第104話 エピローグ─Ⅰ─北の大地にて

 ゴーレム五十体のうち三十体は聖地礼拝路の魔物掃討を命じて残した。これらは完了次第アーンウィルに帰らせる手筈である。残り二十体は物資移送および護衛目的として連れて帰る。


 俺と一緒にアーンウィルに帰るのは教皇を含めた拝月教の関係者で二百名。内訳は騎士四十人、従士百人、技術者等の集落民六十人とアーンウィルで養える定員は超えているが、しばらくは貯蓄を食いつぶして耐える。


 白亜宮の一部人員は防衛のために残る。もちろん防衛は薄くはなるが問題ない。王国からすると教皇が居ない聖地を攻め落としても、ただ神意に反逆した愚か者として名を残すのみ。


 流石に直接的な武力行使に出るほど愚かでない。俺の生まれた国はそうでないと思いたい。


 セヴィマールの〈転移門〉で樹木地帯を抜けた平原まで降りる。振り返ると少しの間過ごした白亜宮は遥か遠く、まるで雪の白に埋もれてしまったようだ。

 

 セヴィマールとはここで別れる。

 彼とは不可侵および秘密遵守の誓約を誓いの聖鈴ベル・オブ・オウで結んだ。その後も色々と話し合ったのだが、互いに協力しあう気分にはなれなかった。


 色あせた思い出が邪魔したのか、男のつまらない意地が障壁となったか、苦笑いをしつつ対峙する俺たちは、たぶんきっと、お互いに分かりあえていない。


「じゃあなアンリ。僕はしばらくの間はミルトゥ兄上から身を隠すよ。今回の王宮襲撃で何かが動くだろうし、巻き込まれたくないからな」


「お元気で。兄上のおかげで俺も助かりました。ああそういえば……どうしてもアーンウィルに住みたいと、兄上が俺の足元にしがみついて懇願するなら、認めてあげてもいいですよ?」


「馬鹿言うな。お前は泥舟だって。誰が好き好んで──」


 かつて灰の剣士として使っていた白檀の仮面をセヴィマールに向かって放り投げると、片手で受け取られた。ヘルム代わりに持ってきたのだが結局使わなかった。


「餞別です。灰の剣士から譲り受けたと言えば、ハーフェン辺りだとそれなりの箔がつきます。俺が冒険者として活動していたことは知らなかったでしょう?」


「マジかー。訳わからん行動力してるなアンリ。んじゃ……行くよ」


 セヴィマールが手をかざし漆黒の〈転移門〉を開く。バチバチと音を立てながら亀裂が広がり、人が通れるほどの楕円形の穴となった。


「アリシア……お前さ、ホントは……」


 セヴィマールがアリシアを見つめる。


「いや、すまん。やっぱ言えない。あと教皇にお願いしたいんですけど、そのアリシアって子は呪いまみれでして。前に使っていた魔術で治してやってくれませんかね?」


 驚いた顔をするクラウディアが〈ディスペル解除〉をアリシアに掛ける。淡い光が彼女を包み、幾つかの呪いが解けたようだが、本命の呪いは残ってしまった。


「酷い……なんて強力な呪いなの。魂が半分? いえ、こんな事が人間に出来るわけ……」


「ああー、やっぱ教皇って言っても無理なもんは無理なんだ。どうしたものか。いや……うーん……」


 話を聞くと魂を縛るような呪いが掛かっているそうだ。解呪は不可能であり──いずれ身を蝕んで死ぬだろうと。


 アリシアと話してアーンウィルに来るように勧める。解呪の方法は思いつかないが、何とか探せるかもしれない。彼女は嬉しそうに笑ってくれたが、俺の頭を背伸びして撫でて、首を横にふった。


「さようならアンリさん」


 セヴィマールの手を取ってアリシアが駆ける。行き先は転移門──手を伸ばしてアリシアを引き留めようとしたが、僅かに届かなかった。


「またお家に行くね」


「アリシアっ!」


〈転移門〉が閉じる。


 だが──〈転移門〉がまた開いた。

 二人とも転移門の向こう側に残っているようで、声だけが漏れ聞こえてくる。


「いやいやいや! なんで! アリシアはアンリの所に残れって!」


 セヴィマールが転移門から首をひょいと突き出してきて目線で促す。中に入ってアリシアを連れ戻せと。


「だめー! 今からお腹にパンチするよっ!」


「待てい! そんなんされたら、門が閉じて首だけこっちに残るだろう! 首なしのデュラハンになってしまう!」


 セヴィマールが首を引っ込めてからも、わちゃわちゃと暴れる音。確かに門が閉じると危ないどころの話ではない。空間の断絶はすべての存在を両断するだろう。


「やめろォッ! 分かった。門を閉じるからっ!」


 また〈転移門〉が閉じようとする。

 急いで硬貨入れを投げつけて向こう側へ渡す。無一文ではアリシアが路頭に迷ってしまいそうだ。


 ひゅっと硬貨入れが漆黒に呑まれ、門が閉じてしまう。

 これで終わりなのか。なぜかアリシアと一緒に雪うさぎを作ったことが脳裏に浮かぶ。


 いや終わりでは無い。アリシアとは縁があるだろうし、もし無ければこちらから会いに行けばいい。ついでにセヴィマールとも会えるだろう。




 ◆




 アリシアは〈転移門〉を出て大地を踏みしめる。ここは何処だろうかと思いセヴィマールに尋ねると王国北部の国境線付近だと答えられた。


「ここらはエルフの国と国境紛争、まあぶっちゃけ戦争中だから荒れてるんだよ。身を隠すにはいいんだけどさ……ほんとに良かったのかアリシア? お前はアンリの妹なんだぞ」


「うん、頭を触った時に記憶を見て……そうかなって思ったよ」


(アンリさんのお母さん……優しそうだったな……たぶん、あの人がアリシアを産んでくれなかった人……)


 アリシアは頭を振って雑念を払う。あまり良くないことを考えていると分かったからだ。


 この辺は少し肌寒い。暖かい服が欲しいと思ったが、どうやって手に入れるのだろうか。お腹が減れば誰がご飯を用意してくれるのか。アリシアには分からない。


「じゃあ何でアンリのところに残らなかったんだ」


「アリシアは化け物だから、こんな体で一緒にいたくない。ねえセヴィマールさん、お金ってどうやって稼ぐの?」


 自分の体のことは自分が一番分かっている。半分の魂、呪術で生きながらえている汚い命、魔物の一部を組み込んだ出来損ないの体。優しくしてくれたアンリやリリアンヌとは違うと。


「いやお前、化け物って……まあ、半分当たってるけど……。金なら冒険者になるか、傭兵になる辺りかな」


「じゃあ冒険者になってお金を貯めたい!」


「金ねえー。取り敢えずアンリから貰った金で当座をしのぐか。あと何で金が欲しいの?」


「お金で呪いを解いてキレイな体になりたいな」


「んぅお! それを、言われると……つぁあー!」


 言うやセヴィマールが顔を歪め、頭を抱えて、地面をのたうち回る。

 前に頭を掴まれた時は腹が立ったが、アンリと一緒に過ごすこの人はどこか面白かった。いつだって本音で心の内をさらけ出して。自分には無い本気があった。


 アリシアはセヴィマールの頭を撫でて慰める。

 この人を嫌いになれない。きっといい人じゃないのだろう。けど悪い人でもない。どっち付かずな、自分みたいな人なんだと。


「外は楽しいね」


「ああ……もう! 分かったって! 冒険者になるぞアリシア!」


「アリシアだけで出来るもん」


「出来るわけねえー! 子供一人で冒険者登録が出来るもんか! 僕も世間知らずだけど、アリシアは百倍世間知らずだ!」


 確かにそうである。暗澹たる気分になったアリシアは俯いてしまう。傭兵とやらは簡単になれそうだが、あまり良くない人たちだと牢屋の人が話していたのを憶えている。


「ちょっとだけ冒険者を一緒にやるぞ。どうせ無理だって直ぐに分かるし、そしたらアンリの所に送り返すからな」


「ありがとうセヴィマールさん」


 アリシアが礼を言うとセヴィマールは独り言を言い始めた。


「呪い……エルフの長老共が知ってるか……? だけどボースハイトだとバレれば八つ裂きになるな……身元を隠して救国の英雄にでもなって恩を作る……うーん」


 アリシアは空を見上げる。

 肌寒い空気は辛いが、空の青と雲の白が美しいと感じた。だけど空を飛ぶ鳥の名前は分からない。


「あれは鷹だ」


「かっこいいね」


「ああ……空を見上げるなんて何年ぶりかなあ。こんなに綺麗だったか……」


 アリシアはセヴィマールの横顔を見つめる。どこかサッパリとした毒気が抜けたような顔であり、とてもそれを好ましく思った。


「なんで僕は王なんて目指してたんだろ……こうして逃げればよかったんだ。ああ、馬鹿だなぁアンリは、あいつは何で頑張ってるのやら……」


 アリシアは独り言を聞きながら鷹を目で追いかける。悠々と飛ぶ鷹は次第に山の稜線を超え、遥か遠くに消えていった。

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