初めての体験
さて問題、いや、翔にとっては待望の日曜日。
「忘れ物はないよな」
バッグに着替えを入れて、浮足立つのを抑えながら翔は家を出た。
そしてこれもすっかり当たり前になった咲を迎えに行く。
『もう少しで着くよ』
翔からのラインに、咲は「嘘?もうそんな時間?」と慌てて身支度をする。
が、咲は特にお洒落する訳でもなく、いつものジャージ姿。
一応泉と晴美に散々言われたので、着替えの私服は持って出掛けた。
「おはよう、咲。今日は楽しい日にしようね」
いつにもまして、楽しそうな翔の様子。
「おはよう翔君。何処に行くの?」
「それは俺に任せて欲しいな。これでも男だからね」
「うん、じゃあお任せします」と笑った。
翔が何を考えているかなんて、咲には到底(とうてい)見抜ける筈もない。
くす…----。
可愛い咲。
今日は咲の全ては俺のものになるんだよ。
だって今自分の口で俺に任せるって言っちゃったんだから。
「それじゃ、練習終わったらメールするからね。もし咲の方が早く終わった時は、泉先輩に一緒にいて貰って。ひとりじゃ危ないからね」
「うん、分かった。じゃあ部室にいるね」
そのままふたりは咲の部室の前で別れた。
「おはよう」
咲が部室に入ると、後輩達が元気に「「おはようございます」」と返した。
「咲、おっはよー。今日はいよいよ赤井君との初デートだね」
泉がにこにこしながら、声を掛けて来た。
つられて晴美も声を掛ける。
「今日が咲の運命の日かぁー。いいなぁ、学園のアイドルの彼女なんてさ」
「バカだねぇ、晴美。咲はそのお陰で変な嫌がらせまで受けてるんだよ。ちゃんと話したじゃない」
「あっ!そうだったね。でもそんな妨害に負けちゃだめだよ、咲?」
「うん、翔君が守ってくれてるから大丈夫だよ。さぁ練習始めよう」
チアガール部全員で体育館に向かう。
バレーコートの向こうに、翔の姿が見えた。
やっぱり目立つなぁ。
でも、翔君はあたしの彼なんだよね。
「それじゃあ怪我のない様に今日も頑張ろう。じゃ、ふたり一組で柔軟、始め!」
「「はい!」」
咲達三人も後輩達に混じって柔軟体操を始める。
部の中でも咲は一番身体が柔らかい。
そして何より咲には華があった。
バスケットコートから、翔はじっと咲の姿を見つめていた。
やっぱり一際目立つ存在感だな。
あれが咲の本来の姿なのかな?
でも今日、咲の全てはこの俺のものにする。
果たして咲のその時の反応はどんなものだろうか?
考えると翔は知らずに笑いが込み上げて来ていた。
驚くだろうか?
それとも嫌がるだろうか?
でも俺は咲を放しはしない。
約三時間の練習を終えて、チアガール部はステージから移動してゆく。
翔はそれを見てから、さりげなく携帯のアラームを鳴らした。
そしてさも急用が出来たと言わんばかりに部長の野島にこう言った。
「キャプテン、今自宅から着信ありまして、何か急用が出来たらしいので今日はこれで上がらせて下さい」
「急用か、仕方ないな。分かった、上がっていいぞ」
野島は翔がこれから何をしようとしてるかなど、考えもしないだろう。
翔は急いでバスケ部の部室に戻り、私服に着替えると、咲にメールを送った。
『咲、支度出来た?俺はもう終わったよ』
咲はというと、泉と晴美によってたかって服装から髪型まで弄(いじ)られていた。
「ちょっと、赤井君もう支度出来たってよ」泉が焦って言う。
「咲、たまにはイメチェンでさ、髪おろしてみたら?可愛いから」
「んー、いつもポニーテールにしてるからおろすと邪魔くさい……」
「つべこべ言わないで、言う事聞きなよ」
「ほら、早くしないと赤井君来ちゃうよ?」
「分かったよ。ふたりしてあたしで遊ばないでよ」
「まぁ、こんなところかな?晴美?」
「そだね、いいんじゃない?」相槌を打つ晴美。
「じゃあ翔君にメールするよ?」
「うん、楽しんで来るんだよ、咲」
『支度終わりました。ごめんね、遅くなって』
翔はそのメールを見ると一目散に咲の部室へ向かった。
早く会いたい。
逸(はや)る気持ちを抑える様にして、咲のもとへ急いだ。
「赤井君、お待たせー。じゃあ咲を頼んだよ」
「分かりました、あれ?髪おろしたんだ?へぇ……、可愛いね。とても年上には見えないや」
「だって、ふたりであーしろこーしろ遊ぶんだもん」
「いいじゃん、たまにはイメチェンもさ。じゃ、行こうか?お姫様」
「なにそれ?笑えない冗談やめてよ。で、何処行くの?」
「取り敢えず、腹減らない?昼飯まだだろ?どっかでご飯食べよう?」
「うん、そうだね。あたしもお腹減った」
「じゃあ咲は何食べたい?」
「ん~、何でもいいけど出来ればドリンクバーがあるとこがいいな。練習の後って凄く喉渇くんだ」
「そっか、ずっと指示してるもんね?キャプテンだからね。じゃ、ファミレスにしよ」
ふたりは駅方面に向かって歩いていた。
すると、前から中学生の女子の集団が歩いて来るのが見えた……と思ったら、翔はその集団に取り囲まれていた。
「紅葉学園の赤井先輩ですよね?」
「そうだけど……」
翔がそう言った瞬間、女の子達の間からきゃー、と声が上がった。
隣りにいる咲の存在には、気付きもしない。
いや、あえて無視してる、といった感じもしなくもない。
「あの、ファンなんです。握手して下さい」
「ごめん、彼女と一緒だから」
翔のその一言で、その場にいた女の子の視線が咲に集中した。
そして、何やら小声で話している。
咲には何が起こったのかすら、分からなかった。
余りにも突然の出来事だし、こんな光景見た事もなかった。
咲だって、隠れファンが大勢いるぐらいモテる。
けど、男が咲によってたかって大騒ぎ、なんて絶対になかった。
そんな事をすれば、逆に咲に嫌われかねないし、こういった場合は男の方がピュアなのかも知れない。
「咲、ごめんな。嫌な思いさせたよな」
「ううん、びっくりした。本当にファンクラブがあるんだね?」
「俺が作ったわけじゃないからな。勝手に騒いでるだけだよ」
しかし、この時の女の子達から意外な噂が広まっていった。
翔が物凄く可愛い彼女を連れていた、と。
翔がそれを知ったのは、なんと担任の口から「赤井、お前随分可愛い彼女がいるらしいじゃないか」と言われたからだった。
翔もこれには驚いて「誰に聞いたんですか?」と担任に聞き返していた。
さて、話しは戻って咲と翔は駅前のファミレスでお昼を食べていた。
が、咲は既にドリンクを6杯飲み干し、今また7杯目を注ぎに行った。
これにはさすがの翔も驚いて「お腹壊さないの?」と声を掛ける程だった。
これからの事を考えると、咲にお腹を壊されてはせっかくの翔の下心という大義名分のもとに実行しようとしている事が、おじゃんになってしまう。
咲はそんな翔の下心が読める筈もなく「平気だよ」と笑っていた。
まぁ、平気ならいいけど。
しかし、その分食は極端に細かった。
よくあんなハードな練習を毎日出来るものだと、変なところで感心していた。
だからあのプロポーションを維持出来てるのか。
「そう言えば、咲の誕生日って、いつ?」
「あたし?10月13日。翔君は?」
「俺は5月1日」
「5月かぁ、誕生日過ぎちゃったんだね」
「誕生日は毎年来るよ、さて、もう行こうか」
「あ、うん。待って、翔君これ、あたしの分」と、財布からお金を出した。
「いいよ、初デートなんだから俺に奢(おご)らせてよ」
「え、でも……」一旦出したお金は戻し難い。
翔は笑って「年下でも男だから、カッコつけさせてよ」そう言った。
「うん、じゃあごちそう様」
翔の後に付いて店を歩いてゆく。
男共の視線が咲に集中していたのを、翔は見逃さなかった。
やっぱり咲は誰が見ても可愛いんだな。
自分に集中している女の視線は、しっかり無視していた翔だった。
ふたりでいると、嫌でも異性の目を引く。
咲は自分が見られてる事に気付かない。
普段から違う意味で見られる事に、咲は慣れていた。
その分、自分を知らな過ぎるとも言える。
だから危ないんだよ、咲。
せめて目立つ事に自覚があればなぁ。
いや、自覚はあるんだろうな、チアリーダーとして目立つ事にはな。
でもそれじゃダメなんだ。
まぁいい。
今日は俺がちゃんと教えてやるから。
さてと、こっからどうやって咲を目的地に誘い込むかだな。
遊びなら速攻でホテルに連れて行くんだけど、咲はそういう訳にはいかないし……。
ひとりで考えていた翔に、咲が「どうしたの?」と声を掛けたから翔は「うわぁ!」と叫んでしまった。
その声に、咲も驚いて「翔君?大丈夫?どっか具合悪いの?」と聞いたから、翔は『しめた!これは使わない手はない!』そうピンと来た。
「咲……俺ちょっと頭が痛くて、どっかで休みたいな」
「えっ?大変。でも休める所なんかあるかなぁ」
「俺が知ってるとこでいい?」
「どこでもいいよ。ここから近いの?」
「うん、すぐそこにあるんだ」
「じゃあすぐに行こう、って歩ける?」
「大丈夫、そこまでぐらいなら歩けるよ」
と、咲を巧(うま)い事騙(だま)して翔は目的地のホテルに連れて行った。
咲は何も疑わない。
それどころか、翔を心配するあまり自分がどこに入ったのかすら、知らなかった。
もっとも、その建物を見たところで、咲にはそれが何なのかも分らないだろうけれど。
「咲、ここだよ」
「ここでいいの?何だか変わった建物だね」
「とにかく中に入ろう」
ここまで来て咲に知られてしまっては、翔の狙いは空中分解してしまう。
フロントに入ると、部屋の写真が貼られたパネルがあるだけで、誰もいない。
翔はその中のひとつのパネルのボタンを押した。
下から部屋のナンバーの入った鍵が落ちて来た。
「咲、こっち」
咲に考える余裕を与えない様に、部屋まで誘導してゆく。
翔は素早く部屋を開けると、咲の肩を抱いて中に入った。
「かける「咲……」」
いきなり翔に抱き締められて、咲は言葉を失った。
翔の身体から、コロンの香りがする。
いい匂いだな……。
なんてコロンだろう?
「翔君、頭痛いんじゃ「黙って!何も言わないで俺に任せて」」
そのまま大きなベッドに押し倒された咲。
翔の顔がアップで迫って来る。
思わず目を閉じた。
唇に柔らかい感触。
翔は遊んで来ただけの事はある。
女の扱いに慣れていた。
咲に何の疑問も持たせずに、行為は進んでいった。
咲も何となくこれがみんなが話してた事なんだと、気付き始めたが、嫌がる様子は見せなかった。
ただ、全てを翔に任せた。
刹那、身体を引き裂かれる様な痛みが走った。
「かける、くん……いた、い」
「ごめん、咲。でも俺もう止められない、少しだけ我慢して」
咲は、翔にしがみ付いてその痛みに耐えていた。
真っ白いシーツに紅く散った花びらは、咲が翔のものになったという証。
そのまま翔は咲をずっと抱き締めていた。
「翔君……もしかして初めからこうするつもりだった?」
「ごめん、咲を騙すつもりはなかったんだ。ただ、咲があまりにも何も知らないから、怖かったんだよ。だったら俺が教えてやろうと思って」
「これがその答えなの?」
「まぁ、そう取って貰っても構わない。けどね、本当は俺が我慢出来なかったのが本音だよ」
「我慢してたの?いつから?」
「もちろん、咲が俺の彼女になった瞬間からだよ」
「え?だってもう一か月も経つよ?その間ずっと?」
「そりゃあ、遊びの相手ならその日の内にホテルに直行してたし。だからこんなに我慢したのは咲が初めてなんだ。大事にしたかったからね。でもこれで少しは男と女の事が解かったでしょ?」
「ん~?どうだろ?やっぱりよく分かんないな」首をかしげた。
「じゃあ、男は好きじゃなくても無理矢理でも出来るって事だけは覚えておいて欲しいな」
「翔君、あたしが好きだからって言ったのに、それはまた違うの?」
「そうだね、男ってのは恋愛感情なんてなくても出来るんだ。でも咲の事は本気で好きだよ。俺の宝物だし、初めてこんな気持ちになったんだからね。だから振られるかも知れないって思いながら告ったんだ。本当はあの時すごく恐かったんだ」
「あたしも翔君大好き……」
「咲、もう咲の全てはこの俺のものだから、絶対に誰にも指一本触れさせない」
そのまま咲を抱き締めた。
「翔君……いい匂いだね」
「これ?俺が大好きなコロン。タクティクスって言うんだ」
「なんか安心する、翔君あったかいな……」
「今日は帰したくないよ、咲。このまま朝まで一緒にいよう」
「うん……」
咲は半分眠りに落ちていた。
くす----。
このままお休み、咲。
俺が必ず守り通すから。
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