海へのドライブ
それから1ヶ月。
僕とハナは、互いに連絡を取り合う仲になっていた。
時々一緒に食事をしたり、買い物に行ったり。
楽しい時間を共有できる、親しい間柄になったと言っていいと思う。
僕らが出会ったあの日。
ふたりで形の崩れたケーキを食べたあと。
『今度はケーキじゃなくて、一緒にご飯でも食べながらゆっくり話しましょう』と、お互いのケータイ番号とメールアドレスを交換したんだ。
そう切り出したのは、ハナの方だった。
僕は心の中で飛び上がった。
もちろん僕もそうしたいと思ったので、大喜びで同意した。
ハナは、ちょっと機械音痴なところがあり、ああでもないこうでもないと、ワイワイ騒ぎながらお互いの番号を登録した。
嬉しかった。
それから、僕らは毎日のようにメールのやりとりをした。
最初にメールをしたのは僕だった。
ハナから返事が来ると、嬉しくて見る前からワクワクした。
他愛のない短いやりとりだったけど、ハナとのメールは楽しかった。
前の彼女の時には、メールのやりとりもちょっと面倒で、彼女から送られてきたメールにひと言ふた言ポツリポツリと返す程度で、僕からメールをすることはまずなかった。
それが今ではどうだ。
ちゃんと返事をするどころか、自分からメールを送信するのだから驚きだ。
でも、あくまでもメールのやりとりをするのはハナだけで、相変わらず友達との間では用事がある時のみ電話でちゃちゃっと済ます直接電話派だ。
もちろん、ハナにも時々電話したりする。
ハナとの電話は、ちゃちゃっと済ます野郎友達との電話とは全く違う。
大好きな特別な時間だ。
夜、どうしてもハナと話したくなる時がある。
ハナの声が聴きたくなる時がある。
そんな時、ハナも嬉しそうに電話に出てくれる。
僕達はとても気が合った。
出会った時からそんな予感はしていたが、思っていたよりもずっとずっとだ。
波長が合う、という表現でもしっくりくる。
お互い前の人と別れたばかりだったけど、ふたりの距離が縮まるのに、そう時間はかからなかった。
でも、仲が良くなったとはいえ、僕らはあくまで〝友達〟の範囲内だった。
僕は、出会ってすぐにハナのことが好きに……いや、大好きになった。
だから、ハナさえよければ今すぐにでも〝彼女〟になってほしいと心底思っていた。
だけど、前の彼女と別れて1ヶ月で『つき合って下さい!』なんて言ったら、ハナに軽い男だと思われるかな……とか。
毎日メールしたり、たまに電話もしたり、時々食事や買い物にも行ったり、そんな風に〝気の合う男女の友人〟というカンジで仲良くしている僕らだけど。
実際のところ、ハナは、僕のことをどう思ってるんだろう……とか。
ハナへの好きという気持ちはハッキリしていながらも、そんな不安や迷いから、僕はその次のステップへは未だに踏み出せずにいた。
そんな中での、ある日曜日。
僕とハナは、朝から海へとドライブに出かけていた。
その前日の夜。
ハナと電話していたら、ふとしたことから海の話になり、『海に行きたい』という話題で盛り上がり、その流れのまま『明日行こう!』と勢いで決まったのだ。
真っ青な空に、眩しい太陽。
夏から秋へと、空も少しずつ変化していく9月。
気持ちのいい風が車の窓から吹き込んでくる。
「すっごい気持ちいいねー。ひゃっほー」
ハナが窓から顔を出してはしゃいでいる。
「あんまり顔出すと危ないぞ」
僕は、運転しながら隣のハナをちらっと見て笑った。
前もって計画している楽しみごともワクワクするが、思いつきで決まった急な楽しみごとも、またひと味違ったワクワク感がある。
天気もいいし、最高だ。
窓から吹き込む心地よい風に吹かれながら、僕は再び隣の席に座るハナを見る。
少し茶色がかった長い髪が、サラサラと風になびいてとてもキレイだ。
細身で華奢なハナは、一見すると控えめで大人しそうな雰囲気に見てとれるが、実際はけっこう活発で、おまけに少しおっちょこちょいな一面もある明るく元気な女の子だった。
26歳の女性に〝女の子〟というのもちょっと失礼かもしれないが、ハナの場合、キレイというより可愛らしいといった雰囲気で。
例えて言うなら、ウサギやリスなどの小動物的な愛らしさで。
僕にとっては、〝可愛い女の子〟といったカンジだ。
「ねぇ、トオル。トオルはさ、小さい頃どんな子だったの?」
ハナが、突然そんなことを訊いてきた。
「えー?小さい頃?どんな子どもだったかなー。まぁ、勉強は好きじゃなかったなー。テストの点もいっつも悪かった」
僕が笑いながら言うと、ハナも笑いながら訊いてきた。
「じゃあ、勉強以外ではなにが好きだったの?」
「んー。体育は好きだったなぁ。体を動かすのが好きだったから。小中高と部活でずっとサッカーやってたしね。でも、それよりも好きだったのが図工かなー。特に絵を描くのとかね。大きくなってからも美術は好きだったよ」
「へー。スポーツは得意そうに見えるから、体育が好きなのもサッカー部なのも納得だけど。絵を描くのが好きだなんて、ちょっと意外」
ハナが驚いたように新鮮そうに言った。
「ハナは?どんなことが好きな子どもだったの?」
今度は僕がハナに質問した。
「ふふふ。私もトオルと一緒。勉強好きじゃなかった子。苦手なの多かったなー。特に算数!わからなくてテストの点悪くて、よく居残りさせられたよぉー」
「そうなんだ」
ふたりで笑った。
ハナは、気取らず飾らず僕に話してくれる。
そんなところも大好きだった。
「好きな科目はあった?」
僕が訊くと、ハナが嬉しそうに答えた。
「国語と音楽!私ね、作文とピアノだけは大好きで得意だったんだー」
「作文が好きだったの?珍しいなぁー。作文って、けっこう嫌いな人多くなかった?」
僕もそのうちのひとりだった。
作文は大の苦手だ。
作文の授業では、なかなか書けなくてよく苦労したよ。
ハナは、ヒーヒー言いながら作文を書いている僕とは裏腹に、きっと楽しく自由ににスラスラ書いていたんだろうな。
机に座り、カリカリと鉛筆を動かすハナの姿がなんとなく目に浮かぶ。
そんな想像の中の過去のハナさえも、愛おしく感じる。
ピアノが得意だったのは納得。
なぜなら、ハナは今それを仕事にしているから。
と、言っても演奏者とかではなく、教える方。
ハナは音大を卒業してからずっと、子ども音楽教室でピアノの先生をやっている。
僕は、ピアノなんて触ったこともないから、あんな難しそうなものを弾いて、尚且つ人に教えることができるなんてすごい!と心底感心してしまう。
でも……ちょっぴり思う。
ホントは、ハナ自身が弾いて楽しんで。
そして、その演奏をたくさんの人に聴いてもらう演奏者ーーーピアニストになりたかったんじゃないかな……って。
だけど、僕は訊かなかった。
その後も車を走らせながらハナといろんな話をした。
気づけば、車はいつの間にか海岸沿いまでやって来ていた。
「うわぁーーー!海っ。キレーイ!」
大きな青い海が目の前に広がると、ハナがさっきよりも更に窓から身を乗り出して喜んでいる。
うっすらと潮の香りが漂ってくる。
「海見るの、すっごく久しぶり!すごい!!」
ハナの嬉しそうな顔を見ると、僕も嬉しくなる。
「トオル、砂浜に行こうよ!」
ハナの希望で、僕らは車から降りて砂浜へと向かった。
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