目的地:始まりの理由(わけ)後編

 放たれた「風の壁」は、前方で無数に展開されていた光の剣、槍、円環、矢などなど、敵対する攻撃術全てを飲み込み、破砕し、霧散させた。光仁回帰派の術師たちの悲壮な叫び声もまた、風の向こう側へと飲み込んでいった。

(やはり強烈な威力だね…これは!)

 範囲を薙ぎ払う性質の攻撃術のため、グリージョアの張った防壁をも巻き込んで軋ませる。障壁の破壊こそされなかったが、場は完全にビアンカの術で制圧されてしまった。

「…ふぅ」

 嵐が去った後。全ての風と場を覆う雪と、敵とが全て彼方へと追いやられ、しかしガラス質の平原だけは無事と言う異様な静寂に包まれた空間に、ビアンカはふわりとした雰囲気を纏った状態で佇んでいた。

「あ…れ?」

 そして、力が抜けたのか、そのまま膝を折り、その場に倒れてしまった。

 彼女の意識が暗転する瞬間、誰かが彼女の下に駆け寄り、体をそっと抱きかかえたような気がした。


 目を開ける。

 ぼんやりとした視界に一瞬混乱したが、程よく温かい空気を感じたことで落ち着いた。

 ぼんやりとした聴覚に声が聞こえる。若い女性の声。体を起こそうとして、しかし力が入らず。中途半端に上体だけ浮き、再び床面と思われる場所に転んだ。

「気が付いたかい?」

「あれ?ここは?」

「安心していいよ。ここは屋内だし、時間もそんなに経っていない」

「う…」

 体を起こす。身体の節々に軽く痛みがあり、何処か疲労感も残っている。

「無理をしない方がいいよ。君は、威力こそ抑えられていたとはいえ、あの“魔法”を使ったんだから。精方術以上に疲労も相当なはず」

「いや、何とか。それよりも、ここまで運んでくれてありがとう。グリージョアさん」

 ビアンカは、少しだけ表情を歪ませながらも、どうにかこうにか体を起こし、礼を述べた。

「呼び捨てで良いさ。むしろ、ため口でも問題ない。それと、人を運ぶのには慣れてるから、それも気にしなくていい。それよりも。ニクシーを、彼女を、奴らの手から守ってくれてありがとう。こちらこそ、お礼を言いたい」

 そう言って、グリージョアは笑った。ビアンカも笑うが、軽い筋肉痛が、その表情をすぐに苦笑に上書きした。

「そう言えば、あいつらは?いったい、あいつらは、何だったの?光仁回帰派の術師って言ってたけれど…」

 体調を整える目的も兼ねて、軽く世間話を交わしてから、ビアンカは先ほどからの疑問点に切り込んだ。

「あいつらなら、嵐と共に吹き飛ばされて行方不明だよ。まあ術師だから、死んではいないだろうね。で、あいつらは、魔物の煽動や遺跡機能の暴走を任務にしている光仁回帰派の工作員たち。そうしたうえで、罪を闇の聖母修道会に擦り付ける。修道会は、魔物擁護と言うか、人魔共存派だからね」

「…つまり、闇楽浄土派との小競り合いから、本格的な動きに移るようになった、ということ?」

「詳しくは知らないけど、そんなところだろうね。あいつらの事だから、宗派本体を貶した方が早いと短絡的に考えたんだろう。それに、最初にニクシーを分断したのは闇楽浄土派の連中だし、ちょうど良かったんだろうね」

「シェインティアの遺跡に細工をしたのも?」

「あいつらの仕業だね。まったく迷惑な事さ」

 グリージョアが、パチパチと燃える焚火に薪を継ぎ、置き場を作ったうえで手鍋を火にかける。既に熱してあったのか、コトコトと、何か液体が沸く音がする

「そう言えば…。ニクシーは、何処に?」

「あの子は、今は君の着けている、その蒼銀の指輪の中に居る。本来の力を取り戻した状態だからね。それが正しいセプターの形さ」

「指輪…」

 自分の指を見て、そこにはめている蒼銀の指輪が、どこか瑞々しい、或いは金属質のような輝きを宿していることを認識した。同時に、その輝きに強大な力の気配を感じ取った。だがニクシーの気配は感じ取れない。

(この感覚は、潮騒神殿で感じたアレと、似てる?)

 ビアンカは僅かに、しかし深く考える。

「そして、そのセプターは完全に君の物となった。これから先は、そのセプターの力を君が自由にできる」

 しかし、その言葉で思考が途切れた。

「自由に?」

「そう。最初のアレでここまでの反動があったのは、適応する前にあれだけの威力を放ったからさ。つまり変換された術力を一気に消耗したから、ドッと疲れたというわけだね。なに、制限を掛けて使えば、あんなには疲れないだろうさ」

 そう言ってグリージョアは笑った。

 しかし、ビアンカの表情は浮かない。

「ニクシーは…」

「ん?」

「ニクシーは、もう、あの姿では出てこられない?この中に居るってことは」

 浮かない原因はそこだった。今、指輪にはニクシーの気配がない。

 短い期間とは言え共に旅をした仲間で、友人だ。そういう意味においては、二度と会えなくなるかもしれないという懸念は寂しいものだった。

 しかし、グリージョアは笑顔のままだ。

「いや?そんなことはない」

「へ?」

「出てこようと思えば、彼女はいつでも出てこられる。最初だけ君の許可が必要にはなるけどね。あ、でも今すぐには無理だと思うよ。疲れて眠っている状態だから」

「……」

 それを聞き、ビアンカは脱力するような心持ちになった。事実、物理的にも脱力した。同時に安心もしたので、直ぐに復帰する。

「ああ、そうだった。聞きそびれるところだった」

 安堵して心に余裕が出来たことで、もう一つの疑問点について思考が至った。

「ニクシーに、私を頼れと教えたのは何故?確かに私は彼女の事を知っていたし、この指輪も貰った。でも、それだけ。貴方との面識も無かった。何故?」

 そこが最大の疑問だった。縁があったとはいえ、何故ビアンカの下にニクシーを送ったのか。

「うん…?」

 その問いに不思議そうな声を出したグリージョアは、少しだけ考える素振りを見せた。言葉を選んでいるのかも知れない。しかし、次に出てきた言葉は、驚くべきものだった。


「私と君は、一度会っているよ?あの“旅籠街の喫茶店”で」


「ッ!?」

 ビアンカは思わず目を見開いた。同時に記憶を辿り始める。

 一体どこで出会ったのか。それは誰だったのか。

「混乱するよね。それも当たり前だから大丈夫。私はそのとき、芸名のようなものを名乗っていたからね。分からなくても無理ない」

「芸名…芸名…。あっ!まさか…!」

 “芸名のようなものを名乗っていた”という言葉で、一人だけ、思い当たる人物を記憶から探り当てた。

「ヴェルダ…さん?」

「うん、正解」

 あっさりと、グリージョアは認めた。

 それは、ビアンカの馴染みの喫茶店に来ていた吟遊詩人の芸名で、その際に「瑠璃色の塔」で聞いた「子守唄」を、アレンジして歌っていた人物だった。

「でも、どうして?」

「私には名前はないから、偽名や芸名は名乗り慣れてる。それと。君を選んだのは、あの“子守唄をまともに聴いた人物”なら、間違いないと思ってね。あの場所には旅人は誰も近寄らなかった。死の街と噂されていたからね。それは噂だったけど、真実でもあったんだよ」

 唐突に始まった話に、ビアンカは首を傾げた。しかし、それには構わずグリージョアは話を続ける。

「あの遺跡は、文字通り「死の街」になっていたんだよ。あの「子守唄」の影響でね」

「え?」

「あの歌は“魔歌”と呼ばれる魔法の一種で、北部地域で生まれた精練歌の技術作成の基礎として使われたと伝わっている技術だよ。だから吟遊詩人は北部訛りを使うんだ。使い手は、あっち出身の人が多いからね」

 驚くビアンカの表情に微笑み、言葉に真剣さを込めて、話を続ける。

「話がそれたね。あの子守唄は、通称“招魂歌カンティクス・アニモ”と呼ばれている、生物が体表から取り込んで循環させているルナミスを、歌をきっかけに強制的に外に引っ張り出そうとする儀式魔法。あの塔は、それの起動装置さ」

「何で、そんなことを…?」

「詳しいことは私も分からない。ただ、空地戦争とその悲しみを終わらせるためには最後の力が必要だった、と言う内容が書かれた手記が、私の実家にある書庫に残っていたよ」

「空地戦争と悲しみを終わらせる…?」

 オウム返しのように言葉を繰り返し、ビアンカは再び考え込んでしまった。

「うむ。私が吟遊詩人として各地を巡っているのも、その真意を知るため。その途中で、あいつらの所業を知ったというわけさ」

 道具袋から小袋を取り出し、コトコトと音を立てる鍋の中に丸薬状の何かを入れていく。香りが一気に食欲をそそるものへと変わる。

「いけない、また話がそれた…。もう何となく察しがついていると思うけど、その子守唄は、聴いた者を文字通り眠らせる効果がある。ただし、抵抗できずに完全に眠ってしまった者は、その体ごとルナミスに変換されて塔に吸収されてしまう。その吸収した力の用途は分からないけどね」

「そんなことが…。あぁ、となると。あの子守唄を聞いたときに強烈な眠気を感じたのは…」

「そういうこと。危なかったね。まあ私も、危なかったわけだけど」

 二人ともが当時の事を思い出し、同時に苦笑を浮かべた。

 しかし、すぐに二人とも表情を引き締めた。

「…あれ?それってつまり、あの歌をまともに聞いてしまった者は、跡形も無く消え去るわけで。まさか、噂“しか”聞こえてこないのは…」

 ビアンカはこれまでの話であることに気が付き、目を見開いた。

 声が聞こえ続けるという情報から、死者の街、冥府の入口などと表現されていた瑠璃色の塔については、全てが憶測からの噂話で、それが領内に存在しているにもかかわらず、白尽地帯のように国の管理局が置かれているわけでもない。

 それが意味していることは、概ね一つだった。

「そういうこと。あそこを訪れた、或いは迷い込んだ旅人は、その全員が、例外なく、あの歌で眠らされて体ごと分解され、帰って来なかったから。ただ、あの歌声だけは影響範囲外にも聞こえるから、あの噂話が立ったというわけ」

「なるほど」

 制御管理が出来ない。そこに至る者が例外なく帰って来ない。

 そういう事実をすでに把握していて、それ故に、変に人の目を引かないよう、そう言った対応を取っていると推測された。

「東方の知り合いが、触らぬ神に祟りなしっていう言葉を使ったことが有ったけど、よく言ったものだと思うよ」

 そう口にして、グリージョアは笑った。

 しかし、ビアンカは再び首を傾げた。話によって新たな疑問点が湧き、加えて、まだ最初の疑問点の解決がなされていない。何故、彼女がニクシーの事を託されたのか、その答えをまだ聞いていないのだ。

 しかし、その回答はすぐに得られた。

「さて、長々と話したけれど、最初の疑問にまだ答えていなかったね。何故、私が君に、ニクシーの事を託したのか。答えは単純で…」

 あっさりとした口調で、何も難しい事でもないというような気軽さで、彼女は言葉を続けた。

「私が知っている中で、魔法に対して確かな抵抗力があり、ある程度の遺跡探索経験がありそうな人物が、君しか思いつかなかったからだよ」

「魔法への…抵抗力?」

「そう。あの招魂歌カンティクス・アニモは、影響範囲内で聞いてしまうと、今の生物は、まず耐えられない。仕組みを知っていても抵抗は出来ない。今の生物には魔法への抵抗力がほぼ無いからね」

「私やグリージョアには、少なくともそれがあると?」

「あるね。そうじゃないと招魂歌カンティクス・アニモに抵抗できないし、魔神や、その力を封じたセプターに触れることも出来ないからね」

 そう言うと、彼女は手袋を外し、そこに嵌めてある、白と黒とが美しく住み分けられるよう配置された指輪を示した。そこからは白と黒の光の粒子が微かに漂っており、ビアンカは自分の指輪と同質の力を感じていた。

「それは、セプター?」

「そうそう。これは“永遠の白夜”と呼ばれているセプターだね。くっきりと白と黒が分かれているでしょ?そして…」

 指輪から漂う白と黒の粒子が、次第にグリージョアの後頭部付近に集まり、まるで灰色の光の塊に翼が生えたような「何か」の姿を形作った。

 それはふわふわとグリージョアやビアンカの周囲を回ると、再びふわふわとグリージョアの後頭部付近に陣取った。

「この子が、このセプターの契約先。魔神“灰翼グリセオ・アラス”だ。この子のおかげで今の私があるし、色々と助かってるんだよねぇ」

 ふわふわと飛び続ける魔神を観察していたビアンカは、それが漂わせている白と黒の粒子に、見覚えがあったことに気が付いた。

「その子は、もしかしなくても、あの喫茶店での演奏の時に演出していた?」

 ビアンカがそう指摘すると、グリージョアはパンと手を叩き、嬉しそうに彼女を指さした。

「そう!大正解!よく覚えてるね。あの変化を繰り返す演出は、通常の精練歌だと物凄く難しいだからね。ディヴァエストの歌姫信仰は知ってる?あれくらいの力が要求されるから」

「魔法と同等ではないかって言われてる、祭祀用の精練歌だね」

「そうそう。あそこの歌姫には、一度会ってみたいんだよねぇ。綺麗な子だし。色々聞いてみたいんだよね。祭祀承継者だから、中々に守備が堅いけど」

 残念そうに苦笑する彼女に、ビアンカは微笑を浮かべて見せたが。

(会った時の話は、黙っておこうかな)

内心では申し訳なさを覚えていたので、微笑は直ぐに苦笑に変わっていく。

「さて、と。そろそろ大丈夫かな」

 手鍋の中身を混ぜながら、グリージョアは荷物入れから携行用の食器を取り出し、手鍋の中身を入れていく。

「それは?」

「北部地方の特産品を使ったスープさ。調味料と野菜を丸薬状に固めて持ち運び、必要に応じてお湯に溶いて作る。簡単だろう?」

 そう言って、中身を注いだ器とスープ用の食器を差し出した。

 器の中身は、褐色のスープに具材が入っているもので、魚介にスパイシーさが混ざったような香りが特徴的だった。

「有難う。何だか食欲が増す香りだね」

「味は少し濃いめだから、そこは勘弁しておくれ?」

 自分の分を注ぎ、食事の用意を整えていく。

「それじゃ、互いの無事に…」

「空の王と地の王、そして…」

「旅の神に、杯を!」

 旅人にお決まりの言葉を互いに口にしてから、食事を始める。

 その間には、先ほどとは違った世間話や、互いの旅の思い出などの話題を交わす。特にグリージョアが語る豊富で過酷な旅の経験は、ビアンカの興味を大いに引いた。

 中でも大陸北端や東端の、いわゆる秘境と呼ばれている地域についての話は、興味以上に、旅についての学識を深めることが出来るほどのものだった。

「なるほど。あの魔神“空喰”の安住地が東にあるのは、初耳かも」

「まあ、そこで頻繁に休む姿を見かけると言うだけだから、本当の意味での安住地かどうかは、断定できないけども」

 その後は、ビアンカも自分の旅の経験を話す。

 やはり旅人同士と言うべきか。旅先そのものの話以上に、旅では付き物の日常話の数々で盛り上がり始める。宿泊について。旅先の食事について。野宿について。楽しかった経験や、困った経験について、単に情報として、或いは共感として交感した。

加えて、ビアンカは今までに描いてきた絵についての話も交えた。

「これは、あの瑠璃色の塔?すごいな。光が、魂が空を舞う様子だね?こっちは、あの、名前を公募中の天空山岳都市の様子だ。細部まで描き込んであるね。中央にある紅の塔まできっちり描かれてある絵は初めて見たかも知れない」

 自分の構図の参考に作り、持ち込んでいた絵の写しを披露すると、グリージョアはその全てを、時に興味深く、時に表情を緩め、時に引き締めながら、楽しんでいるように見えた。

 そして。

「この絵…」

 ある一枚の絵に目を留めた。

 それは、ビアンカがコード・プラータと出会い、散策した、古代魔法文明時代に興り、今なお形を留め続ける空の民の都市を描いたものだった。

「…思い出すね。ここ、コード・プラータと名乗る案内役の操機人が居なかったかい?」

「居たね。私も案内してもらったよ。最初、そこは危険地帯と聞いていたから、拍子抜けしたけども」

「実際に危険な地域だからね。あそこの操機兵器…魔物は、後で調べてみたら強力なものばかりだったから。そう言えば、あそこを見て、君はどう思った?」

 唐突な、それでいて予定調和のような質問だった。

 恐らくその問いは、ビアンカに向けられたものでもあり、グリージョア自身に対しても向けられたもののようにも、ビアンカには感じられた。

「うーん…。どう表現するべきか。発展していて居住するにも素晴らしい環境だけど、自分が住むには遠慮したいような、そんな感じかな。人も居なかったから」

 苦笑のような、それでいて微笑のような表情を浮かべる。

「やっぱり。実は私も同じように感じたんだ。あの場所は、住むには物悲しい。どうしても」

 ビアンカの感想を聞き、グリージョアも似たような表情を浮かべて、自分の考えを同調として述べた。

 その時に、ビアンカはコード・プラータの言葉を思い出した。

「そう言えば、コード・プラータが、その「物悲しい」と言う感想の意味を知りたいって言ってたね。それと、「またお越しください」とも」

「……はぁ、そうか」

 言葉を聞いたグリージョアは、先ほどの表情と似た、しかし、全く性質の違う表情を浮かべた。例えるならそれは“憫笑”とか、“憐笑”と表現するべきものだった。

「私はね。こういうと頭が狂っているのではと思われそうだけど。あの街を、終わらせてやりたいと、そう思ってしまったんだ」

 どこまでも悲しげな、儚げな笑みを浮かべながら、述べる。

「終わらせる?」

「うん。あの街は、もうすでに終わってしまっている。そこに在った人間、古代人たちは、自分たちの願いで消滅した」

 それはとても、物悲しい雰囲気で、声で、語られる。

「その時に、あの街も終わるべきだったと、私はそう思うんだよ。それだけさ」

「そっか…。コード・プラータには、聴かせられないね。聞きたがっていたけど、理解できないかもしれない」

 そうビアンカが言って笑うと、グリージョアも笑った。

「そうかもしれないね」

 そうして一言、呟いた。


 食事、団欒、片付けの後。

 二人はガラスの街を出て、雪の中を強行軍で、森の境界線の向こう側まで戻ることにした。時間は掛かったが、その時の空模様の怪しさを見て、結果としてそれで正しかったことを知った。

 魔神の祀りが実質的に解除されたにもかかわらず、気候に変化は起こらず、変わらず冷気の凪と嵐を繰り返す様相を見せていた。

「グリージョアは、これからどうするの?旅は続けるとしても」

「そういう君も、これからどうするんだい?」

 二人は、周囲の安全性を担保し、確認したうえで、互いに互いの今後について話題を振った。

「私は、コード・プラータに会ってこようと思う。もちろん、あの感想は適当にはぐらかすさ」

「私は、ニクシーと共に旅を続けることにするよ。絵も描き続けようと思う。グリージョアのおかげで、知りたいことも増えたしね」

「そうか。なら一つ情報を教えよう。大したものじゃないが、良い景色が見られる場所への行き方だが…」

「それは是非知りたい。ニクシーにも見せてあげたいし!」

 即座に喰いつきを見せる。必要な情報を集めることに貪欲であるように。

 グリージョアはその勢いに一瞬圧されながらも、落ち着けと一言声がけしたうえで、続ける。

「一つは、ここから南西にある海沿いの街ウルブス・デ・ナーデの沖合に、一つの島を丸ごと神殿に改造したと言われている遺跡がある。南端のリゾート地にも、似た神殿が有ったと思うけど、それと似たような物らしい」

 その話に、ビアンカは胸の高鳴りを覚えた。過去の経験が鮮明に蘇る。

「ニクシーが目覚めるまでに間があるから、十分間に合うと思う。もしも渡りたいなら、そこで渡し舟の仕事を営業しているモーレと言う男か女か分からない外見の船乗りに会うと良い。きっと送ってくれる」

「モーレだね。分かった」

 その名前を記憶し、メモに収める。幸い、街についての情報は地域図にも載っていたことを記憶していたので、そこにメモ紙を挟み込む。

「それでは、空の王と地の王と、旅の神の名において。良い旅を」

「同じく、良い旅を」

 最後の情報交換を終えた二人は、決まり文句と共にその場で別れた。

 グリージョアは南へ。ビアンカは西へ向けて歩き始める。


 さふりさふりと、雪を踏む音。最初二つで今一つ。最初四つで今二つ。それは初めて来たときと何も変わらない、いつも通りの終わり方だった。

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