第142話 西部戦線異状なし

 五体のゴーレムが合体して出来た巨大ゴーレム──足の一本ですら俺の背丈を抜くそれが都市の大通りを疾駆する。揺れるゴレムスを肩に我慢しつつ地面を見ると、走る度に石畳が剥がれ、轟音が鳴り響いていた。


 首を上に上げなくとも三階の窓と目線が合う。

 子供が二人、父親と一緒に俺たちを見ている。


「報告──前方に亜人兵十五体、斜め右の屋根上に三体」

「屋根のは放っておけ」


 血刃を発動。ゴレムスの両腕に穿孔具ドリルじみた、血による武装をほどこす。こちらに鉄槍を向けるトカゲ頭の亜人たちにゴレムスの腕がぶち当たり、体をバラバラに斬り裂いた。


「ギャアッ!」

 屋根上の亜人が悲鳴を上げる。


 獣人戦士──眷属衆ブラッドジニスが矢を放ちながら屋根の上を掃討していた。一射、また一射。空気を切る音と同数だけ亜人兵が討たれてく。


「──これは念話。クリスタか」


 脳がビリリと震える感覚がしたので、念話に答える。


《戦況報告します。騎士とゴーレムの攻勢により北部にて戦況優勢。敵指揮官は未だ見えず。南部は戦線膠着。冒険者・ゴーレム混成軍による攻勢ですが、敵戦力の増大に追いつけていません。南部指揮官は石蠍氏族ストーンスコルピオンのシャウラ氏族長です》

《了解した。俺はどうしたらいい?》

《暴れて、暴れて、敵をとにかく引きつけて下さい。それだけ他戦線が優勢になります……が、総大将が囮になるなんて……》

《危なくなったら逃げる》


 普通のアイアンゴーレムやミスリルゴーレムも通りという通りを占領して進んでおり、今この通りでも五体のアイアンゴーレムが亜人と格闘している。

 ゴーレムが亜人の腕を掴み力任せに振り回し、地面に叩きつける。頭蓋が砕け散る音がして亜人は絶命した。通りの鎧戸は全て閉められていたが、都市民が恐る恐ると覗いてくる。


「拝月騎士団である! 古からの誓約に従い都市を守備している。どうか貴族街に逃げられよ。そこで防衛戦が敷かれている!」


 大声を出すと家々の入り口が開いて、都市民が我先にと逃げていく。

 これで百人ほど。

 十万のうちの百人。多いと見るか、少ないと見るべきか。


「報告──先行していたゴーレム45が完全破壊。核は無事ですが修復完了まで48時間を要します」

「やったのは巨人とやらか」

「肯定──ゴーレム45が撃破直前に敵想定戦力を報告……クリスタ様がゴーレム3を介して巨兵魔信網ゴレネットに戦力再配置を命令。非常に効率的」

「ごれねつと……? まあいい。一人でゴーレム三百体の同時指揮か。俺には出来んな」

「肯定──エーファの言葉に『道は学んだ者の前にのみ開かれる』とあります。兵学を学ぶことを推奨」

「生兵法で部下を殺したくない。それなら指揮が上手いものを探して雇う」


 一瞬空を見上げると、そこには空を埋め尽くす蝿。

 襲っては来ない。襲えばミルトゥが大精霊で赤目を壊すと知っているからか。ならば敵には知性がある。巨人が指揮しているのか、それともミルトゥが自作自演しているのか。ヨワン長兄が、父王が関与している可能性すら有る。


「もしやダルムスク自治領の意趣返し……クソっ! 考えても分からん!」


 亜人が大通りの十字路から大挙して押し寄せてくる。

 数は百を超える。

 俺たちを脅威と認識したということだ。


 ゴレムスが足を振り上げ三体の亜人を蹴り殺すが敵陣に動揺はなし。反面、士気が高いということも無く、どちらかと言うと自由意志を奪われているように見える。

 またゴレムスが腕を地面に叩きつけ、二体の亜人を地面のシミに変えた。

 俺もゴレムスの肩から飛び降りて血刃を纏った剣をがむしゃらに振り回す。一振りで二体、二振りでさらに三体、槍が一斉に突き出されてくるので屈んで回避し、その体勢のまま剣をぐるりと一回転させ七の亜人の──腰辺りを両断した。


 ──剣が少しだが黒く濁っている。


 王立魔導院で殺人を犯した時からそうだ。

 ふと、オーケンの言葉が頭に浮かぶ。


『剣が黒くなったら注意せい。その剣の本領は心で強く念じることで発揮される。ただ抜いて使うだけでは普通の剣と変わらんよ』


 黒くなれば何だというのだ。魂が壊れるというのか、だがそれは俺を止める理由にはならない。ここには十万の民がいる。天秤の上に俺の命一つと民の命を乗せれば、あっけなく傾くではないか。


「警告──亜人更に百体追加。前方千二百歩。接敵まで約六十秒」


 辺りには濃い血の臭いが漂っている。拳を赤黒く染めたゴーレムたちがさらなる敵に備えるべく横一列に並んでいる。


「ん……? 雷の前兆か……」


 ゴゴゴと空から鈍い音が響いている。しかし我関せずとゴレムスが足元のレンガを剥がして投擲した。風切り音の後に敵陣中央に当たったが勢いは一切削がれていない。


「うぉおおっっ!」


 ──天地が逆転するかのような雷光が空から落ちる。紫の曲りくねる光は空の蝿を打ち砕き、地に居る百の亜人兵に降り注ぐ。直撃とともに家々を揺るがし、あまりの衝撃に腹の中で音が反響していた。


 まさに死屍累々。亜人兵は一撃で黒焦げの死体と化した。周囲の家々に一切被害はないが──こんな事が出来るのは王国でも唯一人しか居ない。

 後ろを振り向くとヨワン長兄が──第一王子が白馬から降り立ち、輝きの聖剣シャインを腰にさしたまま、俺に一歩ずつ歩み寄ってきている。


「……灰の剣士……剣を見せろッッ!」

「──ぐっ!」


 ヨワンが俺の首を掴み、壁に押し付ける。

 肺腑から空気が抜ける。掴む力は尋常ではない。怒りと殺意、だが血走った目からはヨワンの余裕は感じ取れなく、どこか追い詰められた人間特有のものがあった。


「私を、王家の誇りを蔑ろにした灰の剣士よ。百の死をもっても罪は贖えない。その哀れな生に苦を絡めて冥府の一番底に落としてやろう」

「──ぐはっ! 馬鹿言うな! あの高名な冒険者が俺だと……そんな訳がない! この数ヶ月、俺がどこで何をしていたかを考えれば、灰の剣士やらと俺が違う人間だとは分かるだろうが!」

「セヴィマールの転移術……サレハを保護した経緯……全てがアンリに繋がっている」


 殺される。搦手からめてを使わない真っ向勝負──さらに空の下ではこの兄には敵わない。


「剣が違うな……灰色の剣身では無い……」

 ヨワンの瞳に失望の色が浮かぶ。

 剣を振り抜くか迷っていると、後方から馬蹄の響きが聞こえてくる。首を何とか右に向けるとそれが騎士エーリカだと分かった。


「だんちょ──って! きゃぁああーーーっ!」

 エーリカが黄色い悲鳴を上げる。

 それはそうだ。自分たちの上役が今まさに殺されんとしている。


「金髪のシュッとした美男子イケメンが灰色の弟を無理やり……じゃなくて、ご兄弟同士で仲睦まじく……まさか、これが禁断の愛……?」


 違った。脳が腐っているのでは無かろうか。

 エーリカは頬を染めながら熱っぽく語っている。


「いけませんヨワン殿下っ! 団長は心に決めた方が居るんです! 略奪愛だなんてそんな……いや、嫌いじゃないですけど……!」


 まだ続けるのか。エーリカは持っていた地図を裏返して、馬の胴体に押し当てて何事かを書き込んでいた。


「あの女はイカれているのか……? いきなり、何を……?」

「俺の部下です……いい子なんですよ……」

「……興が削がれた。それに……民が苦しんでいる今……同族争いをしている私のほうが、もしかすると物狂いなのか。ク、フフ……負け犬の物狂いか……」


 ヨワンが俺から手を離し、エーリカが残念そうにため息する。


「ここは一時停戦とする。都市イルキールから亜人を一掃するのが王族の努めだ」

「勝手に決めるのか。長兄はいつだって自分勝手だ」

「知ったことか。私は一人でも戦える。付いてこれないなら、子供の頃のように一人で膝を抱えているといい」


 ヨワンが聖剣を抜き放ち、まばゆい聖光が亜人の死体を照らした。

 こぼれ落ちた臓物を物ともせず、ヨワンが大通りを悠々と進む。

 咳をしつつ呼吸を整えていると、エーリカが俺の横で片膝を付いた。


「団長! ご無事でしたか!」

「ああ……俺を助けるために一芝居してくれたんだな。一瞬、誤解してしまったよ」

「はい! この騎士エーリカ、不埒な妄想で団長を汚すことなど一切ありません」

「そうだな。優秀な部下がいて俺は幸せだよ」


 エーリカがはにかみながら〈軽治癒ライトヒール〉を俺に掛けた。エーリカが地図を畳んでしまうのを眺めつつ、俺はさらなる戦場に臨むべく、深く呼気を吐いて精神を集中した。背後からは少し遅れて冒険者たちも集ってきている。


「行くぞっ! 都市を皆の手で取り戻すんだっ!」

「ウォオオオオオオーーッ!」


 数十の喊声が大通りに響く。乱戦模様の都市防衛戦──死傷者の数は計り知れない。俺はゴレムスの肩に再び乗り、足音を響かせながら戦場を疾駆した。

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