第23話 学校
「勇人!」
振り返れば、人懐っこい笑顔を浮かべた少年が、こちらにやってくる。
「……」
誰か分からなかった。
ただ、人懐っこい笑顔と重なる姿と、
事前に妹から教えてもらった情報で、なんとかその名前を呼んだ。
「勝行……」
「お前、退院できたんだな? よかった」
嬉しそうに語る友人に、曖昧な笑みを浮かべた。
彼の名前は、
『俺』――如月勇人の幼馴染みであり、親友だった……らしい。
『妹』が言っていた。
正直、前の『俺』が勝行とどんな会話をしていたのか思い出せなかった。
ただ、勇者だったころ、勝行とよく似た人を知っていた。
だから、ある種の懐かしさを覚えていた、
――『俺』は今、如月勇人として、学校に通っていた。
* * *
「睡眠……?」
「睡眠過剰症候群。それが君の病だよ」
あの日、目覚めたばかりの『俺』に、先生は言った。
「なんですか、それ」
「病名はそのままの意味だ。睡眠時間を多く取り過ぎてしまう」
「俺が、その患者だと?」
「そうだ」
睡眠過剰症候群の患者の特徴は、多くの睡眠を必要とすること。
昼夜問わず、食事中、歩行中、運動中、突然、気を失うように眠ってしまう。
例え眠っていなかったとしても、夢を見ているような感覚に陥り、
幻覚、幻聴を引き起こす例が多い。
『俺』もまたその傾向が多く見られていたという。
「この病の本当の恐ろしさは、『夢が見せてくれる魅力的な世界』なんだ」
睡眠過剰症候群の場合、睡眠時間を多くとり、
その夢の中で病が見せる『世界』に魅了されてしまう。
現実では叶わなかったことも、夢の中でなら簡単に叶ってしまう。
そんな魅力的な世界に魅了されない者はまずいない。
たとえそれが本物の世界でなかったとしてもだ。
むしろ、現実よりも夢の世界の方が魅力的で、素敵なものに思えてしまう。
それが病が引き起こす落とし穴だった。
「その世界の方が『魅力的』と思えば最後、幻聴や幻覚が酷くなる」
気休めではあるものの、症状を抑える薬はあるにはあるのだ。
ただ、末期患者になればなるほど、その薬は効きにくくなる。
それは患者本人が薬を拒絶するからだ。
「飲むのを嫌がるってことですか?」
「そういう患者さんもいるけど、そうじゃない」
原因は、病が見せてくれる『魅力的な世界』にあった。
病は患者に夢の中で、薬の効果を『あれは敵だ』と認識させ、脳に異物だと誤認させ、薬の効果を打ち消してしまうのだ。
「誤解させるってどうやって……」
「ドラゴン」
「え?」
「覚えていないかい。君は勇者として、ドラゴンを倒していた」
一瞬何を言われているのか分からなかったが、すぐに理解した。
「あれが、薬だった……?」
「そうだよ」
血の気が引いた。
「今まで世界の為に、倒してきたドラゴンが、逆に俺を助けるための薬だった?」
「ああ、そうだ」
衝撃的な事実だった。
受け入れらない事実を前に、先生はあくまで淡々と、穏やかに教えてくれた。
睡眠過剰症候群の患者が薬の効果を打ち消すようになれば、
末期症状だと宣告を受ける。
そうなれば、もはや手遅れだ。
また次に眠りに移行したが最後、そのまま昏睡状態に陥り、
やがて死に至る。
それが睡眠過剰症候群が『死病』だと言われる所以だった。
「じゃあ、俺は末期患者で、死ぬ筈だった?」
「延命措置は取っていたけど、もって後三日だった」
「……」
呆然としていた。
あまりの衝撃的な真実の数々に、平然としていられる訳もなかった。
――だけど、
「じゃあ、なんで俺は生きているんですか……?」
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