第9話
「お前が相手をせよ」
はい第二王子、偉そうに顎をあげて俺を指名しました。どうせジルベールが相手じゃかなわないから、倒せそうな俺を選んだのだろう。
お兄ちゃんコンプレックスが強いこいつのことだ。第一王子を助けたといわれて城に呼ばれた俺を倒して、笑う事で自己満足に浸りたいんだろう。
兄上を助けた者達もたいしたことありませんな! とか高笑いしそうである。まるっきり三流悪役の様な台詞である。
それにしてもなんでここに連れてきたのだろうか。俺とジルベールが連れてこられたのは、騎士達が訓練をしている闘技場だった。
なにごとかと寄ってくる騎士に、おつきのおっさんが二言三言伝えると騎士は頭を下げる。すぐに訓練をしている騎士達を壁際に控えさせた。訓練中だったんだろうに、騎士達も迷惑だろう。
「こやつらが証人だ。兄上を救ったというその腕前を存分に披露してくれ」
存分に実力みたいなら、ジルベールに相手をしてもらうべきである。襲撃犯を倒したのは、ジルベールなのだから。なのに俺を選ぶあたり素晴らしきかな小物ぶりである。
勝てるであろう相手にマウントとって、愉悦にひたるとかやめてほしいものだ。
モブ倒しても何の自慢にもならない。もう少し向上心をもってほしいもである。
サブキャラなのだから、色々な面において俺より優遇されているというのに肝心の本人がこれではお話にならない。
それにしてもおかしい。学園の試合は、後の主人公との会話に繋がるとしてもだ。
王子に呼ばれて城に来ることや、馬鹿王子に絡まれることにしてもなんで俺が直接絡んでいるのか、これは主人公とジルベールが絡んでこそ美味しいイベントのはずだ。
第三者としてモブ視点で見るからこそ楽しめることだろいうのに、なぜ当事者になってしまっているのか。なにが重大なバグでも発生しているのではないだろうか。
それともあれか、城で起こるイベントだとモブの俺は見られないだろうからという謎の親切心設計で、俺が体験することになったのか? そうなると、それは間違いなくバグだろう。
「なんで、あの方は当然のようにレイザードに相手をしてもらえると思っているんだろうね」
俺の後ろから、何時もより低い声でジルベールがつぶやく。なにか寒気を覚えて振り返るが、その先では微笑みを向けているジルベールしかいなかった。さっきのは幻聴だろうか。
「愚かな方だよね。まあ怪我をさせない程度に、相手をしてあげたらどうかな」
完全に俺は部外者ですというような顔をして、肩をすくませるとジルベールは壁際に向かい歩いてく。
これは、いつまで相手をすればいいのだろう。
へっぽこ王子は、とんでもなく弱かった。いやまだ術を使用していないから、判断するのは早いと思う。思うが剣の腕はへっぽこだった。
どれだけ酷いかというと、モブの俺が楽に相手を出来る位には酷かった。
ここ最近で相手にした人間が、ジルベールであるというのもそう考える一因かもしれない。
それにしても動きも遅いし、一撃一撃もかるっかるだし、かといってフェイントをかましてくるわけでもない。なんというか、相手をしていてこれほど無駄でつまらないと思ったのは初めてだ。まだ何百倍も、氷の人形に相手をさせている方が楽しい。
そろそろイライラしてきた。だいたいにして、こいつはふざけている。
本来ならサブキャラであるこいつが、モブである俺より劣る事なんてありえない。レベルの上限値からして、サブキャラの方が上なんだ。
なのにこんなに弱いということは、サブキャラという立場に甘んじてなんにも努力してこなかったということだ。まあさすがに、サブキャラでも剣の腕はからっきしという設定があればそれを覆せはしないだろうが、このキャラにそんな設定はなかったはずだ。
「もうよろしいでしょうか」
「貴様!平民ふぜいが、私を侮辱したな!」
なるべく丁寧に、そろそろ終わりにしたいんですけれどと伝えてみた。だがそれが気に食わなかったのだろう。
王子が激高したかと思ったら、術を構築し始めた。どうやら第二王子は、火の適性があるらしいが、ジルベールに比べるとかなりお粗末だ。
王子を中心に渦巻いている火の力が弱くて、薄く氷で防御を張れば何の影響も及ぼさない。
これと比べるとジルベールとの訓練はとても楽しかったのだと実感する。あいつは俺が本気でやっても、絶対死なないだろう安心感もあるしな。
また今度誘ってみよう。やつもボッチだから、主人公が現れるまでは相手を嫌がらないだろう。
そうのんきに考えてたら、第二王子の火の力がいきなり上がるのを感じる。だがそれは全てではない。ところどころいびつな、上がりかただった。
こいつ、自分の力を上手く制御できていない。俺はわずかに距離をとった。自分の力を制御できていない術者というのは、とんでもなく危険だ。ただ弱いだけの方が、はるかにましなのだ。
上手く制御して望みの力を引出せないものだから、いきなり威力がメーターを振り切ったりする。ようするにさっきまで、マッチ位の威力しかなかったのものが、ダイナマイト級の威力になることもありえるということだ。
俺は自分にかけた防御を上げた。ジルベールの方をみると、奴は笑んで片手を上げたから、理解している暴発しても自分の身は守れるだろう。
そのとき破裂音が聞こえたと思ったら、第二王子の火がはじけ飛んだ。それはそのまま闘技場の壁を破壊する。音をたてて崩れる壁に、騎士達が慌てて退避を始める。
「なんだ、何故うまくいかない!」
その状態になってようやく、自分の状態が理解できたのだろう。第二王子が、あせりの声を上げる。
一歩、王子に近づくと、俺を防御している氷の力の上に風の力が重なる様に現れた。これは、きっとジルベールだ。王子の術のせいで、ダメージを負わない様にかけてくれたんだろう。あとで礼を言っておこう。
「落ち着いて下さい。火が弱くなっていくイメージをして下さい。おちついてやれば、すぐに収まります」
動揺されて、火力が上がったらいい迷惑だ。俺はなるべく落ち着けるように、静かに声をかける。
「平民ふぜいが、私に指図するな! 無礼だぞ!」
言葉が通じないというのは、このことか。第二王子は、激高して腕を振るった。その腕から、術が無造作に放たれる。ほとんどは細い線を描くだけで消えたが、数本がとぐろを巻くように威力が上がり空を舞った。
これは放っておいって、帰ってしまおうかそう考えた時だった。
第二王子の放った術の余波が、いくつも壁際に勢いよく向かっていく。その先には、恐怖に顔をゆがませたモブ騎士がいた。
どうみても自力でよけられるようには見えない。俺は思わず駆けだす。
なにも術を行使していない状況なら、術を構築して騎士を防御した方が速い。
だが俺はいま術の行使を、全て自分の防御に注いでいる。その状態で、もう一つ術を行使するには時間が足りなかった。
多分王子にとって、モブなんて存在していないも同然なんだろう。
だがそれでも攻略キャラ達やサブキャラ達からしたら、ミジンコ同然だろうとなんだろうとモブだってな、生きてるんだ。ゴミの様に扱われたらたまったものじゃない。
俺は感情のまま走り、モブ騎士の前に辿りついたときに防御を解いた。防御に力を割きすぎてたいので、いったん解いてから新たに術を構築するためだ。
いま俺がもっている刃をつぶした剣では、術の炎は切れない。俺の術を説いても、ジルベールの風の防御がある。だから大丈夫だとふんだ。
火が迫っているが、俺は術の構築だけは早い。僅差でまにあう。そう予想して、術を構築し始めた。
だが、俺の目の前に風の渦流を感じた直後、その風が壁になった向こう側で新たな火が第二王子の火を飲み込み打ち負かした。
「レイザード! 自分の防御を解くなんて、なんて無茶をするんだ!」
どうやらジルベールがやったらしい。焦った様子で、俺の方に駆け寄ってくる。
こいつ攻略キャラだし、2つも適性があるしとんでもないやつだと思っていたが、そのとんでもなさは俺の予想をはるかに超えていた。
だって俺は一つの術を行使していたら、二つ目を使用するのに時間がかかる。
なのにこいつは、自分に防御をかけ、あげくに俺にもかけてすでに二つ使っていた。それに加え、いま俺の目の前に風で防御をつくり、新たな火の力行使した。合計、4つの術を同時に行使していたことになる。
モブと攻略キャラの違いを、嫌というほど見せつけられた。ショックで足から力が抜ける。
「レイザード! どこか怪我をしたのか!?」
倒れそうになった俺を支えて、ジルベールが俺に怪我がない確認し始める。怪我をしていないことを確かめると、今後は俺の胴体に腕を回してきた。
殺す気か。力が強すぎて俺の肺が膨らめなくなっている。助けたと思ったら、圧死させようとしてきた訳がわからない。
根性で足に力を入れてなんとか立ち上がる。
「おいくるしいぞ。離せ絞め殺す気か」
「えっ、ああごめんよ。つい力がはいりすぎてたね」
「ついで俺を絞め殺そうとするな。……風の術のことは礼をいう」
正直、ジルベールがいなかったら色々とヤバい事になってただろう。俺は改めてジルベールに礼をいう。
「…………えっ?」
まただこいつは、俺が礼をいうとなぜこんな意外なものを見るような目をするんだ。俺は一生に一回しか、礼を言えない珍獣か何かか。礼をいう所に会えるのは、希少な生き物か。
もういい。俺は動きを止めたジルベールを放置して、当たりを見回した。問題の第二王子は力を使いすぎたのだろう。その場にへたり込んでいる。
闘技場は、壁が崩れて目も当てれない。騎士達はちらほらいるが後は知らん。
「大丈夫か?」
しゃがみ込んだままのモブ騎士に、声をかける。腰を抜かしたのかしゃがみ込んだまま勢いよく首を縦に振ってきた。
「立てるか?」
「あっありがとうございます」
かわいそうなくらい顔色を真っ青にさせたモブ騎士に、手をさしだし引っ張りおこす。怪我をしてないか目視で確認する。
服が少し焦げている以外、大した怪我はなさそうだ。よくみると随分と若い。まだ入団したばかりの新米なんだろう。入ったばかりでこんな目にあうなんて、モブはつらいな。同じモブとして応援している。強く生きろよ。そう声に出さずエールを送る。
「怪我がなくてよかった」
強く生きろよと激励の意味を込めて、肩を軽くたたく。
モブ騎士といまだに固まっているジルベールに背を向け、第二王子に視線を向ける。
無性に腹が立っていた。モブのことなど、どうでもいいのだろう。その身が危険にさらされようが、命を失おうが俺たちのことなど気にも留めていない。
勘違い野郎め、ゲームは主人公と攻略キャラだけじゃ成り立たないというのに。モブがいてこそゲームは成り立つというのにそれにもきづかない愚か者だ。少しは痛い目をみればいい。
王子が自分の周りの異変に気づき、目を見開く。けれど
遅い――俺はモブだが術を構築するスピードだけは速い。
王子が反応するより早く、俺が構築した氷の刃が王子を取り囲んでいた。
「これで終了でよろしいですね。おい、ジルベールいつまで固まっている帰るぞ」
口元をひきつらせた王子を一瞥すると、踵をかえす。
ついでに、固まったままのジルベールに声をかけておく。いくらなんでも、置いて行くつもりはない。
「貴様、無礼だぞ!」
おつきの奴が怒鳴り返してくるのが、癇に障る。おまえさっきまで、闘技場の外にいて怯えてただろうか。そのままおとなしく怯えていろ。
「周りに臣下がいるという状況で、まともに制御できない術を使えばどうなるか想像できるはずだ。
臣下は王子にこの場に留まるように言われれば従うしかない。
……自ら臣下の命を危険にさらすようなものに、つくす礼など持ち合わせていない」
怒りからからだろう、王子が顔を赤くして口を開くが言葉が出ないらしい。
言葉がでるまで待ってやるつもりはないので、俺はジルベールを伴ってその場を後にした。
ああ今日は、なんて最悪な日なんだろか。俺は小さくため息を吐いた。
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