試合後に、トンカツ食べる新井さん

「最後は低め!落ちるボール空振り三振!! ゲームセット! ビクトリーズ、これで泥沼8連敗!! 借金25! 5位横浜にも10ゲーム差。これは非常に苦しくなりました」


うちの貧打線では3点差は重く、相手の勝利の方程式。強力リリーフ陣に手も足も出ずに、あえなく敗戦した。


ベンチ裏に下がっても、ロッカーに戻っても、やはりチームの雰囲気はどんよりと重苦しい。ユニフォームを着ている全員の肩にずっしりとくるようなそんな状態。


試合後に開かれたミーティングも、ヘッドコーチや打撃コーチから、今日の反省や明日の相手先発の特徴を説明しているが、それもなんだかあまり頭に入らない。


ロッカールームでは、誰も無駄話なんかすることなく、ただ黙ってユニフォームから私服に着替えている。



そして帰り支度を終えた選手から、まるで逃げるようにしてスタジアムを後にしていく。


俺も早く帰ってみのりんの美味しいご飯を頂こうとしたのだが、今の時期の洋菓子工場は繁忙期だということで、お疲れないようにご飯の準備を俺の方から遠慮してきたことを思い出した。


俺も着替えて、観客の多くが帰り、すっかり静かになったスタジアムの外に続く、関係者入り口を出て、晩飯はどうしようかと悩みながら、家に向かって気分転換がてらにゆっくりと歩く。


すると、夜11時になるところだが、スタジアム近くの国道に、まだギリ営業しているとんかつチェーン店を見つけ、腹をすかせた俺はその店に入ることにした。





店に入ってまずは食券機の前に立つ。


ロースカツ定食、ヒレカツ定食、ミックスフライ定食、エビフライ定食。コロッケ・メンチカツ定食、カツ丼。


全部食いたかったが、初めてきた店だし、ここはダブルロースカツ定食の豚汁変更ライス特盛。さらに単品でエビフライ2本とメンチカツ2枚。


さらにカツ丼の大盛りを単品オーダー。8連敗していても、チームの調子が悪くても腹はへたらと減るものだ。



機械からシュバババと吐き出された食券を持った俺は店内へ。


時間も時間なのでまばらな客数の店内。コの字型のカウンター席の端に座り、迎えられた店員のお姉さんにそれを渡す。


「少々お待ち下さいませー!」



絶賛8連敗だからってカツを食い来るまじないチックな自分の行動に、今さら少し恥ずかしい気持ちになりながら、注がれた冷たいお水を口に含みながらしばし注文を待つ。



適当にスマホをいじりながら待つこと5、6分。


「お待たせいたしましたー!ダブルロースカツ定食、豚汁変更ライス特盛、単品のエビフライとメンチカツ。こちらはカツ丼の大盛りでございます!ご注文は全てお揃いでしょうか!」



「はーい!!」



「ごゆっくりどうぞー!!………3名様、いらっしゃいませー!」



うわあ! すごいカロリーだ!美味しそう! いただきまーす!!




うまーい!!


サクサクでジューシーでかなりのボリューム。これだけ頼んで1700円ちょっとなのだから大満足。


白い大皿に盛られたフレッシュな緑色のしゃきしゃきキャベツ。薄い網の上に乗せられた2枚分のロースカツ。


きつね色のパン粉が立つように見えるくらいサクサクの衣に、箸で掴むと肉汁が溢れてくるロースカツの歯切れもいい。


ドロッとしたソースをたっぷりとかけて頬張ると、ジュワッとした豚肉の脂とサクサクの食感がたまらない。


特盛のご飯がどんどん減っていく。


ロースカツを2切れほど食べたら、無駄に色鮮やかなオレンジ色のドレッシングをかけたキャベツも頬張る。


そして、具だくさんで熱々の豚汁をすする。


定食ならではの素晴らしい4連コンボ。さらにそれらをおかずにしてトロトロ卵とだしの効いたつゆが美味いカツ丼をかきこむのだから、これ以上の幸せが今の宇都宮のどこにあろうか。



そんな感じだ。





「カウンターでいいか」


「あー、腹へったー!!」


「よっこらしょっと」


カウンター席の向かい側。


20代前半くらいの若者3人。俺より少し年下に見える男達がコの字型のテーブルの向かい側。つまりは俺の真ん前に座った。


「ロースカツ定食ライス大盛、ダブルヒレカツ定食、ミックスフライ定食のライス大盛ですね。少々お待ち下さいませー!」


誘っているのか、俺にお尻を向けた店員のお姉さんが食券を預り終わると、また若者3人の姿が見える。


「にしても今日も負けたなー、8連敗だよ、8連敗」


「まあ今日は悪い試合じゃなかったですけどね」


「あの8回の新井のゲッツーが痛すぎたよなー」






非常にまずい展開だ。

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