第49話


「ジルベール先輩に、カッコイイと言ってほしい?」

「ああ」


 イベントを見るために、行動を起こすことにした。とりあえずロイにジルベールをさりげなく褒めてもらう。少しずつやっていけば、あいつも慣れるだろう。

 妙案だ。そう思ってロイに提案したんだが、いぶかしげな顔をされてしまう。

 どうやら唐突すぎたらしい。


「……あの先輩、僕がジルベール先輩にカッコイイと言っても喜ばれないと思いますよ」

「そんなはずはない」


 主人公であるロイが、言うんだぞ。きっとジルベールも大喜びだ。


「先輩が、そう言ったほうが喜ぶと思います」

「それはないだろう」


 あいつが照れていたのは、喜んでいたからじゃない。たんに同性に言われ慣れていないからという理由だ。

 それにしてもロイの反応が良くない。それほどジルベールに、かっこいいと言いたくないのか。もしや親密度が、そこまで上がっていないのだろうか。


 ――いや、だが


 このまえ二人が、一緒にいる所を目撃している。ジルベールは照れくさそうにしていたし、ロイもとても嬉しそうな顔をしていた。あの様子から判断するに、親密度はそこそこ上がっている。

 だがロイは渋った様子を見せたままだ。


 もしやあれか、ジルベールがカッコイイなんてもう知っているんだよ。お前に言われる筋合いはない。もしや彼を狙っているのか。とか思われたりしているのだろうか。


 ―― ないか……


 ロイは素直で、いいやつだ。そんなことは思ってはいないだろう。もしかして照れているだけなのかもしれない。


「あの先輩」

「なんだ」


 視線を下に向けていたロイが、頭を上げる。


「ジルベール先輩は……いえやっぱりやめておきます。僕が言うのも変ですし」

「どうした? 言いたいことがあるなら、遠慮せずに言え」


 俺が無表情だから、言い辛いのかロイが口ごもってしまう。表情はどうにもならないから、言葉で遠慮するなと伝えてみる。

 ただ無表情のせいで、あまり効果がなかったらしい。ロイは言葉をつづける事を、しなかった。


 きっとここで親しみやすい笑顔でも、浮かべられたのならロイも話してくれたかもしれない。

けれど俺には、そんな表情差分は存在しないんだ。こればかりはどうしもうない。


 ―― 怖がらせてなければいいが


 こうやって話を、してくれはするのだから嫌われてはいないとは思う。ただなにせ俺の表情が、変わらなさ過ぎていらぬ誤解を与えてないか心配になってくる。


「あの先輩!」

「どうした?」


 表情はどうにもならないから、緊張させないように声をかけてみよう。そう思った時だ。落ち込んだような様子を見せていたロイが、いきなりジルベールのことを褒め始める。かっこいいと言わせることには、失敗したがどうやら結果的に上手くいったらしい。


 きっとこれはあれだ。自分がジルベールに好意を寄せていることを、俺に伝えて牽制しているに違いない。

 安心するといい。俺には全くその気はない。

 きっと俺が、妙なことを頼むから変な誤解をしたのだろう。


 けれどあえて口にしない。ここで妙な勘違いをしているほうが、ロイがさらにジルベールに接近する可能性が高い。

 イベントが進んだら、きちんと伝えることにしよう。勘違いが加速して、俺の立ち位置が当て馬モブにでもなったら目も当てられないからな。俺は完全に蚊帳の外から、イベントを鑑賞したいんだ。


 今から楽しみだ。イベントを見られるその日を、妄想して笑い出しそうになる。だがいつも通りだが、表情は変わらない。

 まあ今は変わらないほうがありがたい。ここで笑いだしたらただの変人になってしまうからな。


「先輩、聞いてらっしゃいますか?」

「ああ」


 妄想に励んでいたから、気がそれていたらしい。ジルベールへの誉め言葉を、聞き流していたのをロイに気づかれてしまう。

 慌てて表情戻し……変わってなかったな。


 とりあえず頑張って聞いていると思わせるために、視線を合わせた。



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