第944話 とんぼ返り
話は終わったので、ペイロンを後にする。ヴァーチュダー城の外に出たら、もう日が暮れかけていた。
「こんな時間か……そういや、いつの間にか熊がいなくなってたね」
「所長なら、奥の執務室に入るあたりで帰ったみたいよ?」
「熊め、逃げたな?」
今日はただの話し合いだったのにね。
後ろを歩くロイド兄ちゃんとは裏腹に、ルシアンは何やら沈み込んでいる。
「どうしたの? ルシアン。やっぱり家を出るのは嫌?」
「え? そうじゃ……ないけど……」
煮え切らないなあ。
「言いたい事ははっきり言う!」
「う……その、本当に俺がデュバルに行ってもいいのかよ?」
何だ? 遠慮か? らしくないぞルー坊。この呼び方をしたら、確実にむくれるけれど。
なので、口には出さずに別の事を言う。
「構わないよ? てか歓迎するとも! ね? ロイド兄ちゃん」
「え? あー……そうだな。ルシアン、お前ペイロンと王都しか知らないよな? デュバルには来た事、ないだろ?」
「当たり前だろ? それがどうかしたのかよ?」
「うん……そうだよな……なら、来て、見て、驚いてからが本番だ」
「はあ?」
いや、私も「はあ?」なんですが? 何その「俺、今いい事言った」と言わんばかりのどや顔は。
ロイド兄ちゃんの隣では、ツイーニア嬢がクスクスと笑っている。
「ルシアン様、まずはデュバルを見てください。そうすれば、ロイド様が言いたかった事が、わかると思いますわ」
「はあ……」
大丈夫だよ、ルシアン。百聞は一見にしかず……だ。
ロイド兄ちゃん達を連れて、鉄道の駅へ。ペイロンには駅が二つあって、ヴァーチュダー駅とチェノアン駅だ。
駅名からもわかるとおり、ヴァーチュダー城付近と領都チェノアン付近にそれぞれ駅がある。
今回は、ヴァーチュダー駅からの乗車だ。
「ペイロンとの直通線は、本数が多いのね」
ホームにある時刻表を見て、リラが呟いた。
「行き来が多いからね。それに、シズナニルとキーセアの通勤の足になってるし」
「通勤列車……」
やめて。満員電車を思い出すから。あれは生命力と精神力を削るものだ。
鉄道での移動を一番喜んだのは、ロイド兄ちゃんだ。
「いやあ、こんなに便利なものがあるんだから、移動陣がなくなっていいよなあ」
誰に言ってるんだ、まったく。
対照的に、浮かない顔なのはルシアンだ。まだぐずぐず悩んでいるのかねえ? デュバルに行くのが嫌じゃないんなら、もう遠慮はしない。泣いても笑っても引きずっていくぞー。
ルシアンの浮かない様子の理由は、列車に乗ってからわかった。
「うひい! 本当に動いてるううううううう!」
座席にかじりついて、涙目になるルシアンを見て、私もロイド兄ちゃんもびっくりだよ。
「ルシアン……お前、列車が怖かったのか?」
「こ、怖くなんてねえし! ただ、鉄の塊が動くのが信じられねえってだけで……」
ルシアン……それを怖いって言うんだよ。
「怖いなら、乗ってる間寝てる?」
「だから! 怖くねえって言ってんだろ!」
私の問いに対する返答に、ロイド兄ちゃんの目がすわった。
「ルシアン、態度を改めろ。お前、家を出てデュバルに来るんだろ? なら、レラの事はご当主様と呼ぶようにしろ」
「へ?」
「本家ご当主様の事も、そう呼ぶようにと親父に言われてただろ? お前、その辺りの区別が緩いからな。でも、これからはペイロンの時のようにはいかないぞ。色々と意識を変えていけ」
兄であり、デュバルで働く先輩としてのロイド兄ちゃんの言葉は重いよねえ。
さすがのルシアンも、何も言い返せずにいた。
本領の駅に到着したら、今度は王都行きに乗り換える。そう、今回の目的地は王都邸なのだ。
「王都邸なら、それこそ研究所から移動陣を使った方が早かったんじゃない?」
リラの言う事はもっともだ。でも、これには一応理由があるんだよーん。
「ロイド兄ちゃんとツイーニア嬢は、ここに置いていくから」
「え?」
ロイド兄ちゃんとツイーニア嬢の声が重なった。不服そうだなあ。
「二人には、とりあえず今まで通り本領で働いてもらうよ。その間に、向こうの事や出国の手続きなんかを終わらせておくから。ルシアンに関しては、王都邸の事も見せておきたいからさ」
別名、防犯システムへの登録とも言う。登録しておかないと、移動陣とかで来た際に弾かれちゃうからね。登録大事。
ちなみに、王都邸に移動陣で来そうな人はあらかじめ登録済みだ。ロイド兄ちゃんの場合、行きに移動陣を利用したので、その時に登録している。
本領の駅で二人と別れ、ルシアンを連れて一路ユルヴィル駅へ。列車が怖いからか、ルシアンがおとなしい。
まあ、静かならいっか。
本領からユルヴィルまで向かう列車は、基本寝台車だ。寝ている間に到着するという、便利なもの。
まだ片道最短でも七時間かかるからね。それでも、馬車なら一週間はかかる道のりを七時間だ。随分短縮出来たものだよ。
寝台列車故、身の回りの世話係として専属のオケアニスが乗務している。ルシアンのお世話は彼女達に任せた。
私の方はと言えば。
「エキトークスの西側、この範囲を一つの領地とするのね?」
私が乗るのはいつものオーナー専用車……というか、専用編成で、その中にあるダイニングの広いテーブルにエキトークスの地図を広げている。
ロイド兄ちゃんとルシアンをどこに配置するか、リラと相談しているのだ。
もっとも、ロイド兄ちゃんの方は既に配置場所が決まっている。エキトークスの西側に広がる土地だ。
「かなり広大になるけれど、街や村の面積的にはうちの本領とどっこいだから問題はないと思う」
エキトークスの国土は、半分くらい未開拓の森やら原野やら湿地やらが広がっている。そこを開拓すれば、まだ耕作地や放牧地が作れるんだよねえ。
でも、人口が増えすぎてる訳じゃなし、無計画な開発は自然破壊に繋がるので、しばらくは手を出す予定はない。
どちらかというと、手を出さないといけないのは帝国の方なんだよなあ。
「帝国の降雨実験はカストル主導でやっていたから、本人がいない今どうなってるのかさっぱりだよ」
「ポルックスが知ってるんじゃないの?」
『管轄違い故、知りませーん』
天井部分にあるスピーカーから、ポルックスの声が響く。どこからハッキングしてんだ。
『ハッキングじゃないですよー。きちんと正規に組み込んだシステムでーす』
「いつの間に……」
思わずリラと声が重なった。本当、いつの間に何てシステム組み込んでんだ。
『話を戻しますけどー。帝国での降雨実験に関してはカストルが単体で進めていたので俺は知りませーん』
情報共有してなかったのか。カストル、戻ったら説教だな。
ちょっとした邪魔は入ったものの、ルシアンの行き先も無事決まった。彼には帝国に入って伯爵領を治めてもらう。
「まあ、帝国行く前にうちの研修を受けてもらうけどー」
「ああ、あれね」
うちで働く人間は、必ず受けなくてはいけない必修の研修だ。王都に行ったらとんぼ返りで本領に戻る事になると思うけれど、ルシアンは移動陣を怖がらないから、大丈夫でしょ。
ルシアンは恐怖からか車内での食事をパスしたので、オケアニスに安眠出来る魔法を使ってもらった。決して催眠光線ではない。あれは効き過ぎるので。
翌朝、ユルヴィル駅に到着してからルシアンを起こしてもらった。身支度その他は一人で出来る子だし、オケアニスもついているから問題なし。
荷物はルシアンの分はないもんな。そういや身一つで攫ってきちゃった。
普段着るようなものなら、デュバルの本領にあるマダムの店の兄弟店で揃えられるから、後で紹介しておこう。
請求書はこっちに回すよう、店の方に連絡しておかなくちゃ。
ユルヴィル領では、一応兄の家にご挨拶。夕べ本領を出る前に、リラが連絡してくれてた。
「どうせあんたは忘れるでしょうしね」
読まれてるー。リマインド機能付きの時計でも、作った方がいいのかねえ?
そんな事をぼやいたら、リラが笑った。
「別に今のままでいいんじゃない? 私はあんたの秘書だし、その仕事の中には各所への連絡ってのも含まれるんだから」
おお、リラが前向き。そう思ったら、何やら遠い目になっている。
「そうよね。最初から連絡は私が全てやるって決めておけば、やきもきしないで済むんだもの。この方が楽だわ」
何か、済みません、本当。
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