第9話 鵜の目鷹の目、蜘蛛男の目

 二〇十八年十一月十二日、Stan Lee(スタン・リー)逝去。アメコミ界の重鎮が亡くなられた報は世界を駆け巡りました。



 テレビニュースや新聞、SNSはもちろんの事、海外ドラマ系のBS及びCSチャンネルでも反応は素早い。特にアメコミ作品に力を入れている動画配信サービス「Hulu」では、大々的にスタン・リー特集ページを公開したりと、あっという間でした。それぞれの媒体がマーベル・コミックス創業者にしてアメコミ原作者のスタン氏に対し、深い追悼の意を表しております。YouTubeのマーベル公式チャンネルでも追悼動画を公開中。



 スタン・リーの出世作にして代表作と言えば、漫画家ジャック・カービーとの共著『The Fantastic four(ファンタスティック・フォー)』と、漫画家スティーブ・ディッコとの共著『Spiderman(スパイダーマン)』。ここでは後者を詳しく語ってみましょう。


 『スパイダーマン』は一九六二年の雑誌デビュー後、読者から絶大な支持を得て大躍進。数年後にはその人気を元に、何度かメディア化されました。


 中でも飛び抜けて好評だったのが二〇〇二年にトビー・マグワイア主演で作られた実写映画『スパイダーマン』三部作。マニア以外の一般層に受け入れられたのもあって人気が右肩上がりに。原作準拠の展開、CGを駆使した特撮技術、役者の魅力など、それぞれの良い所が上手くマッチングしたのが勝因です。


 この作品以降、さらに役者を替えたリブート映画、テレビアニメシリーズ、ゲームアプリなど、あらゆるメディアで『スパイダーマン』の新作を観る事が出来ます。



 改めて説明しますと、『スパイダーマン』の主人公ピーター・ベンジャミン・パーカーはステレオタイプの好青年ではなく、気弱でオタクで自意識過剰、時々同級生にいじめられたりもする繊細な高校生。蜘蛛のスーパーパワーを身に付けて悪と戦うも、実生活では恋や友情に悩み傷付く等身大の若者です。まず、この設定が画期的。


 アメコミ黎明期の一九三〇年代から過渡期の一九六〇代にかけて、アメコミに登場するヒーローは筋骨隆々のたくましい成人男性ばかりでした。


 判りやすい例で『スーパーマン』のクラーク・ケント、『バットマン』のブルース・ウェイン。思春期の少年がヒーローに関わる場合は『バットマン』に登場するロビンのごとく、助手(サイドキック)の座に甘んじるのが殆ど。当時の表現上の問題も含めて、大人と子どもの境界線は明確に引かれていたのです。


 その慣例を打ち砕いたのが『スパイダーマン』。日常生活と自警活動の両立に苦しむ不器用なヒーローの姿は、若い読者の共感を呼ぶと同時に多くの支持を集めました。やがてはスパイダーマン以外にもティーンエイジャーのヒーロー(例・ロビン役を辞めて独り立ちしたディック・グレイソンが変じたナイトウィングなど)が次々と誕生し、旧態依然としたアメコミの世界に新風を巻き起こす結果となります。



 人気が高まれば映像化を求められるのは必至。それまでも一九六七年にテレビアニメ『スパイダーマン』、一九七七年にニコラス・ハモンド主演のテレビドラマ『スパイダーマン』、日本の東映が製作した特撮ヒーロー番組『スパイダーマン』と、多種多様な作品がお目見えしますが、不思議な事に主人公はいずれも成人男性(ニコラス版は大学生)。それもあって、原作漫画のピーター(高校生)が抱えていそうな重苦しい悩みはめったに吐露しません。


 また、原作のピーターはスクールを卒業後、フリーのカメラマンになって自作自演でスパイダーマンの写真を撮影、それらを新聞社に売り込みに行く様になるのですが、ニコラス版のドラマではこの設定を元に社交的な主人公を造形。あれこれオリジナル要素を足して簡潔で判りやすい『スパイダーマン』を主張していました。


 東映版の主人公、山城拓也なんか職業がオートレーサーですしね。どちらの作品も、アレンジの幅がとてつもなく広かったのは間違いないです(余談ですが、山城拓也は変身後の姿でアメコミ最新作『スパイダーバース』に登場。いわゆる設定の逆輸入)。



 原作に話を戻すと、現在のアメコミ版の『スパイダーマン』は何と主人公が世代交代しました。色々あって戦死したピーターに替わり、ヒスパニック系の多感な黒人少年マイルズ・モラレス(十三才)がスパイダーマンを襲名。しかも状況によってはパラレルワールドでピーターと共闘する事もあり、その行く末がどうなるのか全く目が離せません。


 マイルズは、マーベルコミックスの世界ではまだポッと出の新人。今のところ原作漫画とテレビアニメ『アルティメット・スパイダーマン ウェブウォーリアーズ』、日本で二〇一九年三月に公開予定のアニメ映画『スパイダーバース』予告編くらいにしか姿を現しておりません。しかしいずれは実写映画で、その勇姿を世間に広く知らしめる日が来るのでしょうか。

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