この日から俺はちょっとおかしくなった。
今までも、野球をやっている上で、何か変われるんじゃないかと思う時が何回かあった。
高校3年の春。
県大会でベスト8と夏のシードをかけた戦いはもつにもつれた。
延長12回。最終スコアは12ー13で負けた試合だった。
両チーム総力戦となった試合で、背番号10。3年生の投手としてブルペンに控えていた俺の出番は、最後までやってこなかった。
うちは、エースが3回までに5点を失う苦しい展開。その裏の攻撃で代打が出された。
よし。俺の出番はここだと思っていた。4回から9回まで、肩がぶっ壊れても投げきってやるぞと意気込んでいた。
ブルペンの投球にも力が入る。
ベンチ裏の投球練習場で、俺の投げるボールが控えキャッチャーのミットにバシバシと収まる。
かなり調子はいい。早くマウンドに上がりたい。そんな気持ちだった。
味方の攻撃が終わった時、俺は自分自身に気合いを入れてブルペンを出た。
しかし、監督の口から俺の名前は出ない。
交代を告げられたのは、まだ軽くキャッチボールをし始めたばかりだった後輩2年生ピッチャーだった。
チームで唯一の左ピッチャーではあるが、相手の打線は2番から右バッターが5人並ぶところ。
しかも彼は外野手からピッチャーに転向して2ヶ月。直前の練習試合で2イニングほど投げただけ。
どうして俺の出番じゃないんだと思う傍ら、その後輩ピッチャー本人も新井さんじゃなくてなぜ自分なのかと、まだ温まりきっていない左肩を回しながらブルペンから駆け出していく。
俺は少し火照った体がむなしく感じながら、頑張れよの一言を発しただけで、慌ててマウンドに向かう後輩の背中をただ見つめることしかできなかった。
ようやくチェンジになり、顔を真っ赤にした後輩ピッチャーが戻ってきた時には、さらに5点を失い、序盤で更なる大量リードを許す展開となっていた。
力関係はほぼ互角と思っていた相手校との対戦で、序盤から7点ものリードを許す試合展開はあまりにも酷なこと。
しかも、突然の登板で大量失点。半ばパニック状態のピッチャーをうちの監督は交代させようとしない。
後輩ピッチャーに続投を命じたのだ。誰が見ても限界に来ていて代えた方がいい状態なのに。
俺がどうしてこの試合で使われなかったのかいまだに理解出来ていない。
試合は中盤からうちの高校が粘りを見せ、最終回までに3点差に詰め寄るも、序盤の大量失点があまりにも痛すぎた。
だから、あまりにも悔いが残る。
あの4回から俺が投げていれば。
イニングが終わる毎に更新されるスコアを見て、俺はずっとそればかりを考えていた。
勝てば10年ぶりの春の大会ベスト8。
それを逃したこの試合の敗戦で、俺の中でぷっつりと何かが切れたことだけはよく覚えている。
俺はいまだにその時のことをよく思い出す。
あの時、無理やりタイムをかけて、強引にマウンドに上がっていればチームは勝っていたんじゃないかと。
ふとした瞬間や、寝る前にも意識せずして、その時ベンチから見えていた光景が目に浮かぶのだ。
今みたいに、なにか嫌なことがあってストレスを感じた時に、同じく引きずっているその時の記憶が引き出されるのではないかと、自分で分析してみたりもした。
ともかく、今は傷付いた心を抱えながら、とぼとぼと部屋に戻るしか、くたくたな俺に出来ることはなかった。
「ねえ。これでよかったの?」
「オッケー、オッケー! バッチシ! ナイス演技だよ、みのり」
「すごい罪悪感なんだけど」
「いーの、いーの。ああいう奴はあのくらいしないと変わんないんだから」
「 でも、嫌われちゃったらどうしよう………」
「大丈夫、大丈夫!またお腹がすいたら、みのりの部屋にご飯食べにくるんだから。それより、最後のあいつの泣きそうな顔見た? チョー、ウケる」
「…………はあ。ごめんね、新井くん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます