新井さん、動きます。
「お前、4番だろ! なめたバッティングしてんじゃねえ!! 」
はげてるのに怒ったおじさんはそんな感じの口調で、ベンチに帰ろうとする赤ちゃんに言い放ち、走ってきた勢いのまま、背後から突き飛ばした。
「なんだお前!!」
トーンとどつかれた赤ちゃんがつんのめりながら、振り返って反射的にどつき返そうとしたので、俺は慌てて間に入る。
「赤ちゃん落ち着け! ファンに暴力をふるったりしたら、ただの罰金や出場停止じゃすまないぞ!」
間に入りながら、さりげなく赤ちゃんの左乳首を指先でクリクリしながら、俺は忠告する。
すると赤ちゃんは我に返った様子で、力を抜く。
「すみません」
「おじさんも落ち着いて! そんなに怒ったら余計にハゲちゃうぞ!ほら、これあげるから。ね、落ち着いて」
大勢の観客がなにごとかと、おじさんの頭を凝視している。
これはまずい。おじさんのハゲ頭がネットで晒されてしまう。
そう思った俺は、かぶっていたまだ新しいピカピカのヘルメットをおじさんのハゲ頭に被せ、さらに着ていたピンクストライプのユニフォームも肩にかけてあげた。
「ああ、悪かったよ」
おじさんは突然そんなことをされたもんだから、面食らった様子で、俺に謝る。
「コラァ、なにをやってるんだ! 選手から離れなさい」
すると警備員が2人、猛ダッシュでやってきて、俺のヘルメットとユニフォームを着たおじさんを挟み込む。そして、強い口調で説教しながら、元いたライトスタンドの方へと連れていった。
ふう。どうなることかと思ったけど、何事もなくてよかったぜ。俺達もベンチ裏へと引き上げた。
「私からは以上だ。明日移動日。練習はしない。出来る限り体を休めるんだ、いいな」
試合後のミーティング。あさってから戦う、予想されている相手チーム先発ピッチャーの話をして、お開きの雰囲気に。
「何かある奴はいるか?」
ヘッドコーチが分厚い手帳をバタンと閉じて、周りを見渡しながら、形式的に選手達にそう訊ねる。
いつもなら誰も反応しないようなところだが、1番後ろの椅子に座っていた俺はすっと手を上げた。
ヘッドコーチがそれに気付く。
「お、新井。なんだ?」
ユニフォームを剥ぎ取られ、ノースリーブのアンダーシャツ姿の俺がみんなの前に出る。
「じゃあ、コーチとスタッフの皆様は部屋から出てって」
俺はそう告げた。
部屋の真ん中にたくさん置かれたパイプ椅子。その周りの壁際に背中を預けるように、コーチ陣とチームスタッフが囲んでいた。
立っていた彼らは俺の発言に少し驚いている。
「ちょっと選手だけで話したいことがあるから。外でアイスでも食べてて。ほらほら、宮森ちゃんも」
俺はそう言って立ち尽くしている人達を次々にドアの方へと誘い、部屋から離れさせる.サ
ゲッヘッヘッヘ。なでなでしちゃうぞーと、最後に宮森ちゃんのお尻を追いかけ回して、静かになった部屋には、椅子に座る27人の選手だけになった。
「…………」
「…………」
選手だけが残ったミーティング室がシーンと静まり返る。
ずらっと目の前には、野球を終えた男達。まるでクラス全体を叱る教師のように俺は腕組みをして厳しい表情をする。
みんな椅子に座ったまま、じっと俺を見ている。こいつ今から何を言うつもりなんだ?
なにをするつもりなんだ? と、27人全員の視線が俺に集まっている。
そんな中、神妙な面持ちで引き寄せた椅子に座って、まさかのうたた寝をするという小ボケを挟む俺の勇気をまず褒めて欲しい。
はっと眠りから覚め、長テーブルの上に乗せた両手を合わせた俺は、ついに口を開く。
「俺はこれからゲームを買いに行く。宇都宮の駅ビルにある家電量販店だ。みんなも分かるでしょ? 東口の餃子像前の階段上がっていく、映画館とかある入り口から入る方の。
そこで予約してた今日発売のRPGのゲームを買って、ソッコーで帰って、さっそくやる。……そしたら、2時間くらいすると、隣に住んでる子がご飯出来たよーって呼びにくるから、ご飯一緒に食べながら、野球の話をしてあげる。
野球の小説を書こうとしてる作家志望の子なんだ。その子。プロはどんなことを考えて野球をしてるのか、ヒットを打つとどのくらい嬉しいのか。試合に負けるどれくらい悔しいのか。ベンチでどんな話をするのか、相手選手とどんな会話をするのか。監督やコーチにどんな怒られ方をするのか。
プロ野球選手ならではの話をすると、その子はすごく喜ぶんだ。そんな子が作ったご飯を食べながら、2人で1本の缶ビールを飲むのが、今の俺の1番の楽しみだ」
俺は選手みんなにそう話した。
そして問う。
「みんなの今の1番の楽しみってなに?」
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