第5話 インスピレーションを求めて 1

 

 私の家はもはや安泰の地ではない。

 おかしな勇者が住み着いてしまったからだ。


 四六時中、あのかわいい顔が私を監視している。


 先生、先生、先生、先生……とても耐えられない。


 あぁ、ダメだ、震えがとまらない。


 今すぐにクリスを保存してあげないと気が済まない。


 だが、それは今の私には、かなわぬ夢。


 されどこの程度であきらめる私ではない。


 今はダメでも、必ずだ。

 必ずクリスを私のものにしてやる。

 これは決定事項なのだ。


「先生! 見てください、チャーリオが寝てます!」

「ッ」


 眠る毛玉に美少女がちょっかいをかける。


 これは芸術の領域なのか。


 いいや、こんな物が芸術であってたまるか。


 だが、恐ろしくかわいいことは確か。


「やはり確定事項だよ、クリス。私はいつか必ず君を手に入れてみせる」

「えへへ、どうぞどうぞ、やれるもんならやってみてください!」


 頬を染め、嬉しそうににへら笑い。


 不思議とその笑顔から、目が離せなかった。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 今日は、おかしな勇者の目を盗んで、エールデンフォートでもゆびおりに巨大な建物にやってきた。


 その名を「冒険者ギルド第一本部」


 大陸全土で、にちや繰り広げられる、人間と魔物の種の存命をかけた殺しあい。


 依頼を集め、クエストを作成・供給する人間のほこる武力の集結地にして、冒険者ギルドの牙城。


 国家を越えた、よこの繋がりによって、冒険者ギルドのもつ力と権力は、もはや大国に匹敵する大きさだ。


 まぁ、私には恐ろしく接点のない建物なわけだが。


 では、なぜ芸術家の私がこんなところに来たのか。


 端的に言うならば、それはツナギだ。


 私はすべての作品をうしなってしまった。

 同時、湧き立つインスピレーションが枯れるのを感じた。


 今の私はからっぽだ。

 なんのアイディアも浮かばない。


 芸術家にとってこれは致命的である。


 クリスがいるいま、自宅のアトリエでのんきに臓物と骨格をくみかえて、創作をするわけにはいかない。


 私にはツナギが必要なのだ。


 クリスを「作品」に変える渇望のその日まで、私を芸術家であらせつづけるインスピレーションが。


 インスピレーションは作品からしか補えない。


 だが、作品はない。

 ゆえに私は、解決策をこうじた。


「どうもこんにちは、今日もいい天気ですね」

「これはこれは、エイデン・レザージャックさん。ようこそいらっしゃいました」


 いさましい冒険者たちが、クエストの算段をたてる、汚い酒場の隅の隅、見知った顔の男を見つけた。


 インチキ臭いちょび髭を生やし、暗めのレザーと金属があしらわれた、軽い装備をつけている。


 腰に差さるふた振りの、剣幅の広いブロードソードを見れば、彼もまた冒険者なのだとわかるだろう。


 猫、熊、オーガ、ポルタ……下から四番に高い等級の、ポルタ級冒険者パーティのひとりで、冒険のかたわらマフィアの用心棒なども請け負っている。


 闇の世界の住人だ。


 彼は先月より、個人的に私の「作品」を買いたいと言ってきた、直近の依頼人でもある。


「最近は不調だと聞いてましたが、まさか火事で作品をすべて失ってしまわれていたとは……残念です」


「えぇ、本当に予想外の出来事が起きてしまいましのて。申し訳ないですが、しばらくは作品制作できるような状態じゃないんです」


 オールバックを撫でつけて、肩をすくめる。


 ちょび髭の男は無念とばかりに首を横にふった。


「それでは、今回の依頼はなかったということで、いいでしょうか? しばらくは作品制作の目処が立たないのですよね?」

「えぇ……なんでか、インスピレーションが湧いてこないんですよ。きっと作品が燃えてなくなってしまった事による、心的ショックでしょう」

「そうですか……わかりました。こちらではそのように報告させていただます。ボスも残念がられることでしょう」


 ちょび髭男はそう言い、席をたった。


「ひとつ、質問してもいいですか?」


 私は立ちさる男の背に声をかける。


「はい、なんでしょうか」

「あなたのボスは、以前に私の作品を購入されたことが、おありでしょうか?」

「どうでしたかな。たしか、知人がエイデンさんの作品を持っていたとかで、ボスはあなたの作品に大変な興味を持たれた、と聞いた記憶がございます。それはもう数ヶ月前のことです。

 今日にいたるまでに、ボスならば、1点か、2点、エイデンさんの作品を保持していても、おかしくはないでしょう」

「で、あれば、私をあなたのボスに会わせてもらえませんか?」

「ほう……それは、どういったご用件で?」


 ちょび髭男は、ひげを指先でととのえながら、そう言い、こちらに向きなおった。


「インスピレーションを、過去の私からもらおうと思いましてね」


 私はそう言って、ゆっくりと腰をあげた。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 打ち解けたちょび髭男ーーボルザークに連れられて、大きな屋敷にやってきた。


 エールデンフォート都内だが、私の家からえらく遠いい場所にあったせいで、もう日が暮れてくれてしまった。


 ーーカチッ


「このあとなにか予定が?」


 片手間に懐中時計で時間を確認する私へ、ボルザークは笑顔で聞いてきた。


「いいや、大したものではないですよ」


 私も笑顔で答える。


 ボルザークは「そうですか」と相槌をうつと、先導して屋敷のなかへはいっていった。


 黒服の警備たちが庭には何人もたっている。


 みながこちらを不思議そうに見ていたが、私は特に気にすることもなく、屋敷のなかへと足を踏み入れた。


 客室にとおされ、しばらく待つよう、ボルザークに告げられてひとりにされた。


 私はそっと杖を取りだして、コートの内側から黒い液体のはいった試験管を3つほど取りだす。


 栓をぬき、頭のなかで魔術式を組み立てる。


 そして、魔法トリガーの発声ーー魔術の基本にのっとって魔法を行使する。


 もっとも、私の場合は無詠唱でまったく構わない。


 試験管のなかの黒液体たちが、意思を持って動きはじめる。


 彼らはやがて試験管から溢れだすように、体積を増やしていき、客室の真っ赤な絨毯の上に、ぼとんっ、とそれぞれ落下した。


 やがて人間のようなボディを形成し、大きくなると、彼らはソファの下の影に溶けこむように消えていった。


「あぁ……これで安泰だ」


 私はストレスを感じやすい。

 知らない奴に会うとき、そして気をつかうべきな相手ならば、特に神経をすり減らしてしまう。


 だから、こうして保険をかけなければ、とてもじゃないが見ず知らずの人間と会えないのだ。


 それに今回の訪問は特別だ。


 ーーしばらく後。


 客室にマフィアのボス然とした男がやってきた。


 真っ黒なスーツを身にまとい、やけにガタイがいい。

 年齢は50歳手前、身長は私と同じくらいだが、肩幅がひろく、筋肉質だ。若い頃は戦士だったな。


「これはこれは、あの狂気の芸術家エイデン・レザージャックが、この屋敷におもむくとは思いしなかった。俺の名はカタクラヤス・ボビンズ、よろしく」

「どうも、私がエイデン・レザージャックです」


 マフィアのボスは手をがっしりと握り、金だらけの歯を笑って見せてきた。


 私の趣味とはあわない性格に見える。


「聞いている、どうやら、自身の作品を見にきたそうだな」

「えぇ、カタクラヤスさんなら私の作品に興味を持っていると聞きましたので。行き詰まった作品作りのために、ご協力くださると嬉しいです」


 カタクラヤスは客室のソファにどかっと座り、背後に2人の用心棒を控えさせた。


 そして、なにがおかしいのかゲラゲラと笑いだすと、私をソーセージのような指で指差してきた。


「もうねぇな、ぜーんぶ売っちまった」

「っ」


 思わぬ言葉に眉をぴくりと震わせる。


 カタクラヤスは、私の反応がお気に召したのか、ふたたびゲラゲラと笑い手を叩き合わせた。


「お前の気持ちわりぃ作品はよく売れるんだよ。あんな価値のない、肉人形のおもちゃの何がいいのか、まともな俺には理解できねぇ。

 ……だが、ビジネスとしては成りたっちゃいる」


 理解した。この男はそっち側か。


 私は何年も闇の世界で生きてきた。


 だから、知っている。


 純粋に作品に興味がある……という同種の人間以外に、私の作品をその他の、値打ちのある芸術品とおなじように、転売するのが目的の輩がいることを知っている。


 そして、その対処法もーー、


「そうですか。残念です、私の傑作に会えると思ったのに」

「がっはは、まぁ、気を落とすなよ。ここで会ったのは何かの縁だ。俺がプロデュースし、お前が作る。金持ちたちはお前の作品にいくらでも金をーー」


 杖をぬき、スナップを効かせて振る。


「どわぁ!?」


 カタクラヤスは驚いた顔をして、机に足のスネをぶつけながらこちらへ倒れ込んできた。


 顔面を右手でしっかりとつかみ、受けとめる。


 カタクラヤスの背後の用心棒が目を見張った。


「て、てめぇ! なにを、こんな、こんなことしてタダで済むとーー」


「ーーもう喋らなくていい」


「ッ、ウギやァォ、がっ、ぁぁァァ、ぁあ!?」


 カタクラヤスの肉体が1センチ四方のブロックなって、ホロホロと崩れていく。


 足先から分解されるご褒美に、カタクラヤスは痙攣しながら歓喜の叫び声をあげはじめた。


「ボス!」

「貴様、なんのマネだッ!」


 目にもとまらぬ速さで、絨毯を駆け、せまる用心棒たち。


 両方とも剣士か。


 まったくもって話にならない。


「創作活動の邪魔は、よしてもらおうか……メークスフィア、殺せ」


 私はつまさきで軽く絨毯をつつく。


 瞬間、ソファの下から真っ黒な影たちが姿をあらわした。

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