新井さん、ご立腹。

「よーし! いいぞ、新井!!」


いつしかの試合でノーヒットノーランを食らいかけて、なだめようとあめ玉を差し出した俺を払いのけた1塁コーチャーのおじさんが、はしゃぐようにして、俺のヘルメットを何度も叩く。


「新井ー! よくやったー!」


「新井さん、ナイスバッティング!!」


さすがに4安打となると、観客がざわめき出し、何人かが椅子から立ち上がると、それにつられるようにして、多くのビクトリーズファンが立ち上がって俺に拍手を送っている。


ヘルメットを外して声援に応えようかと思ったが、まだそこまでスタンディングオベーションではなかったので、俺は1塁ベース上で大人しくしていた。


大人しくしていたのに。


なんか、ベンチからの足の速そうなやつが現れて、俺の方に近付いてきた。




「なんだ、お前は! なんのつもりだ!!」


俺は突然現れたよく知らんチームメイトの選手を威嚇する。


足元の土を投げたり、何発もビンタしたりしていたのだが、そいつは引き下がらずに俺の側までたどり着いた。


「新井さん、代走っす」


「それは分かってんだよ! なんで俺に代走なんだよ! ふざけんな!」


俺は代走に来た子にそうやってキレてみたが、1塁コーチャーに首根っこを掴まれた。


「おい、新井! 気持ちは分かるがベンチに下がれ。仕方ないだろ。ここはお前より足の速いやつに交代する場面だ。さ、行け」


大事なのは足の速さじゃなくて、的確な走塁が出来るかどうかよ。


せっかく阿久津さんが4打席連続ホームランを打てるように流れを作ったのに。


今日に関しては、俺が1塁にいてこその阿久津さんのホームランだろうよ。


全く。これで阿久津さんがホームラン打てないどころか、点が入らなかったりしたら、ベンチ裏で暴れまわってやるからな。






「阿久津打ちました! ああー、サードゴロ! 取って、セカンド…………ファーストと渡ってダブルプレー! 阿久津、プロ野球記録に並ぶ4打席連続ホームランとはなりませんでした!」


打球は鋭いながらもサードの真正面に転がり、ダブルプレーが成立すると、スタジアム中が大きなため息に包まれた。


プロ野球記録はならず。阿久津さんの連続ホームラン記録は3打席でストップした。


しかし、その3打席連続ホームランだって、ものすごい偉業。


アウトになり、ベンチに帰る阿久津さんに向かって、滝のように観客からの拍手が降り注いだ。


4安打の俺がベンチに戻る時はあんまり拍手がなかったんですけどねえ。



さてさて。


4点リードしてるし、今日は勝てるだろう。


ベンチ裏に下がって、おにぎり食べて、ロッカーに戻ってアンダーシャツ取り替えてこよっと

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る