第15話


「災難だったな」


 サイジェスに呼び出されて、来てみれば開口一番にそう言葉をかけられた。


 一言そう言われただけで、なんのことか理解した。城での一件や、その後のあれやこれだ。ジルベートと俺がセットで呼び出される時点で、察しが付く。


 本当にサイジェスに呼び出される時は、碌な事がない。

いやサイジェスに、罪はない。この前も、そして今日も講師の主任という中間管理職的な立場のせいで、俺達との窓口にされているだけだ。


 さすがにそこまで分かっていて、サイジェスに悪感情を持つ気にはなれない。


「王子からはこちらに非があり、罰するつもりはないとそう伝言を承った」


 王子はそうでも学園は、どうだろうな。いくら王子が問題ないといっても、この学園は国からの援助で成り立っている。そんな学園に王族ともめごとをおこした生徒を在籍させたいかというと答えは否だろう。


「ジルベールは、始終防御に徹していました。彼は何も手出しはしていません。第二王子に、術を行使して刃を向けたのは俺のみです。退学は俺だけで、構いませんよね」


 俺の言葉に、サイジェスはわずかに目を見開く。


俺から退学の申し出があるとは、思わなかったのだろう。

だが生徒に退学を強要する役割を、たかが中間管理職だからといって押し付けられるのも憐れだ。あの表情は、どうやって退学させようかと思っていたら、こっちから申し出たから驚いているんだろう。


 俺は退学するからと言って、イベントを見るのをあきらめたわけではない。


ジルベールは、街でのイベントが多い。

ということは、俺は退学してもジルベール関連のイベントを見る事が出来る。だがジルベールが退学すると、主人公との出会いが学園だからイベントが起こらない。となる選択肢は一つだ。俺は退学するから、ジルベールは見逃してもらおう。


 そもそもこいつは、俺に巻きもまれただけで何もしていない。


「レイザード! 何を言ってるんだ。君に非はない!」

「黙っていろ」


 今まで黙っていたジルベールが、俺の肩を掴んで声を荒げる。だが怒っているというよりは、辛そうな表情だ。


 俺としてはジルベールに退学されるのは、イベントの関係のため阻止したい。それに巻き込まれただけのジルベールが、退学なんてことになったらさすがの俺でも良心が痛む。


「いくら君の言う事だからって、聞けない事はある!」

「サイジェス先生、王子は俺達を罰するつもりはないと断言されていました。だというのに、退学という処分をされるのでしたら、俺はこのことを王子に告げに行きます」


 俺の肩を掴んだまま、ジルベールはサイジェスに鋭い視線を向ける。

 無茶を言うな。どうやって王子と会うつもりなんだ。城に忍び込むつもりか。


「お前は何もしてない。黙っていろ。退学したいわけではないんだろう」

「君ひとり犠牲にして、俺にここにのうのうと残れというのか。そんなこと出来るわけがないだろう。それに君と会えなくなるなんて……」

「退学しても街から、出ていくわけじゃない。会おうと思えば、いつでも会えるだろう。だからお前は残れ」


 どうしてもジルベールを退学させたくないのだが、当の本人が中々首を縦に振らない。案外頑固な奴だ。


「まて、お前達おちつけ。王子からお前たちに対して、何らかの処分を下すことはまかりならぬと厳命されている。使者の騎士の方が、直筆の書簡まで持ってこられた。もちろん王子のサインが入っている。ここまでされて学園側がなにかをお前たちにすることはない」


 虚をつかれたというのは、こういう事を言うのだろうか。そこまで念入りにやっているとは思わなかった。だがこれで俺もジルベールも退学はしなくて済みそうだ。


「申し訳ありませんが、それをもっと早くに言っていただけませんか」

「俺が話を始める前に、レイザードお前が勝手に決めつけて話始めたんだろう。お前はこの前の時もそうだったが、なんで王族がたの話になると勝手に決めつけて話をすすめるんだ。この前の城への召喚の話の時もそうだったろう」


 なんでだ、そういわれると自分でも分からない。けれど、あいつらは俺を害そうとしているんじゃないかって。なぜか強くそう思っている。

 そうだわざわざ学園に告げたのも、処分は学園にさせるつもりなんだと思った。


 だってあいつらは、信用ならないもの

 言ったことなど守らない

 駄目だよ、信じたら。心を許したら駄目だよ


「うるさい、黙っていろ!」 


 考えている最中に、聞こえてくる声にいら立ち思わず声にだしてしまう。不味いとそう考える前に、口が動いてしまっていた。

 だが頭の中でわめかれたことより、そんな分かりきったことをなぜ繰り返すのかという苛立ちを感じていた。なぜ自分でもそう感じたのかが、理解できない。


「レイザード? どうしたんだ。また頭が痛むのかい?」

「……失礼しました。先生、もうお話は終わりですよね。申し訳ないのですが、疲れているのでこれで失礼してもよろしいでしょか」


 また頭痛がはじまったと誤解したジルベールが、俺を心配げな表情で見てくる。変な声がしたとは、言えずに俺は眉間に皺を寄せる事しかできない。


「……わかった。さがっていい」


 サイジェスからしたら、いきなり生徒である俺に怒鳴られたんだ。怒ってもいいのだが、小さくため息を付いただけで何も言われなかった。


 俺はそれをいいことに、一礼して部屋を出ていく。そのあとをジルベールが退出の挨拶をする声が聞こえる。

 ああそういえば失礼しますくらい言えばがよかった。


 本当にあの声は何なんだろうか。


 さっき聞こえたあの声はきっと、王族のことを言われたからだ。サイジェスがというより王族の話をされたから、聞こえたそんな気がしてならない。明確な理由はない。だがそう感じた。


 それにしても何時も聞こえてくる言葉が、不吉過ぎる。信じたらだめだ、殺されてしまう。だいたいこれだ。

 考えても分からない。けど権力者とそれに関する話をされなければ今の所は大丈夫だ。よし避けよう。きっともう関わり会いになる事もないだろう。


「レイザード、顔色が悪いよ。少し中庭で休んでいかないか」

「頭は痛くない」

「顔色がまっさおだよ」

「問題ない」

「レイザード」


 俺に対して意見を押し付けて来ることがないこいつが、引かないってことは相当顔色が悪いらしい。俺はおとなしく言う事を聞くことにした。


 ああ、でもさっきは、真っ向から逆らってきたな。珍しい事もあるもんだ。



 中庭は、ちょうど学園の真ん中に位置する。

 テーブルと椅子が、何脚も置いてあって自由に使えるように設置されている場所だ。

 その椅子の一つに、腰をかける。するとジルベールが、少し待てってほしいと言い残しどこかに去って行った。


「はいこれ、食堂のだからあまりおいしくはないけれど」


 しばらくすると戻ってきたジルベールは、ゆげの出ているティーカップをもって戻ってきた。 

 そのティーカップを俺の前に置く。飲めということらしい。俺はとくに遠慮もせず言われたまま口をつけた。


「温かい、甘い」

「うん、その方がほっとするかなと思って」


 そう言って椅子に座るが、自分の分はもってこなかったようだ。俺を気遣わしげに見ている。よほど顔色が悪かったらしい。


 俺にも顔色が悪くなるという、差分があったことが驚きだ。新たな発見だな。

 それにしてもこちらを見ているジルベールも僅かだか、何時もより顔色が悪い気がする。

 俺はだいぶ落ち着いた。少し分けてやることにしよう。


「お前も飲むか?」

「えっ?」

 ジルベールの顔が、一瞬で赤く染まった。どうやら怒らせたらしい。

まあそうだな。俺も男が口を付けた、飲みかけのものを渡されたらはっきりっ言って嫌だしな。

 とりあえず飲まないようなので、カップを置いた。


 そうだ、わざわざ飲み物を持ってきてもらっておいて礼を言っていなかった。忘れないうちに言っておくことにしよう。


「ジルベール、礼を言う」

「えっ……」


 俺が礼をいうと、ジルべールはネジが切れたブリキ人形のように動きを止めた。

 なんでこいつは、いつも俺が礼を言うと固まるんだ。


だが世話をかけたのも事実だ。誘われたら5回に1回じゃなくて3回に1回は応じてやろう。どうもこの短期間でジルベールには迷惑をかけすぎている。気を付ける事にしよう。


俺は固まっているジルベールを放置して、残りの茶をゆっくりとすすった。















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