第31話
講義が終わったあとサイジェスに提出する課題を持って、講師に割り当てられている部屋に向かう。
目的のサイジェスのいる部屋に、辿りついたいのだが扉が僅かに開いている。まあそれでも、開いているからといって無言で開ける訳にもいかない。ノックをして、来たことを知らせようとしたが話し声が聞こえたので音を立てない様にそっと様子を伺う。
部屋の中にいたのは、サイジェス本人と商人ギルドの親分じゃなかった長であるシーディスさんだった。
立っているサイジェスに対して、シーディスさんは来客用のソファに座っているのが見える。
思わず感じた冷たさに、思わず身震いをする。なぜだが室内から、冷凍庫並みの冷気が漏れていた。空気が張りつめていて、なんというかとても入りたくない。
原因は冷笑を、浮かべているシーディスさんだろう。怒鳴っている訳じゃない。暴力を振るっている訳でも無い。なのになんか見ていると、肝が冷える様な気がする。
目が凄く冷たい、あんな顔は初めて見た。細まって一見笑みを作っているようにもみえるのに、酷く冷たい目をしている。
あの状態のシーディスさんを相手に、臆することなく相手をしているサイジェスを尊敬する。俺なら脱兎のごとく逃げ出す自信があった。
それにしても、どうしたのだろうか。確かに顔は怖い人だが、あんな様子のシーディスさんは見たことがない。だから意外な感じがした。といっても数えるほどしかあっていないから、実際は何時もどんな人であるかは分からない。だが少なくとも、意味もなくあんな態度をとるような人ではないのは分かる。
「だから、実技の時に術を誤ったせいでの怪我だといっているだろうが」
「あの子に 火の適性はないだろう。なのになぜ火傷を負う? レイザードの怪我は、彼の術の失敗でおきたものじゃない。ならだれか彼に怪我を負わせた奴がいるということだ。
なあサイジェス、俺はなにも難しいことを言っているんじゃない。ただ彼に怪我を負わせた奴について、教えてくれといっているだけだろう?」
あまりの迫力に提出をあきらめて、踵を返そうとしたとき俺の名前があがり動きをとめる。
「何度言われても、変わらない。実技での失敗が原因だ」
「教える気がないってことか。残念だ。ならこっちにも考えがある。商会から学園に卸している商品、あれ特別に値引きしてやってるが、その値引きをすべてなくす」
冷たさを感じる笑みを、濃くしたシーディスさんの言葉にサイジェスの顔がさらに強張った。
「脅す気か」
「脅す? 人聞きの悪いことをいうな。こっちが善意で値引きしているのを、止めて正規の値段で売るってだけだ」
この学園で使う備品や講義で使うものは、シーディさんが取り仕切る商会から仕入れているのは知っていた。すべて合わせると、かなりの量になるはずだ、その商品の全ての値引きを取りやめたらかなりの額になる。
そんなことになったら、学院の経営がかなり悪化することうけあいだ。いくら国が援助しているとはいえ、あまりにひどいと学園自体がなくなりかねない。
学園がつぶれたら主人公と攻略キャラのイベントも見れないし、剣と魔術のファンタジー世界も堪能できなくなる。とめにはいらないとヤバい案件だ。
「商売には信頼関係って奴が、何よりも重要でな。残念ながら、俺は取引先と信頼関係を構築できなかったらしい。だから手を引かせてもらう事にしよう」
――俺が止めても、無駄かもしれない
シーディスさんは、顔は怖いがいい人だ。俺のような奴のことも、気にかけてくれる。だが数回しか顔をあわせた事ない俺が、めちゃくちゃ機嫌が悪そうな状態のシーディさんを説得できるかというと……可能性がかなり低いだろう。
けれどなぜか取引を、中止するなんてことになった原因は俺の怪我のようだ。
最初から、話を聞いていたわけじゃないから正確なところはわからない。
けれどここで、説得できなければ俺の萌えの場が消失してしまうかもしれない。覚悟を決めて、なけなしの勇気を振り絞る。思い切り息をはいたあとノックをしてから、ドアノブに手をかけた。
「失礼します」
「……レイザード」
目を見開いたシーディスさんと、目が合う。
不思議な事に、さっきまで感じていた圧迫感も冷たさも消えてなくなっていた。
「いきなり申し訳ありません。俺の名前が、聞こえたものですから」
「そうか……その怪我の具合はどうだ? 渡した薬は足りているか?」
「はい、随分とよくなりました。頂いた薬も、充分にあります。お気遣いありがとうございます」
声をかけてきたシーディさんは、この前会った時と変わりない様子を見せる。末端の俺のことまで、きにしてくれる面倒見のいい人にしか見えない。
けれどさっきのは、幻でもなんでもないだろう。現にサイジェスの顔は、いつもより強張ったままだ。
「盗み聞きを、するような真似をしてもうしわけありません。俺の怪我ですが、本当に実技で俺が失敗をしたのが原因なんです」
「……わかった。レイザード、お前がそうまで言うのなら、そういうことにしておく」
俺に火の適性がない以上、言い訳としては疑いをもたれるだろう。けどここで、違う事を言えばサイジェスが話したことが嘘と確定してしまう。だからごり押しで、通すことにしたんだ。
なにか突っ込まれるかと、覚悟していたけれどシーディスさんは意外にもあっさりと引いてくれた。
「あの学園との、取り引きは……」
「今まで、通りだ。心配するな」
苦笑してから、シーディスさんが手を上げてまた降ろした。僅かに眉間に皺を寄せたから、どうしたのかと思えばサイジェスに視線を向けている。
「言った通りだ。いつまでも、無愛想な顔を俺に向けるな」
「残念ながら、この顔は生まれつきだ」
固い声と表情で、返すがいつも通りのサイジェスに戻っている。覗いたときに見た様な、固さはなかった。
―― それにしても、すごいよな
さっきといい、今といいシーディスさん相手に全く臆す様子もなく相手をしている。心の中でさえ思わず、さん付けで呼んでいる俺とは随分な違いだ。
シーディスさんは、いい人だ。それは数回しかあっていなくても、わかっている。
けれど申し訳ないけれど、顔が怖い。やくざの親分というか、若頭というか。そんな感じなんだ。気の小さい俺からしたら、威力は十分である。
「このまえも言ったが、薬がなくなったら遠慮なく来るんだぞ」
「はい、ありがとうございます」
礼を言って頭を下げるが、なくなっても気軽に貰いに行けそうにはない。このまえ買い出しに行った時に、シーディスさんからもらった塗り薬が売っているのを偶然見つけたんだ。
無くなったから、気軽に貰いにいこう。そう思える様な値段じゃなかった。あんな高級品を、軽くくれるなん太っ腹にも程がある。
そうそうなんで魔術もあるファンタジーな世界なのに、パッパと魔術で治さないのかというと理由はもちろんある。回復させる術を使える適性を持っている人が、極端に少ないからだ。だから普通に薬も使うし、売っている。
「用があって、ここに来たんだろう? 邪魔をしてすまなかったな」
「いえ、あの入り口まで見送ります」
そのまま部屋を出て行こうとしたシーディさんに、声をかけて後ろに続く。
同じように歩いている筈なのに、足の長さの違いだろうかついて行くのがやっとだ。
俺が必死に足を、動かしている事に気が付いたのかシーディスさんが歩く速度を落としてくれる。気遣いはとてもありがたいのだが、足の長さの差が恨めしい。
「気にかけていただいて、ありがとうございます」
「いや俺も商売を始めたのが、お前と同い年でな、けっこう苦労もしたからな。なにかと気になってな」
廊下を歩きながら、無言なのが少し気まずくなり礼を口にする。
「そうだったのですか。お気遣いいただき、ありがとうございます」
さっきのあの異様な冷たさも純粋に、自分とおなじ境遇で苦労しているだろう俺への心配からだったらしい。かなりおそろしかったけれど、自分を重ねたりもしたんだろう。やっぱり顔は怖いけれど面倒見のいい兄貴分だな。
主人公にはそういう面倒見のいい兄貴分な面をみせていたけれど、関係ないモブにもそういう対応をするところを見るとやっぱりいい人なのだと再認識する。
商売で、困ってる事はないか。なにかあれば、遠慮なくいってくれ。そう面倒見の良さを、発揮したシーディスさんと話しを続けながら、出入り口まで見送りそこで別れた。
さて俺も戻るか、そう思ったところでサイジェスに課題を出すことを忘れていたことを思いだす。出てくる前に、渡せばよかったのにうっかりしていた。
二度手間になるが、提出しない訳にもいかない。しょうがないので、またサイジェスの元へ向かう事にして歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます