第84話 色々と怒られたりバカにされたり

「言動にはもう少し気を付けているのかと思ってたが、そうじゃないみたいだな?」


「いや……ある程度は気をつけてるよ?」


 カイくんの剣吞けんのんな雰囲気に緊張しつつも反論する。

 確かにちょっとうっかりしてたことは認めるけど、リアという名前自体は別に珍しいわけでもないし、そこまで責められることでは……。


「ほぅ? それじゃあ、名前はともかくとして正体隠しの術の方はどうした」


「ふぇ……?」


 しかしそこで予想外のことを言われ、私は思わず間抜けな声を出してしまった。


「俺が見た限り、ケモ王子と話すときにお前は何もしてなかったよな? 術を使ってないだけじゃなくて、ローブをかぶることもせず、その髪色や顔をさらしていた……一体どういうつもりだ」


 そう口にするカイくんの表情は、底冷えしそうなほど冷たい。


 あっ……あ、あぁ……あれね、うん。

 …………ま、マズイ、こっちは責められても仕方ない案件かもしれない。


「え、えーっと、それはその……つい、うっかりと」


「……つい、うっかりとだと?」


 その瞬間、カイくんが低い声でそういいながら眉をつり上げた。

 わぁ、怒ってる……確実に怒ってるよぉ。


「い、いや、でもさ……? 私は最初に雨宿りをさせてもらおうとしたわけで……そこで人に頼み事をするときに、そんなものを使って姿をいつわったりしてるのは良くないかなぁって思って……」


 自分でも、どうにもならないと思うほど苦し紛れの言い訳に、カイくんは途端に「そうかーそうかー」と清々しい笑みを浮かべて頷いた。


「……で、それを今後帰国したときに似た状況でやるつもりは?」


 しかし、その笑顔は無理矢理作ったような酷く歪なもので……残念ながら彼の目の奥は一切笑っていなかった。


 あ……もしかしなくても、私の今の言い訳は逆効果だったかも知れない……。

 そんな後悔の中、私はどうにか気まずさをこらえてカイくんの問いに答える。


「…………絶対にやりません」


「参考までに理由を聞こうか?」


 正直、ごまかしたり話しを逸らしたりしたいのだが、今この状況ではカイくんが絶対に許してくれそうにない。というか、そんなことしたら事態が悪化しかねない。

 なので私は、これにもおとなしく素直に答えた。


「この髪色自体が、身分証明みたいなもので……知名度のある国内だとそれを見せた時点で確実に、身元がバレるからです」


 私の髪色は家系に由来する特殊なものだ。

 確か、カストリヤの王族の金髪も似たようなものだが……うちの家系の場合はそれよりももっと強く、その血族であれば確実に特徴が容姿に現れる。だからこそ、この髪色はそれだけで身分の証明になるのだ。


「そうだよな、分かってるようで安心したよ……それで、お前のしたことをもう一度聞いてもいいか?」


「……ごめんなさい」


「おいおい、それは答えじゃないぞ?」


 怒ってる……物凄く怒ってる、でもいつもみたいに口が悪かったり、声を荒げたりしない分逆に怖い……。


「あの、言い訳させてもらうと、この国ってそっち系の情報が少ないみたいだし……現に全然バレてないから、たぶん平気だと思うんだけど」


「はっ?」


「嘘です、ごめんなさい、申し訳ありません」


 どうにか少しでも言い訳をしようと思ったものの、カイくんの威圧いあつされて、私はすぐさまそれを断念した。


「なんなら、もう呪いの件はやめるか? 俺としては別にそれでも構わないしな」


 そしてついにカイくんが、そんなことまで言い出した。

 マズイ……カイくんが本当にその気になったら、引きずってでも私をココから連れ出すだろう。

 そ、それだけは避けなければ……!! だって、まだ全然何もできてないもの!!


「ごめんなさい、反省してるので許して下さい」


「本当に反省しているのか?」


「本当に反省しています、心の底から……!!」


 もうこうなってくると謝り倒すくらいしかないので、私はひたすら謝った。


 そしてそんな想いが伝わったのだろう。

 カイくんがやや考え込むような間を開けた末に、おもむろに口を開いた。


「よし、そこまで言うなら分かった……」


 ああ、よかった。

 これでようやくカイくんも、許してくれる気に……。


「やはりそこは俺が判断する部分ではないから、上に報告して決めよう」


「ちょっとそれは違うんじゃないかなぁ!? 完全に許してくれる流れだったよね? ねぇ!?」


 ここまで散々真面目にやってきた私だったが、それには流石にツッコミを入れてしまった。


 いや、だって報告するって一切許されてないよね!? もう実質極刑だからね……!?


「いやー、でも問題が問題だからな……」


「そういうのは、よくないと思いますぅ!!」


 わざわざ、希望を持たせてから落とすなんて到底許される所業ではない。

 というか、一体どこからかは知らないけど、今のカイくんは思いっ切りふざけてるよね?

 ほら、もう完全に笑ってるし……。


 ひ、酷い騙された……純粋無垢な私を、こんな風にもてあそぶなんて……!! 本当に怖かったのにっ!!


 私がカイくんの態度に内心でいきどおりを感じていると、当のカイくんはまだ半分笑いながら、私にこんなことを言ってきた。


「まぁ、今後の扱いについては、その他にどの程度まで話したかによるかな」


「いや、別にそこについては大丈夫だけど」


 私がそう答えると、カイくんは途端とたんに笑うのをやめて、かわりに心底不安そうな顔を私に向けた。


 いやいや、なんで!? その反応はおかしいよね?

 えっ、私が大丈夫っていうと、あんなに楽しそうだったのに、笑えなくなるほど不安になるの……? 何がダメなの、私がダメなの?



「一応、具体的に聞いていこうか……出身地についてはなんて答えたんだ?」


「えっとね……確か遠い場所にある、形容けいようがたい田舎って」


 そう言ったところ、カイくんは私に哀れむような目を向けながらぼそっと呟いた。


「バカだろ……」


「バカじゃないもん!?」


 私がそう反論したら、カイくんは一応何もいわなかったものの「いや、バカだろ」とでも言いたげな目で私のことを見てきたのだった。

 な、納得出来ない……。


「そうか……じゃあ名前の方は、本名をフルネームで教えたりしてないよな?」


「うん、そこは流石にリアだけしか教えてないよ、ただのリア」


「まぁ、それなら……でも初対面の相手に、わざわざ自分の愛称を教えるとか終わってる気がするけども」


「終わってないよ!? 小説の中では割とあったし」


「まさか、それでマネしたのか……」


「いやー? 完全にうっかりで」


「お前はなぁ……!!」


 一通り答えたところで、カイくんは大きなため息とともに頭を抑えた。


「そもそも、お前がここに来るまでの間に、その話しもちゃんとしてくれればよかったんだよ……特にケモ王子の毛並みの話しとか、心底どうでもいいことばかり話しやがって」


「えぇ、そこは個人的にかなり重要な情報なのに」


「黙れバカ……!!」


 ひ、酷い……さっきからカイくんが、何度も何度もバカバカ言ってくるぅ。

 ぐすん……。


「まぁ、そこはいくら言っても仕方ないから、もういいが……それ以外は大丈夫なんだな?」


「うん、さっきも言ったけど大丈夫だよ」


 私が大丈夫だと言っているのに、カイくんはまだかなり不安そうな顔をしている。

 ここまで来ると、私の口にする『大丈夫』自体に不安を感じられてる気がする。

 なんというか、とても心外だ……。


「まぁ……ひとまずは、お前の言葉を信じて報告は保留にする」


「さっすがー、カイくん!!」


「その程度なら、下手に報告してもややこしくなるだけだしな……」


 ここでまたカイくんが何やらボソボソ言っていたけども、まぁ報告はされないらしいのでなんでもいい。

 いやー、本当によかったー!! お陰でまだまだ呪いのデータが取れる!!

 あとやらかした諸々もろもろについては、今度から本当に気を付けよーっと。


「とりあえず、この話はここまでだ」


「うんうん、この話は……って、あれまだ何かあるの?」


「ああ、また別にやることがある」


「え、それって一体……」


「本国への連絡を取る」


 カイくんの口から出た、不穏ふおん極まりない言葉を聞いた瞬間、私は部屋の外に出ようと扉に飛びつきかけたが……。


「待て待て、どこへ行くんだ?」


 それよりも早く、カイくんにガッシリと腕を掴まれてしまった。

 くっ、なんという反射神経……!? 普段から鍛錬たんれんしてるだけはある……!!


「いや、ちょっと外の空気を吸おうと思ってね」


「それは今じゃなくてもいいだろうよ」


 そう話をしながらもカイくんは、腕を掴む力を一切緩めたりしない。負けじと私も力を入れるが、そもそも元の力に差があり過ぎるのだろう……ビクともしない。

 うぐぐ、つ、強い……!!


「いやいや、今じゃなきゃ死にそうな感じで……」


「そんな訳あるか!!」


「まぁまぁ、私ナシで連絡すればいいんじゃない? うん、それがいいよ」


「まず、そんなことが許されると思うか!?」


「思うっっ!!」


「このバカがぁぁ!!」


 カイくんの罵倒ばとうにも負けず、私はカイくんを引きはがそうとグイグイ引っ張ったのだが……。

 最終的には、やはり腕力で劣っている私が力負けすることになり、引き寄せられたすえ見事にカイくんの腕の中に収まってしまった。


「よし捕まえたぞ……!!」


 くっ……捕まってしまった。かくなるうえは最後の手段を使うしかっっ!!


「くーんくーん」


「悲しむ子犬のマネをしても無駄だからな」


「きゅーん……」


 か、悲しむ子犬のマネで心を動かされないとは……なんて薄情な人なのだろうか。

 それとも私の可愛さが足りないから……? くっ、私がもっと可愛いければ、きっと上手くごまかしきれたのにっっ!!


「まぁ……とりあえず、アーク様はいないから安心しろ」


 私が静かに自分の無力さに打ちひしがれていると、カイくんが私の頭をぽんぽんと撫でながら、こんなことを言った。

 え……お兄様は、いないの?


「…………それを先に聞きたかった」


「言う前に妙な行動を取った、お前が悪い」


 うっ、正直それを言われると何も言えない。

 え、でも、そうなると待って……。


「それじゃあ、相手は誰なの?」


「陛下だ」


「……」


 あー、うん、そっか……陛下……陛下かぁ。


「私やっぱりお腹が痛いから、席外してもいい?」


「ダメだ、嘘を付くな」


 カイくんの無慈悲な返答に、私はガックリと肩を落とす。

 だって、あの人はお兄様とは別の方向性でちょっと嫌なんだよな……。

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