規定打席を知るポニテちゃん
「すいません、新井さん」
「なあに、さやかちゃん」
俺とギャル美のやりとりを目で追うようにしていたポニテちゃん。別にそんな気を使ったりしなくていいのに、話が一段落した頃合いで、彼女は話しかけてきた。
「新井さんの打率って、今4割なんですか?」
「うん、まあ一応……ね」
「でもほら、見て下さいこれを」
「ん〜……どれどれ
ポニテちゃんは豊満な胸元の形をぐにっと変えながら、テーブルから身を乗り出すようにして、スマホの画面を俺に見せ付ける。
そこにはどこかのスポーツサイトの東日本リーグの打率ランキングが掲載されていた。
東日本リーグ打率ランキング
1位 平柳 (東京スカイスターズ) .335
2位 豊田(埼玉ブルーライトレオンズ).321
3位 茂手木 (東北レッドイーグルス) .310
そんな感じで上位10人の名前がずらりと並んでいる。
「ほら、上位3人の選手よりも新井さんの方が打率高いのに、新井さんがいませんよ!間違っているんですかね!」
何故だか今にも俺に噛みついてくるんじゃないかという勢いで訴えるポニテちゃん。むしろ噛みついて欲しい気もするが。
でも、説明めんどくさいなあと思っていると、ポニテちゃんの横に座るみのりんが眼鏡を光らせながら口を開く。
「さやちゃん。規定打席っていうのがあるから、打率がよくてもランキングされないことがあるんだよ」
「きていだせき?」
「規定打席っていうのは、打撃ランキングに載るために最低必要な打席数のことで、チームの試合数×3,1の打席に立っていないと打率のランキングの対象にならないの。今の時期だと、150打席くらいかな」
みのりんはここぞとばかりに眼鏡の縁を摘まみながらなかなかのドヤ顔でポニテちゃんに説明する。
「へー、そういうのがあるんですねー。知らなかったです」
「じゃないと、1打席だけに立って、ヒットを打った人がその後打席に立たなかったら打率は10割。その人が首位打者になってしまうものね」
負けじとギャル美が横槍を入れる。が、なんだか例えがイマイチだったが、それに本人も気付いたようで目の合った俺の太ももが何故かつねられた。
なるほどなるほどと納得した顔のポニテちゃんはスマホをしまいながら、また俺に訊ねてくる。
「じゃあ、新井さんはあとどのくらいで規定打席になるんですか?」
そう言われて俺は改めて少し考えてみたが、規定打席に到達するか微妙な感じだったことを思い出す。
「残りの80試合くらいに全部スタメンで出ればギリ届くくらいかな? 4月5月はほとんど2軍だったからねえ。後半戦にたくさん打席が回ってくればの話だけど」
「あー、そうなんですね。怪我しないようにしないといけませんね」
「まあね」
「それじゃあ、今日も私がマッサージをしてあげます! 怪我をしないように!」
ポニテちゃんは、お茶碗と箸を持って、はりきるようにそう宣言した。
「あら、じゃあお願いしようかしら」
「はい!たまにこうやってご飯頂きに来た時などは任せて下さい!今、スポーツ選手向けのストレッチやケアの仕方を学んでいて、ちょっと実践的に誰かの体でやってみたいなと思っていたんですよ」
ポニテちゃんの話を聞いていたギャル美も同調するように頷く。
「あら、いいじゃない。そういう人を雇うのもお金かかるし、あんたは試合後に体のケアをしてもらえる。さやかも勉強になる」
「いっせきにちょー。そういうことなら、私の部屋をどんどん使って。そこのソファーとか、どかしちゃっていいから。あそこに専用のマットレスもあるし」
みのりんが指差した先。テレビの陰には、青く分厚いツヤツヤマットレス。
ずいぶん用意がいいな。
「実は私もマッサージしてあげようと思ったの。遠征中にテレビで見た新井くんが疲れているように見えたから。なんとかしてあげたくて。だから先にマットレス買っちゃった」
みのりんの言葉を聞いて、胸からぐっと込み上げてくるものを感じた。
なんて出来た嫁なんだ。
リビングと言わず、その奥の寝室に2人きりで入り込もうと、みのりんをお姫様抱っこしてしまった。
「ひゃあ。新井くん、恥ずかしいよ」
頬を赤らめるみのりん。
しかし、他の2人の視線が冷たい。
「さやか。こいつの体のケアするの考えた方がいいわよ」
「ええ。この人の相手をするのは、私には早かったみたいです」
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