた長方形のスペース。


そこをスパイクの裏を滑らせるようにして、地面の感触を確かめてから、ピッチャーに向かって、ちょっと待ってねと手の平を向けながら、ガッガッと軽く掘って足場を作る。


バッターボックスの1番後ろギリギリに立ち、キャッチャーと球審様に挨拶をかわしてバットを構える。



ロジンを地面に置いた相手ピッチャーがキャッチャーのサインに小さく頷いて、投球モーションに入る。



ノーワインドアップから、ゆったりとしたモーション。高く足を上げた後にグラブをこちらに向ける。


しなるようにして、少し遅れて出てくるように見えた左腕から、真っ白なボールがボッと出てくる。


スタジアムの眩しいくらいのライトに照らされたボールが、すーっと低く伸びてきて、インコース低めに決まった。


きわどいコースだ。


ズドン! と、重たい音がした。



「ストライーク!!」



球審の気合いに満ちた声が辺りに響き渡る。


なるほど、なるほど。今の低さはストライクね。



正直、ボールかなと思って見逃したので、それがストライクと分かったのはそれなりに意味がある。



意味のある1ストライクの取られ方。



後は今日の球審様がストライクゾーンを可変しなければというそんな思いだ。




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