静岡の旅館にて1

朝起きてから12時間。


1軍行きを命じられてから、11時間半。


大阪を目指して新幹線に乗ってから11時間。


大阪でめちゃめちゃ美味いたこ焼きを食べてから6時間。


大阪サウザンドドームに着いてから5時間半。


ロンパオとバッティング練習をしてから4時間。


ランナーのいない初めての打席に立ってから2時間半。


ノーヒットノーランを阻止するプロ初ヒットを打ってから2時間27分。


試合が終わってから2時間20分。


そして監督にまさかの2軍行きを命じられてから2時間。


俺は東京行きの新幹線に乗っていた。


まさかヒットを打って2軍に落とされるなんて夢にも思わなかった。


そりゃあ、会心の当たりなんかじゃなかったが、ライト線にポトリと落ちるラッキーヒットだったが。


ヒットはヒットだ。


しかし不運だった。先発投手が2回もたずに降板し、結局今日の試合は、7人の投手をつぎ込んだ。


しかも、6番手で登板したピッチャーが足に打球を受け、明日投げられるか分からないらしい。


大阪の試合は明日あさってと2試合残っているし、5連敗中だ。


1人でも投げられるピッチャーが欲しいのはよく分かる。


だが、そうは言っても、あまりにもひどい。


せめて大阪ジャガースとの試合があるうちは、1軍に帯同したかった。


今日は大阪サウザンドドームでの試合だったが、明日からは甲子園スタジアムでの試合だったのだ。


あの球場でプレーしてみたかった。







「あんた? あんた? 起きるんだよ!」


ん…………? 肩をトントントーン! と、された気がして、俺は目を開けた。


頭がぼんやりする中、目の前には作業着を着た50歳くらいの頭巾を被ったおば様。


目が合うと、おば様はさらに俺の肩を揺らす。


「もう終点に着いちゃったよ。ほかの乗客もいないんだ。早くおりておくれ!」



車両清掃係と思われるおば様に、そう若干強めの口調で指摘され、ようやく状況を把握した。


「すみません。すぐ降ります」


俺は慌てて荷物を持って立ち上がり、車両の出入り口へと向かう。


すると、側の座席を片付けを始めていたおば様にまた声を掛けられた。


「あ、あんた」


「はい?」


「もし、お腹減ってるなら、駅の西口を降りたらハンバーガー屋の脇の路地を入った食堂に行きな。あそこは美味しいよ。今日は、いい鯛のお刺身が出てくるよ。あと、ホタテのバター焼きもあるかな? 品切れじゃなければね」


「は、はあ」




あれ?


新幹線を降りた俺はなんだか様子のおかしさを感じる。


ここ、どこ?


ホームの案内板には「三島」と表記されているのだ。


あれ? 東京駅に向かっていたはずなんだけど。


お客さん、終点だよ! と、起こされてなんでこんな真っ暗な夜空が広がる、宇都宮駅にさも似たり。


みたいな場所にいるんだ?


しかも、他に人が誰もいない。逆に何かの物語が始まりそうなくらい誰もいない。


それにしても、三島という場所が分からず、スマホで調べてしまった。





静岡だ。


ここ、静岡県だ。時刻表も確認してみると、俺は新大阪駅から東京行きではなく、途中で止まってしまう、こだまの三島行きの新幹線に乗ってしまったらしい。


なんという凡ミス。1軍にきてソッコーで2軍に落とされたショックで、よく新幹線を確認しないで乗ってしまった。


だって、新大阪駅から東京方面行きの新幹線に乗れば、東京駅に着くと思うじゃない。


しかも、時間ももうすぐ夜の11時だ。他に新幹線もない。


しょうがない。駅を出るとしよう。

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