走塁も頑張る新井さん2

「新井は2塁を蹴って、3塁へ向かう! ボールを拾った金仁郎は…………投げられない、投げられない! 手にボールがつきませんでした!」


2塁を蹴って3塁に滑り込む間は、さすがによそ見をする余裕は微塵もなかった。


半ば勢いに任せて2塁ベースも蹴ってしまったので、頼む! セーフになってくれと願って、3塁ベースにヘッドスライディングをかますだけだった。


だが、2塁ベースに続いて3塁ベースにも、送球されなかった。


思っていたよりも、キャッチャーが蹴っ飛ばしたボールはファウルグラウンドを勢いよく転がり、そのキャッチャーもだいぶ焦ってボールの処理にもたついたようだ。



恐らくはボールを握り損ねたりしたのだろう。唯一見えたサードの選手がそんなタイミングで諦めたのだけは見えたのだ。


その証拠に、キャッチャーは悔しそうに自らの太ももを叩いてから、主審にボールの交換を要求し、キャッチャーマスクを拾う。


そして、顔を歪めながらマウンド上のピッチャーに謝っていた。


俺は3塁ベース上に立ってコーチャーに小突かれた。


「馬鹿やろう。無茶な走塁しやがって」



3塁コーチャーのおじさんはそう言ったが、顔はなんだか嬉しそうだ。


「全く。ここから先は、俺の言うことをちゃんと聞けよ」






「埼玉ブルーライトレオンズ、バッテリー間のミスが出ました。記録は、ピッチャー上野のワイルドピッチからの流れで、新井は3塁に到達しました。


カウント2ストライクとなりまして、柴崎への3球目! 高めストレート外れて1ボール2ストライク」


3塁コーチャーは、点差分かってんのか!?これ以上自分の判断で暴走するなと俺に注意喚起したが、もうこれから先は何もやりようがない。


またこの場面でパスボールをかますようなレベルのバッテリーでもないし、追い込んだ不調のルーキー相手にフォークボールを多投する局面でもない。


とはいっても、完封がかかったあとアウト2つというところなので、多少のリスクは覚悟で大胆に落ちる球勝負になる可能性もあるが、8:2で次の球もストレートにちがいない。


バッターボックスの柴ちゃんも、これから先1番バッターとしてレギュラーの地位を守りたいのならば。


こういう場面でも、きっちりと最低限の犠牲フライくらい打てなければ、セカンドの浜出くんがスタメンから外されたように、明日からの横浜との3連戦では、君もベンチを温めることになりかねないぞ。


そんなことは彼も重々承知しているだろうが。


「ピッチャー、上野。第4球を投げました!高めのストレートだ!」




カンッ!!


「柴崎、打ち上げた!打球はたかーく上がりました!! 右中間、センター、ライトが追う!! 風はホーム方向から追い風になっている!


かなり飛距離が出ました。……… ライトか、ライトがフェンスいっぱいのところ掴みました! 新井が3塁からタッチアップ!犠牲フライには十分です。


ボールはホームには返ってきません。新井が余裕を持ってゆっくりホームインしまして、ビクトリーズ、ようやく、ようやく1点を返しました。1番柴崎の犠牲フライ。ルーキーコンビの働きで完封はとりあえず無くなりました」



俺がホームベースを汚さないようにスパイクのつま先だけでタッチしてホームインすると、今日やっとの得点にスタンドからわずかばかりの歓声が上がった。


ホームランやタイムリーヒットならまだしも、犠牲フライなので盛り上がりは微妙だがなんとか完封は阻止。


普通なら柴ちゃんの打球はただのライトフライでまた打率が下がっているところだったが。


俺がベンチの信用を失ってまで、頑張って3塁にいったおかげで、柴ちゃんの打率は下がらず、さらに打点が1つくのだ。


今日、ビクトリーズの連中に、俺以上に仕事をした選手がいただろうか。


俺がベンチに帰ったら、労いの言葉1つでも欲しいもんだね。

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