どん詰まりの新井さん
打席に入り、ちゃんとキャッチャーと主審に挨拶をしながら少し荒れた足場をならす。
そして改めてピッチャーを見てみるわけだが、結構背が高いんだなあと上野投手はそんな第一印象だ。
スラッとスリムな体型で背も高く、それでいて足を上げてからタメのあるダイナミックなフォームからノビのいい真っ直ぐを投げ込んでくる。カーブやフォークの変化球もキレキレ。
まだプロ野球10打席も立っていない俺はもちろん初対戦だが、今の感じなら、なんだか勝負出来そうな気がする。
それはなんとなくなんだけど、どこかなんとなくではなく、あくまでなんとなくそんな気がするのだ。
そんな意味の分からないふわふわした自信が見え隠れしている。
しかしそれは実際に相対して、相手ピッチャーから感じ取る俺の感覚であり、後は1球か2球、球筋をみればなんとなくが、なんとなくではなくなるのだ。
「ボール!!」
インコース低めのストレートを俺は見逃す。
これはいける。
ボールがよく見える。
9回に差し掛かり、球数も120を越えてきている相手ピッチャー。
その影響か、ボールの勢いがなくなっているようにも見える。打つならばこんな絶好のタイミングはない。
打席に立ち1球ボールを目にする度に、プロ野球選手としての景色がくっきりしてくるようなそんな感覚さえある。
そしてタイミングをしっかり計る。わりと古典的で基本的なタイミングの取り方。
1、2、3。
1、2、3だな。
数を数えてタイミングを計る学童野球のような手法。しかし結局はこれが効果的だ。
1球目を見たタイミングで……1、2、3だなと俺はしっかりとしたヒットへの道筋を未見通した。
ピッチャーの足が1番高く上がったところで1、2、3と数えてで振る。
力まずに、そのままピッチャーにボールを返すつもりで素直にバットを出す。
これで打てる。これでいける。
「ピッチャー上野、高く足を上げて」
1……
2……
「投げました!!」
3!
うりゃああ!
バキィ!!
あっ、痛い…………。
「これは打ち取られました! バットが折れまして、打球はセカンドの頭上へ上がりました」
1、2、3でタイミングは完璧だと思ったが、インコースに食い込んできたストレートに俺のバットがあっけなくへし折られる。
だが。
まだ終わってはいない。
バットにボールが当たり、前に飛びさえすれば、可能性はあるのだ。
「打球はふらふらっと上がってセカンドへ。セカンドの深村がバックする、バックして、バックして………なんと! その向こう側に落ちました! 代打、新井時人。バットを折られながらも、ライト前に打球を落として、1アウトランナー1塁です!」
骨の奥までしっかり届く、手に残ったビリビリとした痺れ。
それが1塁ベースに到達した後も、ずっと残っている。
しかし、いざヒットになれば。バッターにとって良い結果になればその余韻は心地よい。
自分は野球をしているんだ。プロの世界で1軍のピッチャーからヒットを打つことが出来たんだ。そう思えば折られたバットの1本は安いものだ。
しかし、こんなにも痛いものかと。それなりにクッション性があり、打撃時に受ける衝撃を和らげてくれるというバッティンググローブを両手に装着しているが、それでもビリビリと痛い。
それよりもこのヒットで痛いのは相手ピッチャーだ。
9点差もつき、残りの興味は埼玉先発の上野投手が3年ぶりとなる完封が達成出来るかどうかということくらいしかない、この試合には。
ビクトリーズ側としても、ここからあとアウト2つ取られる間に10点取るなんて、ポニテちゃんの豊満な胸元に顔を埋めても俺が正気で居られるかどうかというくらいに難しい。
このまま完封負けを喫してしまうなら、せめて1点。
ビクトリーズ側にしてみれば、最後に1点2点取って、チームのファンにせめてもの盛り上がる場面を作るのと、プロとしての意地を見せなくてはと思っていることが、バッテリーの隙を伺う1塁ランナーの俺の考えである。
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