第155話 余波

 冬の休暇はあっという間に去り、新学期がすぐに始まる。今回は寮に戻るのが新学期前日の夕方になった。


 普段ならこんなギリギリにはならないんだけど、例の名簿を前にあれこれ考えていたからね……


 エヴリラだけでなく、シズナニルとキーセアも早めに王都邸に呼び出して、一緒に見てもらった。


 二人とも、厳しい表情をしていたな……親に売られた子がこんなに多いとは、思わなかったんだろう。


 自分達はまだましだった。そんな一言が印象に残っている。いや、君達も結構大変な思いをしてるからね? そこは間違えないで。


 まだましとか、ないから。


 全ての名簿に目を通し、ジルベイラに送る為の書類を作成していたら、かなり深い時間になっちゃってね。全員朝が起きられなかったってのが、夕方になった理由だったりする。


 四人で同じ馬車に乗り、学院に到着して寮へ向かうと、何やら人だかりがある。玄関先が騒がしい。


「何かしら?」

「さあ?」

「また何か厄介事かねえ?」

「そこでどうして私を見る? いや、わかってるけど。言いたい事はわかるけど!」


 そうよねえ、いつぞや寮に戻ったら、あの玄関先で偽苺時代のエヴリラに絡まれたんだもんなあ。


 寮の玄関はそもそも広く作られているんだけれど、そこに学生が集まっている。明日から新学期だから、もう全ての生徒が戻っているはず。


 人数の多さに驚きつつも、進むと、見知った顔が声をかけてきた。


「あら、レラ」

「コーニー」


 玄関先で、イエセア様と一緒にいるのはコーニーだった。


「何かあったの?」

「それが……女子寮に泥棒が入ったらしいの」

「泥棒?」


 何でまた、学院に? しかも、女子寮?


 玄関先にいる女子達は、まだ仲間が寮内にいるかもしれないから、一度玄関先まで避難させられているんだって。


「それでね……落ち着いて聞いてちょうだい」

「うん」

「その泥棒、屋根裏部屋の扉の前で仰向けに倒れていたんですって」

「はい?」


 何でそんな事……あ。


「何か、思い当たる事があるの? レラ」

「ええと……そのお……」


 休暇中に悪さする奴はいないだろうとは思ったけど、ついちょっとした実験を……


 言いよどむ私に、コーニーがちょっと厳しい目になった。


「さっさと白状しなさい」

「メルツェール家の事件の際に使った魔導具を、仕込みました……」

「という事は……もしかして、あの恐怖を煽るっていう?」


 食いついてきたのは、イエセア様だ。そういえば、ゴーセル家の夫人があの魔導具に凄く関心を持っていたっけ。


「ええ、まあ」

「どのように仕込んだのかしら? 教えてくださらない!?」


 近い! 顔が近いですよイエセア様!


 わたわたしていたら、生徒の波をかいくぐって、寮監がこちらに来た。


「ローレル・デュバルさん、戻りましたね。今すぐ、学院長室まで一緒に来て下さい」

「はい」


 うはあ。これ、学院長からお説教コースかなあ? シーラ様の耳に入りませんように……無理か。




 久しぶりに訪れた学院長室は、相変わらず整頓されていて静かな場所だ。学院を統べる人の執務室なんだから、当たり前か。


 案内されてソファに腰を下ろし、しばらくすると学院長が入ってきた。


「久しいな、ローレル嬢。いや、社交の場では何度か見かけているか……」

「ご無沙汰しております、学院長」


 今日は一人だし、入学した時とは立場も違ってるからなー。気を付けないと。


「さて、聞いていると思うが、夕べ女子寮に泥棒が入った」

「はい、聞いています……」


 その為に呼び出されたんだろうから。


「泥棒は、まず最初に屋根裏部屋に行ったようなんだ」

「それは……」


 泥棒の狙いは、私の荷物? でも、寮の部屋には価値があるようなものは置いてないんだけど……


「何か、心当たりはあるか?」

「いえ、特には。寮の部屋には宝飾品等は置いていませんし」


 魔導具も、持ち運べるようなものは置いていない。どちらかといえば、授業で学院に提出した魔導具の方が、持ち運び出来て狙いやすいのではないか。


 私の意見に、学院長も考え込んでいる。


「問題は、泥棒が真っ先に屋根裏部屋へ向かった事だ」


 どういう事? 無言で話の続きを待っていたら、学院長に苦笑された。


「わかっていない様子だな。今回の泥棒の目的は、君にある。そして、学院内に内通者がいるというのが一番の問題だ」


 えええええ?




 屋根裏部屋に私が住んでいる事は、表向き伏せられているんだって。なので、公的には女子寮の屋根裏部屋は今でも物置部屋になっているそうだ。


 では、その物置部屋に泥棒が真っ先に向かった理由は? 当然ない。物置にはガラクタしか置いていなかったのだから。


「そこから導き出されるのは、泥棒は君の所持品……もしくは君自身を狙ったという事だ」


 ですよねえ。でも、本当に狙われる心当たりがないんだけどなあ。


 首を傾げていたら、学院長がふと何かを思いついたらしい。


「そういえば、過日王宮で耳にしたのだが、王妃陛下から何かを渡されたそうだな?」

「……もしや、名簿の事でしょうか?」


 王妃様からもらったと言えば、人身売買の被害者名簿だ。……一応、被害者達も「もらった」に入るのかな?


 でも、さすがに人は盗みの対象にはなるまい。あ、でも売買の対象にはなったんだっけ。


 名簿と聞いて、学院長もぴんときたらしい。


「なるほど。もしかしたら、捜査の目をかいくぐった『顧客』が、そちらの名簿と勘違いして盗ませようとしたのかもしれないな」


 あー……という事は、王妃様から私に「名簿が渡った」という情報も、誰かから流れたって事ですね。


「ただ、寮を狙ったのがよくわからん。本来なら、君の自宅を狙うはずだが……」


 何も言えません。デュバル王都邸って、下手な施設よりもガッチガチの警備を敷いてるから。


 それこそ、ネズミ一匹どころか、夏場の害虫避けに虫も入れないようにしてあるしなあ。そりゃあ泥棒も入れないわ。




 結局、被害が何もないという事で、泥棒ではなく不法侵入者として学院側から警備隊に引き渡されたらしい。


 催眠光線がしっかり効いていて、どんなに叩いても揺すっても起きなかったってさ。


 ただ、泥棒……不法侵入者が屋根裏部屋の扉の前で倒れていた事から、寮内で妙な噂が流れだした。


 曰く、「屋根裏部屋は呪われている」。


「ある意味、正解じゃない?」


 そうのたまうのは、扉のトラップに引っかかった経験者のエヴリラだ。


「その割りには、平気でこの部屋に来るね?」


 今、彼女がお菓子をつまみながらくつろいでいる部屋は、まさしくその「呪われた屋根裏部屋」なのだけれど。


「呪いの中身を知ってるからよ。どうせその泥棒だか不法侵入者だかも、扉を無理に開けようとしたんでしょ?」

「泥棒だからね」


 この部屋の鍵、鍵穴がないタイプだから。ピッキングとか出来ない仕様になっている。非接触型の魔力感知で開く仕様でございます。


「無駄に高性能よねえ」

「無駄とかゆーな」


 お菓子取り上げるよ?


「まあ、その噂の元を辿れば、情報漏洩の原因に行き着くんじゃない?」

「……って事は、噂を流している人物は泥棒と繋がっている?」


 エヴリラは無言で頷いている。確かに、その線は「あり」か……


「まあ、学生の場合は本人じゃなく親や親戚がって事はあるだろうけれど」

「とりあえず、噂の元を突き止めるのが先決だね」


 明日から、早速動いてみよう。




 噂って、「誰それから聞いた」っていうのを辿っていくと、意外と一人の人物に行き着くって事、あるよね?


 SNSとかない世界だから、どうしても人の口を介して広がっていくし。


 なので、地道に聞き込みをしてみた。これには、ルチルスさん達だけでなく、何とうちの学年女子全員が手伝ってくれた。


 一部お姉様方や後輩も含まれているのは、コーニーや子リスちゃんのおかげかな。


「それで浮かび上がったのが、この三人って訳?」

「そう」


 本日も、屋根裏部屋にエヴリラと二人。ふかふかのラグの上に座る私達の前には、三枚の書類がある。そこには、今回の噂の大本と思われる人物の名前がそれぞれ記載されていた。


 意外な事に、三人とも男子学生だ。同学年二人に、上級生一人。同学年の一人と上級生は騎士爵家、もう一人の同級生の家は男爵家。


 あと、嫌な繋がりも見つかった。どの家も、例の人身売買事件に関わっている。騎士爵の家は娘を売っていて、男爵家は買っていた方だ。


 ノルイン男爵の人身売買事件に関して、子供を売った側の家は処分されていない。


 建前上「男爵家に奉公に出した」って事になってるから。庶民の家もそう。ただ、実質は売っている。


 男爵が罪に問われたのは、集めた人達を他の人間に「売った」から。ここは確実に契約書等がある為、言い逃れは出来ない。


 何で男爵から先は売買契約を結んだのやら。


「そりゃ仲間として引きずり込む為でしょ? どっちも後ろ暗いところがあるんだから、口を割るなよって事よ」

「何て嫌な仲間意識」

「仲間意識というよりは、ただの保険じゃない? 誰かが捕まったら一蓮托生って思えば、口をつぐむものよ」


 エヴリラ……犯人側の心理がよくわかるんだね。まさか……


「何考えてるかわかるけど、違うからね?」


 釘を刺された。いや、そんな睨まなくても。


「ともかく、噂と泥棒の理由がいっぺんにわかって良かったじゃない」

「いいのかなあ?」

「いいのよ。そこは変に考えないの。後はこれを学院側に伝えて、処分してもらえばいいわ」


 これまた逆恨みをされそうな状況だこと。




 後日、三人の退学が公表された。表向きの理由は経済的なもの。実質は、学院内に不審者を招き入れた事による実家からの勘当だ。


 どうもね、ノルイン男爵の件が公表されて、売った側も買った側も相当混乱したみたい。


 その中で、今回退学を食らった三人は、裏でタッグを組んだらしい。自分達に不利益を与えた存在に鉄槌を、ついでに家の名に傷をつける名簿の廃棄を。


 それで、金を持っている家である男爵家の男子が、今回の不法侵入者を雇ったんだって。


 依頼内容は、顧客名簿を盗む事と、出来れば私を襲う事。女としての傷を付けたかったようだ。


 さすが下衆共。考える事が違う。


「バカやらかしたのは、前当主なのにねー」


 屋根裏部屋で事の顛末を話して一言。目の前のエヴリラは、軽い溜息を吐いた。


「そこが逆恨みの怖いところよ。まともな思考回路じゃないんだって」


 なるほど。そう言われると、何となくしっくりくる。


 不法侵入者と今回の三人の男子学生、それぞれ自白魔法でじっくりと尋問されたそうだ。おかげで捜査が楽だったと聞いている。


 あれ、よく効くからねえ。ただし魔法なので、耐性が高いと効きづらいけど。どこぞの入り婿オヤジのように。


 ともかく、今回の件で三人は家から放り出され、犯罪者として収監される。家からも、守ってはもらえないようだ。


 退学になった事よりも、そちらの方にショックを受けていたってさ。刑期を終えて戻ってきても、もう帰る家がないんだもんねー。


 自分の親が売ったり買ったりした子達の事に、思いを馳せるがよい。


 それと、私の手に「名簿」が渡ったと情報が流れた元は、何と王妃様ご自身! それを知った時の私の気持ち、察してほしいわまったく。


 理由も「残党がいるかも知れないから、囮になってほしくて」だって。本当にもう、大人って信じられない!


 とはいえ、文句を言う訳にもいかないんだけどね。確かにこのタイミングで見えない残党はしっかり潰しておかないと、第二第三のノルイン男爵が出てきかねないから。


 親に売られる子供達は、これ以上増えてほしくない。


 あと、実害がなかったってのも、文句を言えない大きな理由の一つ。扉にあれこれ仕掛けておいて、本当に良かった。


「それにしても、あんたを襲うよう指示するなんて、その男子学生も物知らずよねえ。あ、依頼受けた方もか」

「どういう意味?」

「そういう意味」


 酷くね? 私だって、対人戦では戸惑うと思うんだけどなー。でも、それを言ったらエヴリラに失笑されたんだけど。


 もうケーキあげないよ?

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