第81話


 ―― あいつは、何をしてるんだ?


 学園の門の周辺で、人だかりができていた。なにかあったのかと見れば、原因が直ぐに分かる。ジルベールだ。門のところで落ち着かない様子で、若干そわそわしている。あいつがいるせいで、頬を染めた女生徒達が校門のあたりに集合してしまっている。

 当の本人は女子生徒に声をかけられても、体よくあしらっているのが見えた。


 少しは自分の顔の良さを、自覚して行動してもらえないだろうか。

 あいつは、自分の顔の良さを自覚している。攻略しているときに、そんな描写があったから間違いない。なのに生徒が多い時間帯に、出入り口付近に留まるなんて何を考えているんだ。

 ものすごく、入りにくいだろうが。少しはモブが被る迷惑というものも考えてもらいたい。


 ―― もしや


 例の好きな人とやらが、学園の生徒で登校してくるのを待っているのか。

 なら仕方がない。礼を言いたかったけれど、邪魔をするのも野暮になる。あとで会うこともあるだろし、礼はそのときに言うとしよう。


「レイザード!」


 人混みを避けて校門の端の方から、入ろうとしたとき名を呼ばれた。聞き間違いであればよかったんだが、どこからどうきいてもジルベールの声だ。なぜ今この状況で、俺の名を呼ぶ。


 ―― 女子生徒が、怖いだろう


 もしや囲まれているのがいやで、逃げたいが為に俺を利用したのか。止めろ、女子生徒の皆さんの視線が鋭くなっただろう。周りに目を向けて、状況をきちんと認識してくれ。お前は平気だろうが俺はあとで、二次的被害を受けることになるだろうが。


「久しぶりだね。もう体調は、大丈夫?」

「ああ体調は、問題ない」


 問題は別のとこだ。俺に突き刺さってるい非難の視線に気づいてくれ。

 心の声が漏れそうになったが、心配してくれていた相手に本音をぶちまけるほど俺はふてぶてしくない。大人しく頷き返しておく。


「そっか、よかった」


 心配してくれるのは、ありがたくはある。学園で俺の事を、心配してくれるのはこいつくらいだろう。いやロイも心配してくれるかも知れない。優しい子だからな。


「最初は、誰の講義?」

「サイジェス先生だ」


 顔がいいからかそれとも攻略キャラだからか、ジルベールは全く周りの目を気にした様子はない。待ち人がきたときに、邪魔になるだろうと去ろうとした俺に声をかけてくる。


 確かにジルベールは、周りを完全に無視して甘い雰囲気を作る事があるキャラだった。お前にとって周りの人間の存在は、背景かなにかかとツッコミを入れたことがイベント中に何度かあった。だいぶ萌えたしゲームだったから、まあいいかって流したけどな。


 とりあえず人目のありまくるところに、長くいたくないから足は止めないで校門をくぐる。


「じゃあ同じだ。一緒にいってもいいかな?」

「俺と行くのか?」


 あんな人の目があるところで、そわそわして待っていた相手に会う前に俺と移動してどうするんだ。着いてくるな。待ち人が来るまで、門でまっていろ。


 どういうことだ。休んでからまったく発生しなくなったバグが、こいつに発生するようになったのか。心配になって様子を伺うが、微笑んだままのいつもジルベールだ。外見からは、バグがあるのかないのか判別できない。


「駄目かな」

「お前が良いなら、構わないが。相手を間違ってないか?」

「間違ってないよ。君と行きたい」


 繰り返すが心配してくれ相手に、お前がいると目立つから一人で行くなんて断言する気はない。やんわりとおまえ可笑しなこと言ってるけど、大丈夫かと伝えてみた。

 だが返ってきた、台詞がおかしい。なぜそれを、俺相手に言うんだ。やっぱり台詞に、異常な状況が発生するバグでも起きているのか。


 ―― いやまて、もしや


 嫌な考えが、頭をよぎった。

 ヴァルが、根回しをしたのかもしれない。出かける直前まで、心配だと顔と言葉に出していた。あの様子だとジルベールに、今日俺が学園に行くことを伝えていてもおかしくない。それで心配だから、一緒にいてくれないかと頼みこむこともしそうだ。


 ―― なんてことだ。ヴァルの病気が、再発した


 一時期、やたらと過保護に、なったときがある。たしか10年前くらいだ。隣に住んでいるのに泊まり込んでくるし、ちょっとした物音にもやたらと敏感になって警戒する。お客から注文を受けて、仕入れに出かけて手に入れた商品を売って生計を立てているのにそれすらもしなくなって俺の傍にいた。


『なあ働かなくて、大丈夫なのか?』

『蓄えがあるから、大丈夫だ』


 心配しなくてもいいぞと、頭を撫でられた。それ以上言えなくて、納得した振りをした。表面上はだ。


 確かにヴァルの生活を、心配もしたのは事実だ。けどそれだけじゃない。成人した男が、隣に住んでいる子供にべったり張り付いている。この異常な状況を見た周りの人が、ヴァルにどういう印象を抱くかっていう心配も大きかった。


 ―― 幼児好きの変態とか、思われていたらどうしよう


 俺のせいでそんな風に、思われるのは心外だったからやたらと心配だった覚えがある。そんな心配をよそに、近所の人はヴァルを面倒見のいい善人としてみていた。


「面倒をかけた。俺はもうなんの問題もない」

「面倒なんて、思ってないよ」


 ジルベールは、結構いい奴なんだ。だから心配げなヴァルに、頼まれた願いを聞いてしまう可能性もある。

 だからもう絶好調だし、問題がないと伝える。


 ―― いい奴だよな


 過保護が再発したヴァルに、面倒ごとを押しつけられたのに顔にはださない。結構、面倒見も良い。

なんでこれで、同性ボッチなのだろうか。これなら顔がよくてモテるから、むかつくって気持ちを乗り越えて友達になってくれそうな奴はたくさんいるだろうに。


「そうか、それと……ありがとう」


 人もまばらな廊下まで来たから、いまがいいタイミングなんじゃないかと思って礼を伝える。迷惑をかけたことと、見舞いのことと全て引っくるめた礼だ。


 ―― 言えた!


 いつも上から目線の礼を言うことしか、出来なかったけど普通に感謝の意を表明できた。ちゃんと少しだけだけど、口の端もあがった気がするし凄く頑張った気がする。


 ―― なぜだ


 俺の渾身の感謝の意を、伝えたのにジルベールがフリーズしている。

 またか。いつも思うんだが俺はいったいどれだけ、失礼な奴だと思われいてるんだ。なんで礼を言うだけで、毎回かたまるのか。


「うん」


 一言もの申してやろうかと、思ったときジルベールの表情が動く。少し目元が赤くなって、細まる。口の端が少しあがって、短く返されたことば温かく優しい。

 なんというか、思わず萌えと叫びたくなる顔だ。机があるなら、突っ伏して思い切り叩きたい。

 目の前にいるのが、俺でなければの話だが。

 まだ誰か判明していない好きな人に、向けるなら分かるが今目の前にいるのは俺である。謎すぎる。


 ―― まあ、いいか


 俺は今、比較的まともに礼を言えたことに満足している。

 色々と言動がおかしいが、攻略キャラに発生足したバグなら速攻で解消されるだろう。俺のようなモブのように、長期に放置されたりしない。なんせ攻略キャラのバグを、放置なんてしていたら非難の嵐だ。


 その間なら、妙なバグが発生しようとも大海原の気持ちで受け流せる。地雷を踏まなければ、腐男子は寛大なんだ。しばらくのあいだ発生するバグには、目をつむろう。


「あっそうだレイザード、サイジェス先生の講義の場所が第三に変更になってるよ」

「そうか」 


 さあ講義に行くかと、歩き出したときに声をかけられる。もしかして場所が、変わったことを伝えるためにわざわざ待ってたのかもしれない。そんな考えがよぎるが、すぐに否定してサイジェスの元に向かった。

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