雨の日

 雨の日は、なんだか満員電車じゃなくて外を歩きたくなる。蒸し暑いという理由もあるけれど、それ以外に別の何かがある気がする。

 きっと、灰色に曇る空を、自分の気持ちと重ねてしまうんだろう。

 留年を3度も繰り返してしまった。そんな人、この世にはなかなかいないだろう。実際に、120人くらいの俺の学科。留年する人は一定数いるが、三度もの留年者は俺しかいない。俺は選ばれた人だが、同時に弾かれた人だ。

 そんな状態だから、学校に行きたくなることはない。いや逆だろ、と言われるかもしれないが、俺の人生はもう終わったようなものだ。そう思ってしまうから、駅の改札を出て歩き出すのは、学校ではなく新宿御苑なのだ。

 今日も。

「……あ、また来たねお兄さん」

「はい。一限さぼっちゃおうかなって、ハハハ」

 この娘は高校生らしい。金髪ツインテール、色白のきめ細やかな肌、目は黒いけれど、黒ニーソはエロい。

 この娘は、なぜかいつも絶対領域を触っている。

「今日も絶対領域を触ってるね」

「うん」

 彼女は少し俯いた。雨の音と、しだれる青もみじを背景に。

「あたし、絶対領域が好きなの。でも学校の校則ではダメらしい。怒られたんだよね」

 彼女は瞳に力をこめ、眉を顰める。

「だから、もう学校には行かないって決めた」

「でも新宿御苑には来るのか。この東屋で雨宿りするのが趣味?」

「ううん。お兄さんがいつも来てるの知ってから、毎日来たいって思ったんだ。だってお兄さん、チラチラ絶対領域見てるんだもん」

 バレていた。変態と認定された。自殺したい。

「あたし、嬉しいんだよ? 自分の絶対領域を誰かに見てもらって喜ばれるの。自分だけ気に入ってるだけで、ほかの人はウザいって思ってるのかなって思ってたけど、お兄さん見てくれるから。校則で禁止されてるのは醜いからって思ってた。でもお兄さんがへんたいな目で見てくれるから、醜くないんだって証明できた」

 雨の音と、しだれる青もみじを背景に。顔を上げた彼女は俺に向かって、ぱぁっと明るい笑顔を向けた。

 太陽の光が、雨の中で輝いている。

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