ヒーローインタビューをしたい新井さん10

3塁コーチャーのおじさんが、歯をくいしばって右腕をぐるんぐるん回す。


とても面白い笑える表情だったが、もちろんそのおじさんの指示通り、俺は3塁も蹴る。


あとは27メートル。貴重な勝ち越し点へあと27メートルだ。


「新井は3塁も回る! 回る! ボールは今、中継のセカンドからバックホーム!!」


楽勝にセーフにはならないだろうし、楽勝にアウトになるとも思えなかった。


当たりはライナー性の痛烈な打球で、フェン直のボールにライトはジャンプしていた。


つまり、フェンスに当たった打球を処理したのはライトよりやや肩の弱いセンターの選手なので、こちらに+1ポイント。


しかし、打球はフェン直で強く跳ね返ってきているはずなので、打球の処理はしやすい。-1ポイント。


この時点では結局プラマイ0で。あとは、センターが返したボールがどのくらいの送球だったのか。


セカンドの胸元にきっちり返したのか、高い送球だったのか、はたまたワンバウンドの返球だったのか、セカンドはスムーズにバックホームしたのか、一瞬でも握り直したのか、1歩余計にステップしていたらありがたい。


セカンドのバックホームはノーバウンドか、ワンバウンドか。右にそれるか左にそれるか。それともキャッチャーミットにストライク返球か。


外野手が追い付いたボールがホームに返ってくるまで、アウトセーフに関わる分岐点はいくつもあるが、その答えが出るのはほんのわずか時間。



そのわずかな時間で、1塁からホームへ、長駆ホームインすることに、やりがいとおもしろさを俺は感じたのだ。





「セカンドからの返球はワンバウンド!! キャッチャー、タッチ出来ない!! 新井、ホームイーン!北関東ビクトリーズかちこしー!!」




よっしゃあ! 意外と危なかったー!!返球が逸れなかったらアウトでしたわー。



お嬢様のようにお上品なスライディングを決めて俺はベンチへ戻る。



その前に、これから打席に向かううちの4番打者がお出迎え。




「さっすが新井さん! ナイスラン!!」


ホームベースにスライディングし、生還した俺を次打者赤ちゃんが抱きかかえる。


「下ろせよ、赤ちゃん! 恥ずかしいだろ」


「いやー! すごいよ、新井さん!」


さすがは4番打者。ちょうど70キロくらいの俺の体を、太ももに腕を回して軽々持ち上げる。


下ろしてもらって、打席に向かう彼とハイタッチをすると、次は長身のイタリア人が俺に手のひらを見せる。


「イエーイ、ブラギアギャッズィ、アラサン! 」


なに言ってるか全然分からないが、アラサンじゃなくてアライサン!


と指摘してパチーンとすれ違う。


ベンチに帰ると、まるで俺がホームランを打ったかのようにチームメイトや監督、コーチ、裏方さんもホームインした俺を出迎えた。


「イエー!!」


「新井さーん!」


「痛いよ、痛いよ!」


「ウイィー!!」


「ナイバッチ、新井!!」


「新井! ナイスラン!!」


また手荒なチームメイト達に俺の可愛いおケツが叩かれまくっている。






「8回表、東京スカイスターズ、1アウト1、3塁となりまして、バッターは代打の亀戸。ビクトリーズの内野陣は、前進守備。


打ちました! 三遊間! ショートゴロ! 赤月、打球を掴みますが、バックホーム出来ません! 2塁封殺だけ。3塁ランナーホームインでスカイスターズ、すぐさま同点に追い付きました」



あかん。


もうね、調子の悪いチーム、上手くいっていないチームの悪い典型的な形は、点を取った後にすぐ点を取られるところだね。


前の回に、阿久津さんのタイムリーツーベースで1点を勝ち越したのに、次の8回にすぐさま失点。


満を持してセットアッパーのロンパオをマウンドに上げたのに。


先頭打者の当たりがライト前のポテンヒットになり、送りバントとボテボテのピッチャー前内野安打で1、3塁。


そして、丁寧に配球して打ち取った内野ゴロだったが、飛んだコースがショートの深いところ。


バックホームも2塁経由してのゲッツーも取れずにあっさり同点に追い付かれ、そして………。


「平柳の当たりは大きな打球だ! センター柴崎バックする、バックする………入りましたー! バックスクリーンの右、スカイスターズ平柳の2試合連続の第7号は、勝ち越し2ランホームランになりました!」




あーあ。6連敗だ。

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