第15話 洋食屋レイク(郷子さんの視点)
先ほどまで私が蒼井家と私のなれそめを思い出していたのは、今日私のお店に初めて蒼井家の子供たちがやってきたからなのです。蒼井家で過ごした4年間の思い出はたくさんありますが、私のお店にお客様としてあの子たちが来てくれたことが、きっと蒼井家との出会いを思い出させたのでしょう。
といっても蒼井家の子供たちと会うのは久しぶりというわけでもなく、年始のご挨拶に伺ったときにも出会っているのです。
私は、洋食屋を開くため5年前に蒼井家でのホームシッターを辞め、ホテルの厨房で働き始めました。
実はホームシッターをしている間に、近江くんが家事をたくさんを覚えたので私の仕事量はずいぶんと減り、週5回先生のお宅に出勤していたのが週3回となりました。しかし先生は以前と変わらないお給料を支払ってくれたのです。
そんなご厚意に甘え続けるわけにはいかないと、空いた時間で調理学校に通い一念発起し夢だったシェフになることを決めたのです。
娘には随分と迷惑を掛けました。しかし娘は私のわがままを快く許してくれたのです。こんな私にはもったいないくらいの娘に報いるために5年間必死で働き、ついには自分の店を持てるまでになったのです。
そのことを年始のご挨拶と一緒に報告しに行ったら、先生はずいぶんと喜んでくれました。愛日ちゃん、近江くんも祝福してくれました。
栗ちゃんからもお祝いの言葉を頂きましたが、その言葉は初めて会った時と変わらぬ冷たいもので、社交辞令的に言ってくれたものであることがわかりました。
どうやら私は、初対面のころから栗ちゃんに嫌われていたようです。でも蒼井家の子供たちは、私にとってとても大切な人達です。
娘の次に大事な人たちかもしれません。私は蒼井家の子供たちが大好きなのです。
なので今日3人がお店に来てくれたのがとても嬉しかったのです。
年始に会ったときは3人とも、部家着でメイクもしていなかったのであまり思いませんでしたが、今日の3人は子供の成長とは本当に早いものだと実感させられる装いでした。
愛日ちゃんは本当に美人になりました。でもどこか幼いしゃべり方はそのままです。近江くんは以前の排他的な感じが抜けていました。背もずいぶん伸び、かっこよくなっていました。
栗ちゃんは、先生に似ていました。切れ長の目や理知的な装いが正しく先生の様でした。
私は3人に当店自慢のオムライスを食べてもらいたかったのですが、栗ちゃんはクリームシチューを注文しました。
実は当店の裏看板メニュー、クリームシチューなのです!予期せぬ形ではありましたが、食べてもらえてよかったです。
私は厨房から3人の様子をこっそり観察していました。ホールを担当してくれている娘も3人が気になるようです。いえ正確には近江くんが気になるようです。
娘が近江くんに気があることは気付いていました。だって娘は家で近江くんの話ばかりするのです。本当は高校も近江くんと同じ学校に行きたかったはずですが、私がホテルの厨房で忙しい毎日を送っていたので、私を気遣って家のことなどをしてくれたりしていたのです。
そのせいで近江くんの高校に落ちてしまいました。私のせいです。本当に私はふがいない母親です。今娘は近江くんと同じ大学行くために必死で勉強しています。
近江くんがどこの大学に行くか、そもそも大学に行くかどうかさえ不明らしいのですが、近江くんが行くかもしれない大学に行けるだけの学力はもっておきたいそうです。
私はそんな娘のために、少しだけおせっかいを焼いています。近江くんに娘の勉強を見てもらえるようお願いしたのです。
近江くんは私に対して、少なからず恩を感じているようです。私はそれを利用しています。本当に私はひどい人間です。でも私は、娘が幸せになってくれるのが一番なのです。
矛盾するようですが、娘には近江くんのような子と付き合ってほしいのです。近江くんは思いやりのあるいい子です。頭もよくて、容姿も悪くありません。
3人は相変わらず仲が良いです。近江くんの横には、愛日ちゃんが座っていますがずっと近江くんの服の裾を握っています。小さいころからの癖は変わっていないようです。栗ちゃんはいつも近江くんの真似をしています。近江くんがスプーンで物を掬ったら栗ちゃんも掬い、水を飲んだら栗ちゃんも水を飲みます。まるでカルガモです。
栗ちゃんはこの癖に気付いてないのです。無意識に近江くんの真似をしているのでしょう。
3人はしっかり完食してくれました。愛日ちゃんと栗ちゃんがおいしかったですと味の感想をくれました。とても嬉しかったです。5年間修業した甲斐があったというものです。
近江くんの熱量はすごい物でした。かれこれ5分は感想をしゃべっていたでしょうか。途中で愛日ちゃんと栗ちゃんが近江くんを引っ張り出してくれて助かりました。
近江くんが私にあこがれのような感情を抱いて言いることにはうすうす気づいています。
なんとかその感情を娘に向けてくれないでしょうか。私は悩むばかりです。
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