第3話 訪問者1
結局、依頼主からの時間の都合で今日は先生にこき使われることもなく、部活動は解散となった。先生は職員会議の途中抜け出したとかで、早々に職員室に戻り、先輩は何か用事があるとのことで、僕をほっぽり出して先に帰ってしまった。
まあ依頼主のことも、先生のことも、先輩のことも全部僕が遅刻したせいなのだけど。妙に納得がいかない。どうして、僕が部室の後片づけをしなくちゃならないのだろう。
僕がぶつくさ愚痴をこぼしていたら、背後からドアの開く音が聞こえた。
先輩か、先生が何か忘れ物でもしたのかな? なんてことを考えながら僕は後ろを振り向いた。そこに立っていたのは、教室で僕の隣の席に座っている女の子だった。
「あれ……どうしたの?」
意外な訪問者に、僕は思わず聞いてしまった。いや、聞いてしまったなんていってしまうと、聞いてはいけないことを聞いたかのような語弊が生まれるが、そうではなく、聞く必要がないことを聞いてしまったというだけだ。
しかしながら、僕の問いに彼女はなかなか答えようとしない。
まあ隣の席なだけのほぼ他人に、何かを話す気にはなれないかもしれないが、あくまで僕はこの部活の部員だ。
ならばここを訪れた彼女は依頼する側であり、すなわち僕に対してお願いする立場なのだ。そんな彼女が何も話さないのであれば僕はどうしようもない。
いったいどうしたものかと考え始めたころに、ようやく彼女は口を開いた。
「依頼に関してのことでメールしたんだけど、返信がなかったから直接メモでもおいて行こうと思ったんだけど、まさか人がいるとは思わなかった」
「いや、そんな説明口調で言われても……」
何やら含みのある言い方だ。
「まあ別にいいじゃない。とにかく、依頼の話をさせてもらってもいい?」
彼女の話の内容からそうなることは何となく予想がついてはいたが、困ったことに今は僕しかいないわけで、先輩は何かしらの用事があるから呼び戻すわけにもいかない。
これは非常に困った。
僕が彼女から依頼の内容を聞いたところで、重要なことを聞き逃す可能性だってあるわけだ。いわば上司不在の新米社員のところに、突如勝手のわからない仕事を持ち込まれたようなものだ。まあ、社会経験なんて皆無な僕には、自分のたとえがあっているかよくわからないけど。
「僕は新入部員みたいなものだから、僕一人で聞いても仕方ないというか……なんというか……」
「あの時の質問には男らしく答えたのに、今回は男らしくないのね?」
歯切れの悪い僕のことを男らしくないといっているのだろうが、僕だって人間だ。予想できていないことに対して耐性が薄くなることは仕方ないだろう。
なんて、適当な言い訳を頭の中で考えるも、結局それを口にすることは出来ない。
男が男らしくないなんて言われて黙っていられるはずもないだろう? 僕は確かに男らしくないけど、何となく女性からそういわれるのは嫌だ。
「わかった。話を聞くよ」
僕は観念して彼女の提案を受け入れることにした。
彼女はそれを聞いて先ほどまでのこわばった顔を解いて、授業中僕に見せたような微笑みを向けた。
「ありがとう。どうしても明日じゃ都合がつかなくて困っていたのよ」
「まあ、それはいいけど……と、言うか、あの依頼文で女性だったんだね……」
とはいえ、彼女ほど大雑把そうな性格の女の子ならあれぐらいの文を書くのもおかしくはないかもしれないが、依頼文ぐらいもっと丁寧に書いたらどうかとは思う。
そういえば、僕に対して『心ってどこにあると思う』なんて質問を授業中にしてきた時点で頭のおかしいやつなんじゃないかとは思っていたけど、あの文を見る限り本当に頭のおかしなやつなのかもしれない。
でも、僕はそんな彼女にも普通に接するつもりだ。というか、普通に考えれば別の依頼だという可能性も考慮に入れなければならないことに今気がついた。
「ともかく、依頼の内容をもう一度確認したいんだけど?」
それで思い出したかのように、彼女は手をたたく。
こんなところで一丁締めをされても反応に困るのだが……。なんて冗談はさておき、彼女は先ほどまで僕の言葉に返す言葉を考えていたようだから、本気で依頼のことを忘れていたのかもしれない。全部僕の予想の範囲でしかないわけだが、そう考えるのが一番妥当だろう。
「メールの方でも書いたんだけど……いわゆる恋愛相談ってやつかな?」
は? こいつはいったい何を言っているんだ? 恋愛相談? あの電波じみた怪文が恋愛相談なわけがないだろう?
だって、あの文からは恋愛の『れ』の字も読み取れなかったからだ。心がどうだとか言っていて、どちらかといえばストーカー被害に関する依頼だ。ストーカーの魔女に命狙われているからどうにかしてくれ……って依頼だとしたら納得はいく。
でも、どう頑張って誤想したって無理だろう。できたとしたらそいつはもう精神的にくるっているとしか言いようがない。つまりやっぱり、あのメールとは別の依頼だという線が一番濃厚だろう。
僕は出来るだけ冷静を装って、彼女に聞き返すことにした。
「ストーカー被害に関する相談じゃなくて?」
僕の質問に、彼女は僕が思っていたよりも圧倒的に早く答える。
「違うよ。恋愛相談」
彼女の屈託の笑顔からは、適当なことを言っているとは思えない。むしろ、その笑顔こそが彼女の言葉に真実味を増しているといえるのかもしれない。彼女が言っていることは嘘ではない。
彼女はあのストーカーについての依頼とまるで関係がないということだ。
恋愛関係となると僕にはあまり経験がないことだが、彼女のそれはまさに恋する乙女という感じだ。僕には経験なんてないから予想の域を出ないけど。
「それなら僕には本当にどうしようもないよ」
「あなた、モテそうにもないしね」
こいつ……依頼する立場でありながらなんて態度だ。
ダメだ。もっと冷静に対処しなければ、先輩の顔をつぶすことになる。ここは我慢だ。
「それで、その相手っていうのは誰なの?」
まずはそれを知らないことにはどうしようもないだろう。しかし、FA関連の初依頼だって喜んでいた先輩の手を煩わせるのもどうだろうか。
いや、まずは目の前のことに対処しなければいけない。彼女の回答次第では僕一人でもなんとかなるかもしれないし、あとは何とかごまかせばいいだろう。
「いや、なんであなたにそんなことを教えなくちゃいけないのよ」
「はあ?」
彼女の回答に、僕はもはや何が何だかよくわからなくなってしまった。僕に恋の相手を教えずに、どうやって恋愛相談に乗れというのだろうか。彼女を見た感じ、本心で言っているからこそ呆れてものも言えない。
やる気を全てもって行かれた僕は、やるせない気持ちになり机に倒れ伏す。
もう勝手にしてくれ。
「いや、別に相手を教えなくても恋愛相談にはのれるでしょ?」
何を持って彼女がその結論に至ったのかはわからないが、ただでさえ恋愛経験に乏しい僕が、相手も知らずにどのような相談に乗ればいいというのだろうか。
僕は机に伏した顔をゆっくりと上げる。彼女の顔から少しも笑顔が消えていない。
あれだけ僕に暴言を吐いたのによくそんな顔でいられるものだと、ある意味では感心するほどに意味が分からない。
「無理だよ」
「あなたには無理でしょう……でも、彼女にならいけるんじゃないの? 魂の本当のありかを知っている彼女なら」
よくわからないが、『彼女』というのは先輩のことを指すのだろう。
確かに、心を読める先輩になら、そもそも相談なんかせずとも解決はいともたやすいだろう。でもそれは素人がよく陥りがちな過ちだ。
先輩の能力はそんなに都合がよいものではない。制御不能なのは何も能力の発動だけではないのだ。何に対して発動するのかも実のところはわからない。彼女が深く心を読むことができるのは、ある一定以上の信頼を持っている人物だけだ。もちろんどれだけ信頼している相手であっても、その反対であっても、心を読まないなんてことは出来ない。
だからこそ、僕の心の中は彼女に常に筒抜けだ。僕が心を読まないでくれと茶化しても、やめることは不可能なのだ。
先輩の信頼できる者以外は知らないことだが、相手のことを知らずに心を読むことなど不可能なのだ。
もちろん、それを目の前の彼女に伝えることは出来ない。彼女は僕にとっても信頼できない相手だからだ。
「先輩は今回のことについては何も手を出さない。いや出させないよ」
「どうして?」
「無理だからだ」
僕の意思に対して、彼女が折れたのか、それ以上は詮索してこなかった。
ところが、それで大きな問題であるところの、『恋愛相談』とやらがなかったことになるわけでもない。もちろん、彼女も僕や先輩が所属するこの部活を頼ってきているわけだし、むげにすることもできないということもある。
だがそれ以上に、もっと重要なことは、これがFAに関する依頼ではないということだ。できれば先輩に知られずに解決してしまいたい。
「まあ、事情があるなら仕方ないか……ところで、授業の時の続きになるんだけど、心臓以外で心ってどこにあると思う?」
「はぁ……何度聞かれてもわからないって」
魂なんて不確かなものが存在するのかどうかも、僕には証明できないというのに、彼女の質問の答えがわかるはずなどない。だから、僕が用意できる答えは『心臓』だとか、『脳』だとか、ある意味で模範解答的なものでしかない。
それにその質問は絶対に今回の依頼とは関係ない。
しかし、彼女にとってはその答えが重要なのだろう。僕がわからないと言っても答えを待っているようだ。
僕は仕方なく答えを探す。だが、どれだけ考えても答えは見つからない。だから、結局返事はおのずと決まってしまった。
「じゃあ、脳なんじゃないかな?」
彼女は突如としてクラップハンズ。本当に何がしたいのかよくわからない。
「私と同じ考えね」
……深い質問を何度もしてきた割には、案外普通の答えを持っていたんだな。
僕は内心では、彼女がどのような答えを用意しているのかと期待していた。だから、少しだけがっかりしている自分がいる。
単なるクラスの隣の席に座っている女子生徒ってだけ。僕はいったい何を期待していたのやら。
結局、彼女もクラスで普通に青春している生徒と変わりないんだな、なんてことを考えていた。
「どうしてそう思うの?」
回答には、理由が必要だろう。僕は理由を用意できそうにないが、少なくとも、彼女は自らの質問で自らの回答を持っていたのだ。崇高な……とはいわないが、それなりの理由を持っているはずだ。
その理由にこそ、僕は何となく期待している。彼女が普通の人間ではないという確信がほしいのかもしれない。彼女がFAだとするなら、先輩に対していい土産になるからだ。まあ思想が人と少し違うだけで彼女がFAであるという証明にはならないけど。
しかしながら、彼女の口から出る言葉には心惹かれるものがあることは確かだ。
僕は彼女の口がゆっくり開くのを眺めながら、その口から言葉が出てくるのを今か、今かと待ち望んだ。
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