第46話 パーティー

 街をクロードに案内してもらい、適当な飯屋で昼食を食えば程よい時間になっていた。ちなみにお金はクロードに払ってもらった。申し訳ない気持ちはある、だが腹が減るので仕方がない。


 それから向かった冒険者ギルドは三階建ての石造りの建物。他の建物と比べても少し立派。古びてはいるがどちらかと言うと「歴史を感じさせる」趣だ。


 建物に入ると直ぐに受付が見えた。受付嬢の女性は柔和な笑顔を浮かべているが、どこか芯の強さを感じさせる風貌。荒くれ共の相手をしていると自然にああなるのだろうか。


 辺りを見回して治癒術師を探す事にする。修道服を着ているだろうから直ぐに分かるはずだ。聖女が居ないことを切に願う。


 右を見る。居ない。


 左を見る。


「お待ちしておりました皆様ー」


 お上品に手を振る聖女が見える。こちらはあまり待ってなかった。もう一度右を見たら別の治癒術師に変わらないだろうか。


「治癒術師はどちらでしょうか聖女様?」


「ふふ、何を隠そう私も治癒術師なのです。『癒やしの聖女』の二つ名は伊達ではありません」


「聖女様……お仕事で忙しいのでは? わざわざお越しいただく程では無かったですのに」


「聖女と呼ばれようとも私も一人の修道女。魔物廃滅は我らの悲願であり、その聖戦を手助けすることは当然のことでございます。それに仕事は他のものに任せております」


 周りの冒険者たちがこちらを見つめている。やはり聖女はこの街では有名人なようでヒソヒソとささやく声が漏れ聞こえた。


 非常に目立っている。仮面の男二人に聖女が一人。そして英雄候補クロードを入れたパーティーなので無理もない。


 肉にチーズを乗せて獣脂で揚げたようなコッテリとした集まり。もし俺が他人ならばこのパーティーには絶対に入らない。断言できる。


「他の治癒術師を呼んで頂くことは出来ますか?」


「酷いっ……! 私では不足と言うのですね……酷いです……」


 よよよと泣き真似をする聖女。案外良い性格をしている。


「冗談はさておき私のことは気軽にリリィとお呼びください。親しいものはそう呼んでくれてます」


「分かりました聖女様。我々は依頼に赴くつもりなのですが後日にしましょうか?」


「あらあら。しばらく予定を空けておりますよ。さあいざ征かん未踏の地へ! です」


 すごく乗り気である。予定が合わなければ他の修道女を寄越してくれると思ったのに。彼女は俺の素性を調べようとしているのかそうでないのか。その真意は掴めない。


「……冒険者登録をしましょうよ兄様」


「お、おおそうだな」


 サレハの言葉に従い受付に行く。


 受付嬢は俺たちをギョッとした目で見たがすぐさまに仕事人の顔に切り替わった。仮面に驚いたのか、それとも聖女に驚いたのか。


 登録の旨を伝えると書類を出して色々と説明をしてくれる。


 内容は無学なものでも分かるように単純明快。依頼をこなせば位階は上がる。不正や失敗をすれば位階降格、ひどい場合はギルドからの除名処分となる──との事。後は諸注意など諸々。大体は予想の範疇を出なかった。


「──となります。クロード様とリリアンヌ様は既に登録済みですので、登録はお二人となります。お名前は?」


 サレハと顔を見合わせ、意思疎通を図ってから申し出る。


「灰の──いえハイノです」


「僕はクロノです」


 灰の剣士からハイノ。サレハの「クロノ」は黒檀の仮面から取ったのだろう。何にしても俺に合わせたような偽名を名乗った


 この偽名は登録用に使い捨てる予定である。偽名と本名を使い分けられるほど頭は良くない。


「ハイノ様、クロノ様を第十位階冒険者として登録します。三名をクロード様のパーティ『金色こんじき嚆矢こうし』に合わせて登録されますか?」


「ああお願いしとくよ」


 金色の嚆矢──クロードに金色の要素はない。髪も赤色だし別に弓矢を使うわけでもない。もしかすると過去に失った冒険者仲間にちなんでいるのかも知れない。いつか教えてくれるだろうか。


 何はともあれ金色の嚆矢として四名のパーティーが結成された。戦士二人に魔術師に治癒術師。バランスの良い編成なので色々な依頼がこなせそうである。


 受付嬢から貰ったプレートを首に下げる。星を模した文様が十個刻まれており、それは持ち主の位階を表している。第一位階なら星が一つになるのだろう。


 壁面のボードを見ると皮紙に依頼が書かれている。必要位階に依頼内容、報酬、期限、依頼主の名前など。必要なものを選んで受付嬢に渡すようだ。


「第六位階で受けられる依頼か」


 クロードの位階に合わせた依頼を選ぶ。リーダーたるクロードが第六位階なので受けられる依頼もそれに合わせられる。ギルドの規則らしい。


 出来るだけ報酬を貰えて知名度が上がりそうな依頼。輸送護衛や薬草採取では駄目だ。もっと画期的な依頼を俺は欲している。


「これはどうでしょうか?」


 サレハが指差すは古ぼけた皮紙。それは長らく誰も達成していない依頼だということを意味している。


「迷宮の探索依頼……とは少し違うな。迷宮内の『殲滅』依頼?」


 依頼人はとある商会。迷宮にハイオークの群れが住み着いて大繁殖。近隣の集落や付近を通る人々を襲うらしい。それを殲滅しろと。


 交易路の健全化の為に依頼を出したと書いてある。追記する形で『第四位階パーティー全滅。危険』と赤文字で書かれている。


「あのう。その依頼ですが一年前からずっと未達成なんです。最初に出された条件位階が六なので、いちおう第六位階でも受けられますけどあんまりオススメしないですよ。ハイオークですし」


 後ろから受付嬢がそっと助言してくる。


「コレにしようぜ」


「私も賛成です。穢らわしい魔物が罪なき人々を襲うなど許せません」


 意外にもクロードと聖女は賛成してくれた。危なそうだが良いのだろうか。それに聖女はともかくクロードは意外だ。もしかすると罪なき人々に義憤を感じて立ち上がったのやも知れない。


「やはり英雄の器……牙なき民を護る人類の守護者……俺の目に狂いは無かった……」


「なーにブツブツ言ってんだよ。腹でも痛いのか?」


「治癒魔術を掛けましょうか?」


「ポーション飲みますか兄様?」


 俺の腹具合のために聖女の治癒魔術とシーラの治癒ポーションが使われようとしている。無駄すぎる。


「大丈夫、それと遠出になるな。必要なものを買いに行こうか」


「金はどうすんの?」


「貸してくださいクロード様。報酬で返しますので」


 クロードの渋面。きちんと数倍にして返すので許して欲しい。この依頼はかなりの報酬が見込める。


 それに酒場でぶった切った剣の弁償もしないといけない。喧嘩を売ってきたあの三人組もそのうち会うこともあるだろうから、今度は喧嘩にならないように穏便に話しかけよう


「なんか本当に申し訳ない。金はきちんと返します」


「普通に謝るなって。急に殊勝になられると逆に困る」


 クロードが苦笑いする。



 ◆



 ガタン──音を立てて車輪が石を乗り越える。


 街を出てから幌馬車は悠々と進んでいる。踏みしめられた道はあまり横幅が無く、慣れた御者が居なければ簡単に道を外れてしまいそうだ。


 冒険者ギルドに依頼を受けることを伝えたら親切にも幌馬車を無償で貸してくれた。さらに御者付きで。迷宮では多数の死者が出ており、その遺体や遺品の回収もして欲しいと頼まれた。幌馬車はその見返りだ。


「村まではもうちょっと掛かるから横になっていたほうが良いですよ」


 御者の声。


 御者は迷宮近くの村で逗留するらしい。確かに迷宮まで着いてこられたら死にかねない。


 迷宮攻略には必要なものが多い。食料、夜具、装備の補修道具、ランタン、それを入れる背負い鞄などなど。必要なものは多岐にわたる。クロードが過去に使っていたものを流用したがそこそこの出費となった。


「街の外に出るなんて久しぶりですねえ。ちなみに灰の剣士様は色々な所を旅されているのですか?」


「そうですね」


「クロード様とはどういった経緯で主従の誓いを立てられたのでしょうか?」


「内緒です」


 聖女との会話はそっけない返事ばかり返している。下手に喋ると素性がバレる。もう遅きに失している気もするがやらないよりマシかと思う。


「つれないご返事……泣いてしまいそう……」


 聖女がお得意の泣き真似をする。


「主として命じるぞ灰の剣士。少しは話してやれ。俺たちはパーティーなんだから意思疎通が取れないと死ぬぞ」


 クロードがニヤけながら命令してくる。あの顔は面白い玩具を見つけた子供の顔。クロードに金を返したいという気持ちが薄れてくるのを感じる。


「……聖女様はなぜ『聖女』と呼ばれるようになったのでしょうか。まだお若くていらっしゃるのに」


「私はとある田舎村の鍛冶師の娘だったんです。何の取り柄もないただの村娘。それを幼い頃のふとしたきっかけが元で修道会に入れてくださったんです。聖女と呼ばれたのはそれからですね」


「きっかけ?」


「……死にかけの子犬が居ました。村には治癒魔術を使えるものも、高価な治癒ポーションも無かったのです。私は一晩中、神様に祈りを捧げながら子犬を抱いていました」


 すると朝には子犬が快癒していた。聖女はそう告げた。治癒魔術に対する天賦の才。それを修道会は拾い上げて一流の治癒術師に育て上げたのだろう。


「ふう……素性を話すのは少し恥ずかしいですね。さて……」


 横に座っていた聖女が一歩分こちらに近づいてくる。近い。怖い。


「次は灰の剣士様の番ですね」


 微笑みかけつつ問う聖女。『次』とは俺の素性を話す番ということ。


「墓穴掘ってやがる。ウケる」


「兄様は押しに弱い所がありますねえ」


 クロードとサレハの野次が飛ぶ。助け舟を出す気は皆無。当てにならない仲間ほど恐ろしいものはない。


「それは……」


「マリー様はとてもお優しい方でした。貴方なら死の理由を知っているのでは無いでしょうか?」


 母上の死の理由。独り言のように、問いかけるように聖女が見つめてくる。そこに作り物の微笑みはなくて、助けを求める子供のような──そんな淋しげな表情があった。


 御者の唾を飲む音が聞こえる。あの人、聞いていたのか。仕事しろ。

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