見えない敵
「ねぇ、翔君、今の「そ、そうだ!だから何かいい考えはねぇかと思ってよ」」
慌てて翔は話しを逸(そ)らした。
「ほら、翔。飯だよ」ママが食べ物を出してくれた。
「おっ、さんきゅ。咲、食えよ、な?」
「う、うん。けど翔君さっきお友達に言ってた事は、本当の話し?」
「あ、あぁ、あれな。さっきも話しただろ?まぁ俺が遊んでた過去は消せないからな。仕方ないけど本当の話しだよ」
そう言いながら翔は女の話しは口止めしとくんだったと、後悔した。
でも思ったより咲が落ち込まなかったから、よかったか。
次々と仲間が集まり、狭い店の中はいっぱいになっていた。
それから、わいわい大騒ぎが始まった。
「マジ可愛いな、咲ちゃん。翔をよろしくな」
「あ、はい、分かりました」
「おいおい、咲が困ってんだろ?そんな怖い奴に話し掛けられたらよ」
咲もすっかりその場に馴染んできたのか、時折くすくす笑っていた。
楽しいね、翔君の仲間は。
みんないい人達ばかりで。
「咲ちゃーん、呑まないの?」
「こら、咲は酒はのめねぇよ。いいから咲に絡むな!」
「大丈夫だよ、翔君。凄いね、みんな翔君の事、本気で心配してる」
「半分はふざけてると思うけどな。でも、今回の咲の件は俺だけじゃどうにもならない。正直相手が女だとしたら、俺が遊んだ女の中にいる。それじゃあ数が多過ぎて絞り込めないんだ。ごめんよ、咲。咲が狙われる羽目(はめ)になったのも俺のせいだ」
「ううん、あたし、翔君信じてるから。だから何かあっても翔君はきっとあたしを守ってくれる、そうでしょ?」
「それは絶対に守るって約束する。だから咲はひとりで行動しないで欲しいんだ。ひとりの時が一番狙われやすいからな」
「うん、分かった。泉も晴美も心配してくれてるからさ、あたしも気を付けるよ」
「おい!お前ら、咲を狙ってる奴を炙(あぶ)り出す方法はねぇか?」
「翔、お前が囮(おとり)になっちゃどうだ?」
「俺がか?ふぅん……それは考え付かなかったな。で、どうやって?」
一同、顔を見合わせた。
囮(おとり)と言っても、そんなに簡単な事じゃない。
その方法を考えるのも、至難(しなん)の技だ。
「何かいい方法ねぇかなぁ……」
みんな真剣に考える。
「こうしてる内に敵は確実に咲を狙って来てるんだ。時間がねぇ」
翔が焦れた様に言う。
それまでカウンターで煙草を吸っていたママが、口を開いた。
「何だい?咲ちゃんが狙われてんのかい?翔」
「あぁ、まぁ、な。多分相手は女だ。俺が遊んだ女が嫌がらせしてるんだろうけどな、ただの嫌がらせで終わればいいけど……もし前みたいな事に咲が巻き込まれたら一大事だからよ」
「女の陰に男あり、じゃないのかい?まぁ女だけでそこまで考えるとも思えないけどねぇ。翔を恨んでる男の方に心当たりはないのかい?」
「男ったって、俺らとケンカして負けた奴も山の様にいるよな?」
「だよなぁ……。その中から見つけるなんて無理だぜ」
「あれ?でも翔は学園内にいるって言わなかったか?」
仲間のひとりが声を出す。
「あぁ、咲のメアドが漏れたし、あの時はまだ俺と咲が付き合ってる事を知ってる奴は学園にしかいなかった筈なんだ」と、翔は言う。
「なら、学園の中で怪しい奴に絞れるんじゃねぇか?」
「そうだな……けど、中等部も入ると結構な数居るぜ」
「その中から翔が捨てた女を割り出せよ。多分その中にいる筈だからな」
「成る程な、分かった。って、俺遊んだ女の名前全部思い出せねぇよ」翔が頭を抱える。
「だろうな、翔は片っ端から遊んで捨てての繰り返しだったからな」
「おい、咲の前であんまり言うなよ。それでなくても今朝その事で泣かれたんだからよ」
「何だい、翔。もう咲ちゃんをやっちまったのかい?相変わらず手が早いねぇ。咲ちゃんは初めてだろ?」
紫煙を吐きながら、時折ママが話し掛ける。
「まぁ、仕方ねぇじゃん。我慢出来なかったんだしよ。俺これでもひと月我慢してたんだぜ」
「少しは我慢も覚える事だね。そんな事やってるから、咲ちゃんを危ない目に遭わせる事になったんだろ?本気で惚れた女ひとり守れなくて、何が番長だい?」
「はは……ママには敵わなねぇな。確かにその通りだからな。返す言葉も出ねぇよ」
「母ちゃん、翔はこれでも必死で咲ちゃんを守る事を考えてんだ。言い過ぎだぜ」
直樹が母親であるママに向かって、そう言い返した。
「だったら、お前のその空っぽな頭で考えるんだね。ったくみんな揃ってケンカするしか能がないガキ共が」
このママの言葉に、その場にいた全員が顔を見合わせる。
咲はそれを聞いて、くすっと笑った。
咲はこの見知らぬ世界に、自分がいる事が何だか不思議な気分だった。
ただ翔君との付き合いを承諾した、それだけで咲を取り巻く日常までも変化してゆく。
昨夜、翔君と結ばれた。
それすらも、今までの自分からは想像出来ない出来事だった。
そして……。
今、自分は見えない敵に狙われているんだという事が、何となく分かって来ていた。
それは多分、翔君に想いを寄せる女の子の仕業らしい、という事も翔達の話しの流れから分かった。
ただ、面白くないのは、その子が翔君とそんな関係にあった子だと言う事実。
そしてそんな子がいっぱい存在している、という事。
けれど、翔に言われた。
それは過去の事で、過ぎた時間は巻き戻せないのだと。
そう言われればそうだ。
ある有名な言葉にこんなのがあった。
『この世で取り返しがつかないものが三つある。
ひとつは 放たれた矢
ふたつは 語られた言葉
そしてみっつ目は 過ぎた時間』
確かに過ぎてしまった時間も、今の翔を作り出した事実なのだ。
咲には分らない色んな経験を重ねて来た翔だからこそ、不思議な魅力を持つのだろう。
ファンクラブまで出来る程に……。
でも考えるとやっぱり面白くはないのが、本音。
それ程までに咲は確実に翔に惹かれていたのだ。
咲にとって、初めて芽生えた感情……恋だった。
そして今、見えない敵から咲を守るために、翔の友達が集合してくれている。
翔と咲の為に。
けれど、考えても咲を守る名案が浮かばない。
翔は頭を抱えている。
「翔、とにかく学園の中から怪しい女を見つけ出せ。もしかしたら女と俺らの敵が繋がってるって事も充分考えられるからな」
「だよな。男が女を使って翔に復讐、なんて事もあるしな」
「ふぅん……確かにその線もありだな。ってだから、俺は女の名前なんざいちいち覚えてねぇって」
「咲ちゃんが大事なら思い出せよ。俺らも相手が分からなくちゃ、動きようがねぇからな」
「ああ、分かった。名前ねぇ……美幸とか真由美とか平凡な名前な奴、いたな。後は愛梨ってちょっとつっぱった女がいたわ、そう言えば」
「そいつ怪しくね?後ろに誰か付いてる可能性ありそうじゃね?」
「愛梨かぁ、そう言えばあいつはしつこかったな。俺が何回か遊んで別れるって言った時も、なかなか別れようとしなかったっけ。いい加減頭に来て俺何かあいつに言ったなぁ。何て言ったのかまでは思い出せねぇけどよ。奴なら俺にまだ未練あるかもな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます