第800話 人それぞれ

 元ハリンドン侯爵夫人による、殺人未遂事件は、あっという間に片付いた。問題は、この後の自白魔法の時間かも。


 明日は朝っぱらから胸くそ悪い自白タイムかよー。げんなりしていたら、カストルから申し出があった。


「主様。夜も遅いですし、私にお任せ願えませんか?」

「……これから自白魔法を使うの?」


 夜が明けてからでもいいんじゃない? 視線で訴えるも、カストルに笑顔で拒否されてしまう。


「レラ、執事が出来るいうのなら、やらせておけ。私も立ち会う」

「えええええ」


 ヴィル様に働かせて、私だけのうのうと寝てるのはちょっと。


 渋っていたら、今度はアンドン陛下から提案があった。


「オーゼリアなら、侯爵夫人が逃げ出さないようにする方法くらいあんだろ? なら、尋問は明日の昼からだ。それまで全員寝るように! 寝不足だと、頭が回らないだろうが」


 凄くまっとうな言葉だ。さすがのヴィル様も何も言い返せない。


 既に犯人は取り押さえているし、ガルノバンにも通信手段はあれど、あれはまだ普及していないはず。


 もし侯爵夫人に仲間がいたとしても、今夜の結果を知るのは明日の朝以降だろう。なら、それまでは寝て頭をすっきりさせた方がいい。


「ところでアンドン陛下。尋問を開始するの、何故明日の昼からなんですか?」

「決まってんだろ。今夜中の三時だぞ? これから寝たら、朝に起きられる訳ねえだろうが」


 ああ、そういう。何なら、よく眠れる術式、使いましょうか? そういうの、私、得意なんですよ。


 笑顔で提案したのに、何故逃げる?




 翌日、本当に昼まで寝ていたのはアンドン陛下だけだった。


「何だよー、皆もっとちゃんと寝ろよなー」

「ちゃんと寝ましたよ? 魔法は使いましたけれど」

「え? もしかして、あれ?」


 あれが何を指すかは察してるけれど、あえて言わない。無言のまま微笑んだら、いい感じに勘違いしてくれたようだ。


 実際は、催眠光線とは別の術式を使っている。魔の森で寝泊まりする人がよく使うもので、三時間程度の睡眠で八時間相当の疲労回復が出来るもの。


 あの後オーゼリア組は全員これを使っているので、皆朝には頭がしゃっきりしていたのだ。


「という訳で、元ハリンドン侯爵夫人の尋問はこちらで行いました」


 私の言葉を聞いたアンドン陛下は一瞬渋い顔を見せたけれど、すぐに溜息を吐いた。


「……まあ、仕方ないか。今回は侯爵が被害者だからな」


 そういう事です。とはいえ、あんな内容が出てくるとは思わなかったけれど。


 もの凄く端折って説明すると、元ハリンドン侯爵夫人は娘であるコーテゼレナ嬢が起こした事件そのものを受け入れられなかった。


 というか、娘が犯罪に手を染めていた事を……かな。


 その結果、ソードン修道院に入れられた事も不服だし、実の親である自分達は会えないのも不服だったらしい。


 ソードン修道院って、問題起こして社交界にいられなくなったお嬢様を預かる専門修道院のような面があるらしく、実の親や兄弟姉妹はまず面会出来ないんだとか。


 それもあって、ザカノアド伯爵夫人は娘に差し入れを持って行かせていたんだね。


 元ハリンドン侯爵夫人は、会えなくても側にいたいという夫の意向を汲んで、ここソードンに滞在してたそうだ。自発的にじゃないのか。


 で、そこに私がのこのこやってきた訳だ。元侯爵夫人にとって、私は娘を陥れた張本人。この女がいなければ、娘は社交界の花として君臨できたのに。


 それが高じて、コーテゼレナ嬢が死んだのも私のせい、と思い込んでしまったんだとか。


 自白魔法を使っている最中も、私への怨嗟が止まらずカストルの額に青筋が立っていたよ。


 その辺りを報告したら、アンドン陛下が眉間に皺を寄せていた。


「……その内容、記録は取ってあるか?」

「映像で記録してあります」

「悪いが、こちらにもコピーしてほしい。現ハリンドン侯爵に見せる」


 あれをか? 元侯爵夫人を知っている人であればある程、見るに堪えないと思うんだけど。


 ちなみに、自白魔法を使う場には、夫君である元ハリンドン侯爵も立ち会っている。終わった後の、真っ白い顔色が気の毒だったわ。


「にしても、そこまで娘大事だったのかねえ?」


 アンドン陛下のぼやきに、何となく違うんじゃないかという思いが頭をよぎる。


 娘が大事なのは確かなんだけれど、その頭に「理想的な」とか「母親にとって都合のいい」って言葉が付きそう。


 そういう意味では、ザカノアド伯爵夫人と一緒なのかも。さすが又従姉妹、遠いとはいえ、同じ血を引いてる結果かな。




 早朝からとんでもない事に巻き込まれたけれど、今日も修道院へ行く予定だ。今日こそ、お嬢様方から話を聞きたい。


 それと、ヘーネ。あの子からも。雑用係としてこき使われているあの子は、何かを見聞きしている可能性がある。


 さすがにお嬢様方が犯人とは思いたくないけれど、あそこに入れられている以上は何かしら罪を犯しているはずだ。


 なら、コーテゼレナ嬢を殺しても、不思議はないかもしれない。


「アンドン陛下。修道院に入っているお嬢様方の事がわかるものって、ありますか?」

「お嬢達? 実家の名前と、あそこに入る事になった経緯くらいならわかるぞ」

「ありがとうございます」


 まずは、下調べからいこうか。




 十二人のお嬢様のうち、何人かはお嬢様ではなく夫人だった。伯爵夫人が三人、侯爵夫人が一人。他は全て伯爵令嬢だ。


 凄い人になると、七歳で修道院へ入れられている。一体何をしたの?


「え……事実上、家の乗っ取りの被害者?」


 後妻である継母の手により、教育という名目でソードン修道院へ入れられた七歳のデニビナは、その後父と継母が連続して死亡。


 本当なら後継者である彼女が修道院から出て家を継ぐ事になってもおかしくないのに、死んだ父の弟が後を継ぎ、デニビナの事は修道院に入れたままにしたそうだ。


 そうして二十年。実は乗っ取られた実家は、現在没落の一途を辿っているそうだ。因果応報かな。


 他にも姉に濡れ衣を着せられた妹とか、不貞の冤罪で夫に放り込まれた伯爵夫人とか、お家騒動から逃がす目的で母親に入れられた伯爵令嬢とか。


 そんな中、本当に人を殺して入っている女性もいる。姑を殺した伯爵夫人とか、継母を殺し掛けた伯爵令嬢とか。世知辛い。


 中でも、見ず知らずの人間を十人以上殺した伯爵令嬢がいる。全て毒殺。修道院に入った時の年齢、十二歳!


 という事は、十二歳までに人を殺し続けていたって事だよね。恐ろしや。


 一人、侯爵夫人だった人も入っている。彼女も嫁ぎ先の侯爵家の跡目争いに巻き込まれ、すっかり俗世が嫌になってソードン修道院へ来たらしい。


 何と、あの院長のお友達なんだとか。そういえば、院長と同年代くらいのご夫人、いたね。


 にしても、まさか本当に人を殺しているのが複数人いるとは思わなかった。これはいよいよ、内部の人間が犯人かな。




 宿屋から、歩いて修道院へ向かう。今日は一人。ユーインが心配してたけれど、行き先が女子修道院なので男性はなるべく遠慮してくれと、先日訪問した際にアンドン陛下が院長から言われたらしい。


 その場にユーインとヴィル様もいたしな。


 リラも付いてくると言っていたけれど、今回は一人で。何せ本物の殺人鬼がいる場所なんだから、身を守る術が腕輪のみのリラはちょっと危ない。


 私なら、魔法で色々と防御出来るからね。毒も通用しないよ。


 修道院の表門の脇、実用的な小さい門の呼び鈴を鳴らす。手で紐を引っ張るタイプで、引くとカランカランと乾いた鐘の音が響く。


 しばらく待つと、門の上、小さなのぞき窓が開いて、こちらを確認した後に門が開いた。


「いらっしゃいませ」


 愛想のない、修道女ユネーだ。一応来客対応になるから、雑用係のヘーネが出てくる事はないんだな。


「今日は何のご用でしょう?」

「こちらにいらっしゃる、高貴な方々のお話を聞きたいと思いまして」

「……そうですか」


 前回のように、作業中だから駄目だとは言わないんだな。まあ、言ったら次の訪問日を決めて、その時に話を聞くだけだけど。


 今日はお嬢様方……ご婦人方か。彼女達の話か、ヘーネの話が聞ければ御の字だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る