女子が苦手な僕ですが、美人になった幼馴染だけには違うみたいです。

うずはし

プロローグ

00 夢見る少女

 

 とある病院の一室。

 そのベッドの上で静かに眠り続けている美しい少女がいた。


 少女はもう何か月もの間、意識が戻らない。

 ずっとこうして寝たきりになっている。


 こうなってしまった主な要因は、左胸部乳房の大規模な切除。


 そのショックが原因の一つであると医者は言う。

 が、実際のところ詳しい事は判明していない。


 ――ただ、こうなる前の少女は「生きていくのは辛すぎる」と漏らしていたとか。


 生きる意志を失いかけた少女にとって、希望の無いこの世はある意味地獄だったのかもしれない。


 そんな少女が、この世に僅かでも未練があるとするならば、それは……


 昔、離ればなれになった幼馴染の少年の事だろうか――――


 ……かろうじて少女をこの世に繋ぎ止めているのは、人口呼吸装置と点滴だけだった。



「……」


 無言で付き添う少女の母親。

 今日もただ呼吸をしているだけの娘に、何も変化はみられなかった。


「…………」


 できる事なら目を覚ましてほしい。

 毎日こうして看病するも、その思いは報われず。

 ただ娘は永遠に眠り続けるだけと、母親は落胆する。


「お願いだから……目を覚まして……」


 と、涙ながらに口を開く。

 滲む視界でじっと娘の顔を見つめていると――――


 わずかに瞼がピクリと動いて見えた。

 

「――! あ、彩乃?」


 いつも寝たきりで、動く兆しすら無かった娘。

 その瞼が、初めて変化を見せたのだ。


 母親は涙を拭き取り、もう一度確認する。


 間違いない。

 確かに娘の瞼は動いている……

 まるで夢を見ているのではと思えるくらいに。


 変化が、動きがあれば、どうしたって母親の心情は穏やかではいられない。

 いますぐにでも瞼が開いて、意識が戻るのではと感じてしまう。


「お願い、目を開けて……彩乃……」


 祈りをこめて呼びかける母親。


 細く色白になってしまった娘の手を、毛布の中で強く握りしめて。


 再び、目を覚ますことを祈って――――

 






◇ ◇



◇ ◇ ◇


 目を開けると、正面には鏡があった。

 そこに映るのは自分の姿。


(ここは……どこなの?)


 周りを見れば、お風呂の脱衣所だとわかる。

 そこは見覚えのある場所だった。間違いない、ここはかつて自宅だった・・・・・頃の脱衣所である。

 そこにある鏡に自分の姿が映っていたのだが、その姿が――


(なにこれ裸? ……え! 子供の頃の自分?)


 真っ裸になっている女の子の姿が映っていた。

 

 それは子供の頃の自分。

 まだ女性としての発育の変化が始まったか否か、

 

 そんな頃の自分だった。



「……どうしたの? アヤ?」

 

 隣には下着姿の男の子も居た。幼馴染の男の子。

 不思議そうな顔でこちらを見ている。


「な、なんでも、ないわ……」


 いつか見たことあるこの場面。


「ふうん、変なの」首を傾げる男の子。


 そうだ、いつもこうして一緒にお風呂に入っていたと思い出す。

 ならばあの時の自分は、こう言ってた筈だ。


「ほらはやく、カイも脱いじゃってよ」


「おう」


 いわれた男の子は下着を全部脱ぎ捨てた。


 


 ――――仲良しの二人は、物心つく前からの幼馴染。


 今日も二人は、一緒にお風呂へ入っていった。いつもの様に。


「よし! アヤ、準備オッケーだよ」


「じゃあカイ、いっしょにいくよー」


 シャワーで軽く洗い流した裸んぼの二人は、浴槽のふちでスタンバイ。


「「せーのっ」」チャプーン!!


 二人は掛け声と同時に湯船へ入った。

 沸かしたてのお風呂で我慢比べだ。

 一番風呂に入る時はいつもこうして勝負をするのだ。


 毎回お馴染みのイベントなので、掛け声のタイミングもぴったりと揃っていた。


 アチチッと言いながら一気に肩まで浸かった女の子に対して、男の子はゆっくりと慎重に沈んでいる。


「ほらほらカイ、ちゃんと肩まで入りなさいよ、一旦出たらカイの負けだからね」


 早く沈み切った女の子は、悪戯っぽい顔でお湯を波立ててチョットだけ攻撃。

 男の子にも意地がある。歯を食いしばって沈んでいこうとするが、


「アツ、アツイ! やめてよアヤ、動かないでジッとしててよー」


 姑息な妨害に負けることなく、なんとか肩まで沈み切った男の子は、ふうーと息を吐いた。


 なんて事は無い。沈み切ってしまえば、もう熱くはなかった。

 丁度良い湯加減のお風呂に感じる。


「なーんだ、今日も引き分けか、ふふっ」


 男の子との勝負は引き分け。女の子はそれを残念がるわけでもなく、にこにこと笑顔を振りまいていた。

 

 二人は物心がつく前からずっと一緒に遊んでいる幼馴染。家はお隣さんで親同士もとても仲が良く、家族ぐるみで遊んだりする事も多かった。

 そのせいもあってか、子供たちは気兼ねなくお互いの家を行き来していたのだ。いつでも気軽にお邪魔しあっていた。


 今は女の子の家のお風呂に、仲良く入っているところだ。


「はあー、いい湯加減だねー」


「うん、気持ちいいね」


 ごく普通の家庭にあるような、ごく一般的な浴槽に二人並んで肩まで浸かっている。この家のお風呂は並んで入っていても、二人には丁度心地良い広さだったので、いつもお互い好んで一緒に入っていた。


 そう、一緒にお風呂へ入る事なんて、別にいつものこと。


 男の子は、物心つく前からこうして一緒にお風呂に入っていたので、これが特別だなんてこれっぽっちも思っていなかったのだ。




 ――でも、女の子の思いは少しだけ違っていて、


 幼馴染と一緒にお風呂に入れるなんて幸せな事だと、特にここ最近はその思いが強くなっていた。


 幼馴染の男の子と喧嘩することをなどしょっちゅうで、先日もなかなか仲直りできなかったのに、お風呂で体を流しあったら直ぐに仲直りで来たのだ。


 それくらい女の子にとって、幼馴染とのお風呂は特別なイベントだった。


 いつも一人で勝手にべちゃくちゃと五月蠅い女の子。

 それが今日は何故か物静かだった。


 何か考え事をしているのか、天井を見つめたり水面でぶくぶくしていたりと、ちょっぴり普段と様子が違っていた。


 わりと口数の少ない男の子は、そんな女の子を気にする事なくアヒル隊長を浮かべたり、沈めたり。


「はぁ……男って、どうしてこうも気楽なのかしら……」


 横目で見ていた女の子は、ぼそりと呟いた。


「え? なんか言った?」

「なんでもなーい」


 女の子はプイとそっぽを向いたが、男の子はその様子をちらりと見ただけで、再びアヒルを沈めて遊ぶ。


 はぁーと大きくため息をついた女の子は、水滴がいっぱい付いた天井を見上げていた。

 そのうちの大きくなった一粒が女の子のおでこにピチャリ。


「ひゃっ! つめたっ」


 頭をぶるっと振って気を取り直すと、男の子に向かって口を開いた。


「ねえ、ねえ、カイ」


 愛称で呼ばれた男の子は、浮かべたアヒルのオモチャを叩きながら「ん?」と応える。


「カイはさあ、お嫁さんにするんだったら、どんな女の子がいいの?」


 向けた瞳をキラキラ輝かせている女の子。思いもよらない質問をされて、男の子は少し考えていた。


「可愛い子かなあ、それともおしとやかな子? ねえ、ねえ、どんな子にしたい?」


「ええっと、うーん、そうだなあ…………やっぱり」


「うん、うん、やっぱり?」


 更に顔を寄せて男の子を見つめる。だが、出てきた答えは、


「やっぱり、おっぱいがおっきなお嫁さんがいいかなあ」


「――っ! お、ぱぁい?」


 虚を突かれた。そんな感じの女の子は、言葉にならない声を発してしまった。


 それでも男の子は自信満々に「そう、おっぱい」と繰り返し言っている。


「……ふうん、カイってそうなんだね……この、エロガキ」ジト目で男の子を罵る。


「エロガキ言うな! ぼくはエロくない」


「エーロ、カイのエーロ。こっち見んな! エロい目で見んな!」


「うるさいなあー、アヤんの見たってしょがないだろう、おっぱい無いし、全然エロくないし」


 言い返せない女の子は「むぅーー」と唸ってしまった。


 女の子は自分の胸に手を当てみた。ちょっとだけ、ほんのちょっぴりだけ膨らんだ胸。

 まだ発育途中、変化し始めたばかりの体だったが、それでも女の子は僅かな女性への変化を感じとっていた。


 上目遣いに男の子を見ている女の子の顔は、ほのかに赤く染まっていた。


「ねえ、カイ」


「ん?」


「アヤだって、すこしはオッパイおっきくなってきたんだよ! ほらぁーカイ、ちゃんと見てよ!」


 薄い胸をそり出して協調していた。

 仕方なく言われるがまま渋々それを見た男の子。相変わらずの面倒くさいといった表情だった。


「えー、そうかなあ、ぼくとそんなん変わんないじゃん」


「ぜんぜん違うって、ほらっ」


 女の子は男の子の腕をつかみ取ると、その掌を無理やり自分の左胸に押し当てた。


「ね。アヤのちょっとおっきくない? それに柔らかいでしょ?」


 男の子の掌に女の子の柔らかい感触が、それと同時に激しく心拍の上がった鼓動が伝わってきていた。


「な、なにすんだよ、き、気持ち悪いなあ」


 掴まれた腕を引き戻して、男の子はそっぽを向いてしまった。


「気持ち悪いだなんて、失礼しちゃうわ。カイのばーか!」


 せっかく大切な場所を触らせてあげたのに、気持ち悪いと侮辱されてしまい不貞腐れた女の子は、湯船のお湯を男の子の顔に向けてバシャバシャと飛ばした。


「や、やめろよアヤ」


「ばーか、ばーか、カイのへんたいっ!」と叫びながら更に激しくお湯をかける女の子。


「わあー! キモいアヤ、キモいアヤーーー」


 男の子もやられっぱなしではない。両手を打ち付けて応戦する。


 浴槽のお湯は大きく波を立てて、浴室全体にお湯を飛び散らせて、二人の子供は大騒ぎではしゃぐ。

 そして終いには……


「コラーー! 二人ともいい加減にしなさい! お湯が勿体ないでしょっ!!」


 女の子の母親がものすごい剣幕で怒鳴り込んできた。


 この後も二人は、男の子の母親が迎えに来るまで、こっ酷く叱られた――――





◇ ◇ ◇



◇ ◇





 寝たきりの少女の瞼から溢れる。


 限界まで溢れた涙が一滴、目尻から眉間を伝って流れ落ちた。


 そして……ゆっくりとその瞼が開いていく。


「――――っ!」


 見開き現れた眼球は、薄茶色の瞳。

 焦点は定まっておらず、ぼんやりと天井を見つめていた。


「彩乃! おかあさんよ! わかる?」


 目覚めた娘に、母親は興奮した口調で必死に呼びかけていた。

 覚醒ままならないが、それでも声のする方へ、娘の薄茶色の瞳が向けられ、


「…………お、母さん……」


 絞り出すような、か細い声が母の耳に届いた。

 母は何度も何度も頷いて、


「うん、うん、彩乃! 良かった……ホントによかった目を覚ましてくれて」


「…………あのね、お母さん」


「なあに? 彩乃」


「……夢を……夢を見ていたの…………カイの……幼馴染の夢を」

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