第5話 依頼者 3

 逆に考えれば、好きな人に会ったことないストーカーなんて、それはもはやストーカーと呼べないだろう。


「あなた……魔女って知っているわよね?」

「うん、もちろん」


 そりゃ知っているだろう。そもそも、彼女から先輩の話を振ってきたとき、その会話に少しだけのっかたんだから知っているに決まっているだろう。

 と、でも、そりゃどうでもいい話なら覚えていないのも仕方ないか。


「実は私も魔女なの……いわゆるファンタジー生物ってやつね」

「はぁ……」


 僕は気のない返事をするが、それは彼女の言葉の意味が脳幹にまで届いていなかったからだ。

 いま彼女は何と言った? 魔女? 彼女は自分を魔女だと言ったのか?

 ありえない、普通僕たちのような能力もちであるのなら、それは絶対にかくすはずだからだ。いとも簡単に僕なんかに話すはずがない。僕だって他人で、ボッチで、嫌われ者で、小心者な僕になんて話すはず……そうか、誰にも告げ口できない僕だから話したのか。

 まあともかく、彼女が嘘をついてはいないという確証はない。

 だけど、同じクラスの彼女のことだ。僕の学内での素行を知っていてもおかしくはない。授業はまともに聞かないわ、クラスの誰とも話さないわ、というかほとんど午後からの授業しか出てないはで……生徒どころか、ほとんどの教師からも嫌われている。

 そんな僕が誰かに何かを話したところで、本気で信用されるはずがないわけだ。

 徐々に思考が戻ってきたのか、そこまで結論付けることは出来た。まあ、そんなことはどうでもいい。


「魔女だって!?」

「もうちょっと声を落として!! 誰かに聞かれたらどうするの!?」


 結構な間を空けて、驚いてみせる。

 いや、聞かれたらどうするのって、僕が聞いてるから……


「あなたはいいのよ。どうせあなたが何を言ったって信じるのはあの先生と、あの先輩ぐらいでしょう?」


 彼女は言ってはいけないことを言ってしまった。彼女の言葉は、どうせお前に友達なんていないだろう? って、いうのとほぼ同位だ。

 ボッチに対してボッチっていうのは犯罪なんだぞ。

 それに彼女は勘違いをしている。


「いやいや、僕にはれっきとした幼馴染が――」

「――七瀬ちゃんのことでしょ。口さえきいてもらえない」


 僕の言葉を先読みして、彼女は悲しい事実を僕に突き付ける。

 彼女の勝ち誇ったような顔が妙に腹立たしいが、事実を知られてしまっては仕方がない。今回は僕の負けということにしておいてやろう。


「……で、どんな能力なのかは聞いても大丈夫なの?」

「どうしたの? 本当のことを言われて怒ったの?」


 なぜかはわからないが、彼女は執拗に僕を煽ってくる。全く依頼者らしからぬ姿に少しだけ苛立ち始めた僕だが、そんなくだらないことで感情的に怒鳴っても僕の品位を下げるだけだろう。

 ここは、聞かなかったことにしてやるとしよう。


「どんな能力なのかは聞いても大丈夫なの?」

「……案外煽られ耐性は強いようね。まあだったら話しておいても問題はなさそうね……」


 彼女は僕の質問に答えずに、何かをぶつくさとつぶやき。そのあとで、何があったのかは知らないが、突然立ち上がり僕の肩に手を置いた。

 小さな机とはいえど、向かい合わせになっている僕の肩に手を乗せたものだから、彼女は普通よりも前かがみになっていて、僕の顔のそばまで顔が近づいている。


「一体……何を……っ!?」


 僕は柄にもなく動揺した。

 当たり前だ。だって僕はこんなロマンチックな体験をはじめてしたのだから、僕みたいなチェリーボーイなら勘違いしてしまったっておかしくはないだろう。

 いや、僕はチェリーボーイじゃないけどね……本当に。


「何って、あなたに能力を見せてあげるのよ」


 何当たり前のことを聞いているお前は……みたいな表情で僕を煽っているような顔であっても、ここまで近いとドキドキするってことに初めて気がついた。

 もしかした、僕はMの素質があるのかもしれないなんてことは、気がつきたくなかった。

 ちょうどそんなことを考えていた時だろうか、彼女の手から、僕の肩に何らかの力が流れ込んでくるような不可思議な現象が起こった。


「えっ、えっ? 何?」


 今まで生じたことのないような感覚に襲われた僕は、動揺のあまり彼女の手を振り払ってしまう。

 何か恐ろしいことが起きているような気がして、気が気でなかったのだ。

 そんな僕の動揺具合を見て、彼女はにやにやと笑っている。こんな状況でも僕のことを煽っているようにも感じるが、どうやらそうではないようだ。

 彼女の手が離れても依然として、肩から外れない不快感なような、快感なようなものがゆっくりと脳の方へとめぐるのが何となくわかった。


「どう? 私の心は?」


 彼女の言葉を聞いた瞬間に、身の毛もよだつような感覚に襲われた。いや、襲われたわけではない、僕の中の心が彼女を危険だと教えてくれたのだろう。

 現に僕は、彼女に能力を行使されている。彼女の能力がわからない僕にとってはそれは非常に恐ろしいことだ。自分の能力や、先輩の能力を知っているからこそ、彼女の得体のしれない能力が恐ろしくてたまらない。

 そして、『心』という言葉がそれをさらに深く僕の『心』を揺さぶった。

『心』、『奪われる』、『ストーカー』その三つの言葉が、僕に伝える解答はただ一つ。彼女こそがストーカー本人だということだ。


「僕の心を奪うつもりじゃないよね?」


 僕は動揺しながらもそう訊ねる。僕が動揺していることは、もはや彼女にもばれていることだろう。だが、それはどうでもいい。彼女はあくまで、僕に能力を見せてくれるといって力を行使した。

 だったら、僕がしてはいけないことは彼女を疑うということ、僕の心がいくら彼女を疑ったとしても、僕の理性の部分で彼女を疑わないようにしなければならない。『理性』が『本能』に勝たなければならないのだ。


「奪ってどうするのよ」


 彼女の解答は妥当なものだ。

 僕の心を奪うことに、彼女には何のメリットもない。僕がストーカーされている相手ならば別だが、そんなことは僕の身に覚えのないことだ。


「そうよ、奪う必要なんてないし、私の能力はそんな万能なものじゃない」

「まさか、心を読んでいるのか?」


 それは非常にまずい。僕の心を読まれていたということは、先ほどまでの心の中は彼女に対して丸裸だということだ。

 すなわち、彼女に対して少なからず欲情してしまったことだって筒抜けということになる。

 本当はもっと考えなければならないことがあるのだろうが、今となってはそれ以外考えられなくなってしまった。

 そんな僕を彼女は笑う。あざけわらいのようなものではなく、ともに向けるような笑いだ。またしょうもないことしてみたいな。


「別に大丈夫よ。あなたが私に欲情していた……なんて、今初めて知ったし」


 しまった! あの時はまだ、彼女は僕の心を読めるような段階ではなかったんだ。


「いや、僕は欲情なんてしてないから……」

「声が小さいわよ……まあ、あなたが欲情していたことなんて、心を読まなくても顔を見ればバレバレだったけどね」

「もうやめてくれない? そういうの……」


 僕のライフはもうゼロだ。

 そんなくだらないことやっているうちに、僕にとっては今日二度目のチャイムの音がなる。外で部活動していた生徒達が帰宅の準備を始めている。空はいつの間にか赤く染まり、そのうち夜が来るということがうかがえた。

 部室の時計は六時を指しており、完全下校時間を迎えたようだ。

 だが、僕たちはまだ下校することは出来ない。


「君は心を操ることができる能力を持ったFAってことだね?」


 僕はもう、めんどうくさくなり、適当に話をまとめて帰りたい気分だったが、依頼者ということもありむげにもできないという何とも複雑な狭間にいた。


「いやFAって何よ?」

「説明したでしょう。ファンタジー生物……英語の頭文字をとってFAだよ」


 あれ、説明したかな? まあいいか。


「ファンタジー生物なのだから、英語にしたらFCじゃない?」

「そう呼んじゃうとファミコンみたいでしょう!?」


 彼女に指摘されてようやく気がついたが、そういえば生物は英語でクリーチャーだ。アニマルじゃ動物になる。

 しかし、この際そんなことはどうでもいい。


「もう下校時間だし、依頼内容を早くはなしてほしいんだけど」

「そうね。私の恋の相手は……もうすぐここに来るからもう大丈夫よ。依頼完遂ってわけね」


 彼女はようやく椅子に座ると、嫌にすっきりした顔つきをする。

 依頼完遂といわれても、僕は何ら彼女のために何かをしたというわけでもない。彼女としたことといえば、ここでよくわからない問答や世間話をしたぐらいだ。それが依頼だったというなら納得もできるが、彼女の依頼は恋愛相談だったはずだ。

 しかし、僕は彼女からほとんどその話を聞いていない。恋の相手すら、彼女自身があったことがない人物だということしかわかってないし。まだ、彼女がもう一つの依頼に出てきたストーカーであるという疑念を払しょくできていない。

 

「誰が?」


 ここを訪れる人物といえば、この一年間で僕を含めたった三人しかいなかった。男となると僕と合わせて二人であるが、まさか、あのおっさん、もとい教師を好きになったというわけではないだろう。それならあったことがないという話とつじつまが合わなくなるし。

 残念というべきか、考える理由がなくなって有難いというべきか、答えはすぐに表れた。

 部室の扉のドアが開き、いつもは聞くこともないような素っ頓狂な声が僕の耳に入った。


「あれぇ? 誠君まだいたんですか?」


 部屋を訪れたのは、女性……それも僕が敬愛する先輩だった。

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