十九、カレーをスパイスから作ってみた

 カレーパンの中身作りに取りかかるにあたって、ムーさんにお願いしたいことがある。目をぎゅっと瞑り、両手を合わせてムーさんに向かってお願いしてみた。


「ムーさん、お願いがあるんだけど……」

「な~に~?」


 ムーさんはこてんと首を傾げた。本当は自分で行きたいけど……


「リンゴ、採ってきてくれない? なるべくたくさん」

「い~よ~」


 ムーさんはニッコリ笑って頷いてくれた。私は意外にもあっさり引き受けたことに軽く驚いてしまった。


「えっ……いいの?」

「うん、いいよ~。ボクも食べたかったし~、かれ~が美味しくなるんでしょう?」


 この季節にはトマトがない。代替品の酸味成分としてリンゴを多めに入れようと考えたのだ。


「うん、そうなの。カレーに多めに入れたいの」

「分かった~。待っててね~」

「ありがとう、ムーさん! もう暗いから気を付けてね」


 ――あれ。妖精さんに暗いから気を付けてって言うのは変なのかな?


「ボクにとっては昼も夜も関係ないからだいじょ~ぶ~。いってきま~す」


 私はムーさんを待つ間、まずは冷蔵庫から必要なスパイスを取り出すことにする。今回はカレールーとガラムマサラを使わないでスパイスで作ろうと思う。家ではガラムマサラで作っていたけど、せっかく冷蔵庫からいろんなスパイスが出せるのだ。今回はカレースパイスから本格的に作ってみよう。

 クミン、カルダモン、シナモン、クローブ、ナツメグ、コリアンダー、ターメリック、カイエンペッパー。これはパウダー状のものを使う。あまり辛いのは苦手なのでカイエンペッパーは少なめに。そしてローレル。これは乾燥された葉っぱを使う。

 ――うーん、いい香り……。それぞれの香りが独特で、こうしているだけで楽しい。


「ただいま~。リンゴ採ってきたよ~」

「ありがとう、ムーさん。早かったね」


 食材を切ろうと思っていたので丁度よかった。玉ねぎとリンゴとニンニクと生姜はみじん切り。人参は摩り下ろしておく。今はトマトがないので酸味成分としてリンゴを多めに入れることにした。その分ちょっと甘くなってしまうかもしれないけど。

 そして鶏のモモ肉。カレーライスにはお肉がゴロンと入っているのが好きだけど、今回はカレーパンに入れるので小さめに切っておく。

 まずは小麦粉を乾煎りする。焦げないように弱めの火でゆっくりと。色が付きにくいようなら少し火を強めてみる。あとは小麦粉がベージュ色になったらローレル以外のスパイスパウダーを纏めて入れて、火を弱めてじわじわと乾煎りしていくだけだ。狐色になったら火を止める。


「これ、結構時間がかかるんだよね」


 小麦粉に色が付くのには時間がかかるので、その間に別の鍋で鶏肉を炒める。焦げ目がついて油が出てきたらちょっと面倒臭いけどお肉だけを皿に取り出していく。残った油を利用して野菜を炒めるのだ。

 ニンニクと生姜を入れて弱めの火で炒める。香りが立ってきたら玉ねぎを加えて、少し強めの火で水分を飛ばすように炒める。そのあとにリンゴと人参を加えて炒めていく。


「うん、いい色だ」


 火が通ってきたら、弱火にして小麦粉とスパイスを乾煎りしたものを混ぜていく。よーく混ぜないとだまになってしまうので弱火でじっくりがコツだ。

 全体が混ざったら、予め作っておいた梅特製コンソメスープを少しずつ入れていく。都度よく混ぜてまたスープを足す。だまにならないようにこれを繰り返していくといい感じのカレー色になってくる。ローリエの葉っぱを入れて、塩で味を調えていく。

 そして私は味がまろやかになるのでヨーグルトを入れる。あまり入れ過ぎると色が白くなってしまうので気を付ける。そして最後に取り出しておいた鶏肉を戻してしばらくコトコトと煮込む。ローリエの香りも立ってきていい香りだ。


「うーん、美味しい! ムーさん、喜ぶといいんだけど」


 味見をしてみたら丁度よかったのでこのままでいく。何か足りないとき……塩味が欲しいときは塩、甘味が欲しいなら果実のジャムや砂糖、酸味が欲しいときはヨーグルトやトマトを煮詰めたもの、辛味が欲しいときはカイエンペッパー、辛味と香りが欲しいときはブラックペッパーを足す。

 もっと本格的にやるには一部のスパイスをホールのまま油に入れて、香りを出してから他の素材を炒めるといいのかもしれない。だけどあとで香りの調整がしやすいので、今回はパウダーでやってみた。


「本格スパイスカレーの出来上がり!」

「やった~! すっご~い、いい匂い~……」


 ムーさんがプカプカと浮きながら近づいてきてクンクンと鼻を動かす。なんだか可愛らしい。カレーは癖になるのだ。しかも今回はカレーパンの種にする予定だったので、固めに仕上げている。そして小麦粉を入れたドロドロカレーはジャパニーズフードだと私は思っている。

 いつか手に入れたいと思っているけど、まだ米を入手できていない。仕方がないので予め作っていたパンと一緒にいただくことにする。


「いただきます」

「いただきま~す」


 ムーさんがカレーをスプーンで掬って口に運んだ。初めて食べる味の筈だけど反応はどうだろう。ドキドキする……。


「美味し~い! 何これ~。初めて食べる味~。凄くいい香りだし、ボク大好き~」

「ほんと? よかったぁ。辛すぎない?」

「うん、このくらいがいい~。お野菜、あんまり入ってないように見えるけど、ちゃんとボクのお野菜の味もするね~」


 ムーさんが目をきらきらさせている。ムーさんは畑の野菜が大好きだからなぁ。


「うん、ちゃんといっぱい入ってるよ。だけど今度作るときはもっと野菜がごろごろ入ってるのを作るね。今回のは濃いめだからパンと一緒に食べてね」

「は~い。お腹空いてたから、モグモグ、美味しい、モグモグ……」

「プッ。慌てなくてもお代わりあるからね」

「やった~!」


 ムーさんの美味しい顔を見て幸せな気持ちになる。手間はかかったけどスパイスから作るカレーは格段に美味しい。レストランの味だ。

 明日こそはいよいよカレーパン作りに取りかかる。


「カレーパン、売れるといいんだけど」


 お客さんがカレーパンを買ってくれるところを想像して、なんだかワクワクした。

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