新情報やら幼馴染くんとの小競り合い編 《五日目の2部》

第90話 もふもふは悲嘆にくれる-別視点-

 私の名はセルバン、カストリヤ王国の第一王子であるアルフォンス殿下に幼少のみぎりより使えている執事だ。現在は諸事情により、燭台のような姿をしている……が、それについては今は深く触れないでおこう。

 何故ならそれ以上に、差し迫った面倒な問題が私の前にあるからだ……。


「リアが男を連れ込んだ……」


 薄暗い部屋の中。部屋よりもよほど暗い表情をしたアルフォンス殿下が、ソファに腰かけてそう口にする。


「お聞きしました、同郷どうきょうのお方らしいですね」


「しかも今、二人きりで密会をしている……!!」


「確かにお二人でいるらしいですが、それを密会とおっしゃるのは……」


「いや、若い男女が二人きりというのは一体どういうことなんだ……!?」


「殿下、落ち着いて下さい……」


 私は興奮して声をあららげるアルフォンス殿下へ、努めて冷静にさとすように言う。


「そして何度も何度も同じ事を、繰り返し口にするのはやめましょう」


 そう……実はアルフォンス殿下は、先程から似たような内容を繰り返し口にしているのだ。

 しっかりして頂きたいものです。


「だ、だがリアが……リアが!!」


 そうして、そのままアルフォンス殿下は頭を抱えてうなだれてしまった。

 この行動にしても、もう数回目のことである。

 ……うむ、アルフォンス殿下の病状恋わずらいは思った以上に深刻だ。



 事の発端は、今朝リア様が同郷の男性をこの城へ連れ帰ったことから始まる、らしい。というのも、そもそも私はその場に居合わせてないので、細かい経緯に関しては把握してはいないわけなのだが。


 まず私がそのことを知ったのは、先刻ふらふらとした足取りのアルフォンス殿下が私の前に姿を現したからである。


『リアが……リアが男を連れてきて、その男に連れ去られた……』


 要領ようりょうを得ないことを口にする殿下の目は虚ろで、今以上に重苦しい雰囲気をまとっていた。


 そしてそれを目にした私は、瞬時にこの状態のアルフォンス殿下をひとめに触れさせるのはどうかと思い。

 しっかり人払いをした後に、個室で殿下から話しを聞き始めたところから今に至る。


 一応ここまでは殿下を落ち着かせることと、状況を把握することを優先で、聞き手に回っていましたがそろそろ止めるべきでしょうね……はぁ、仕方ない。


「それでは一旦話を整理しますと、そのカイアス様という男性はリア様のお知り合いで、リア様のことを手伝うために遙々いらっしゃったという話ですよね?」


 確認の意味を込めて、今までにアルフォンス殿下から聞き取りをした内容を、整理して並べて問いかける。


「まぁ……一応はな……」


 するとアルフォンス殿下はあまりその話をしたくないのか、私から不自然に視線を逸らしたうえでそう答えたのだった。

 まったく、この方は……いえ、言いたいことはありますが、今は話を進めなくては。


「そして、カイアス様へは殿下自ら滞在許可を与えたと?」


「し、渋々だがな……」


「なら、もう仕方ないのでは?」


 私がそう口にすると、途端とたんに殿下の表情がムッとしたものに変わった。


「だがあの男は会話を勝手に打ち切って、私の返事も待たず退出したんだぞ……!? しかもリアを連れて!!」


 そうして苛立たしそうなアルフォンス殿下は、顔をこちらに向けないまま、手を強く握りしめて苦々しくそう言った。

 ……ここで殿下が一番納得いっていないのは、間違いなく最後の一言の部分でしょうね。


 先程から話を聞いている限り、全ての愚痴ぐちくだんのカイアス様と、リア様の関係性に紐付いてますからね……。

 ようするにアルフォンス殿下は、リア様の近くに他の男性がいる事実自体が気に食わないのでしょう。しかし、それをハッキリ口に出すワケには行かないので、全部がこういう形の愚痴になっているように見受けられました。

 ……正直このようなことはあまり言いたくありませんが、非常に面倒です。


「まったく少し顔がいいからといって、あの男は絶対調子に乗っている!! むしろ顔のいい男なんて信用すべきではないのに……」


 …………は? あの……よりによって殿下が何を仰っているのでしょうか。

 どちらかと言えば、元々の殿下の方が……まさか、呪われる以前の記憶がなくなったわけではないですよね……?


 それにしても、リア様へのこの入れ込みようは本当に頭が痛い……。

 百歩譲って、リア様に好意を持ってしまったこと自体はまだ良いとして、このような言動はどうにか控えて貰えないものか。

 ……まぁ無理でしょうね。


「ああ、リアのことが心配だ……」


 そうして重々しい口調で、そんなことを言い出すアルフォンス殿下。

 いやいや、そもそも急な呼び出しにも応じる、同郷の昔なじみという時点でかなり親密な関係ですよね? 

 その時点で、部外者の我々がリア様を心配するようなことはないと思うのですが……。


 それよりも親密なお二人の話の内容が、我々の利益に関係することではないかと懸念するならば、まだ分かりますが……いえ、本当に冷静になって頂きたいものです。


 …………む、しかしそう言えば殿下がわざわざ他人の容姿、特に男性のことを褒めるなんて珍しいですね。

 そこにリア様が絡んでるのもあるでしょうが、実際にどの程度のものなのか純粋に気になるような気も……。


 思わず、そのようなことを考え出した私の耳に……いえ、今は耳もないのですが、急に部屋の外から大きな声が響いてきたのです。



「ねぇ、ご存知ですかリア様と一緒にいらっしゃった男性のことなのですが——!!」

「————っ!?」

「ええっそれが先程、リア様と物凄い美男子びなんしがご一緒に歩いてるのを見かけたんですよ!!」

「————っ!!」

「はい、遠目とおめからみただけでしたが、それはそれは素敵なお方でしてね——」



 ……ふむ、なるほど。

 たった今聞こえてきた声は、やや不明瞭ふめいりょうな部分もあるものの、いつも三人でいる侍女たちの一人の声のようだった。

 実はこの部屋の周囲は、先程人払いをした際にそれなりに広めの範囲で誰も近づかないように厳命してある。

 だから当然、その声はこの付近からではなく、かなり離れた場所から聞こえてきたのですが……。


 彼女たちはかなりの面食めんくい……つまり男性の容姿には厳しいので、彼女たちがそれほど大興奮するということは、まぁそういうことなのでしょう。

 そんなことを言う以前に、そもそもこのような大騒ぎをするのは、侍女としてどうなのかと思わないでもないが……この状況で、しかも彼女たちにわざわざ言うだけ無駄そうなので、まぁ捨ておくとしましょう。

 しかしそれだけ優れた容姿を持つ男性が、リア様と親しいとなると問題になるのは……。


 そこでアルフォンス殿下の様子を伺うと、やはりというべきか先程よりも数段深い角度でうなだれて、一層どんよりと重苦しい雰囲気をまとい始めていらっしゃた。


「か、顔のいい男なんて……顔のいい男なんて……」


 そこから更に悲壮感ひそうかんただよう表情で、ブツブツとうわごとを言い始めてしまった殿下。

 いや、ですから貴方がそれをいうのはおかしいですからね……!?

 今現在は、アレとはいえ……え、いや、まさか本当に記憶喪失だったりするのでしょうか。

 仮にそうなると、もうどうしようもありませんが、たぶん違いますよね?

 ……違うことを願いましょう。


 しかしこれほど落ち込まれては、どうしようもありません。

 どうにか少し冷静になって頂かなければ……まったく仕方ない。


「殿下……そもそもお二人が元々親しいご関係ならば、別に二人っきりでいること自体、そこまで特別なことではないと思いますよ?」


 頭を冷やして頂く大前提として、まずお二人がある程度親しい関係だと、理解して頂くのは必須でしょう。

 例え一旦そこから目を逸らすことが出来たとしても、お二人がいる時点で絶対にまた直面する問題でしょうし……。

 そもそもが、本来普通に考えればすぐに分かることのはずですから、そこは徹底させて頂きます。


「し、しかし私はリアが……」


 なおも食い下がろうとする殿下が、どうにか言い募ろうとする最中。


「あの、私がどうかいたしましたか?」


 その言葉を遮るように、可愛らしい声がこの部屋に響いたのだった。

 こ、この声は……。


「っ!?」


 明らかに動揺した様子のアルフォンス殿下と共に、私も釣られて声のした方をみる。

 するとそこには予想通り、この状況の元凶であるリア様が小首を傾げてたたずんでいたのだった。

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