呪いの把握とドタバタ図書室編 《二日目》

第6話 魔術師は気付いた

 翌朝、目を覚ました私は妙にさえていた。

 というか、昨日がボケ過ぎていただけかもしれない。


 例え数時間歩き続けたあとに森に入って、更に大量の魔獣と格闘しつつ森の中を迷い、暴力的な嵐に晒されるようなことが有ったとしても……!!


 いや、やっぱり文章にすると無茶し過ぎだった気がする。

 今後はもっと慎重に生きていこう……こう思ったのが何度目かは分からないけど。


 さて、目を覚ました私が気付いたことというのは、一晩を明かした古城の部屋に微かだけど妙な魔力が満ちていることだった。


 疲れていたのだから仕方ないけど、出来れば事前に気付きたかったな……。


 この魔力の正体がなんなのか身支度をしながら考えていたところ、ふと何かが足らないことに気付いた。


 あっ、ローブだ。


 昨日、乾かすために暖炉の前に置いてきたため、いつも着ているローブを着ていなかったのだ。

 身に付けるのが習慣化しているためアレがないと、どうにも落ち着かない。


 城内を勝手に歩き回るのは悪いような気がするが、自分のモノを取りに行くために昨日、案内された部屋だけを行き来するだけならいいだろう。


 そうと決めたら、自分はすぐ部屋を出た。


 もし怒られたら、素直に謝ろう……と心の片隅で考えつつ。




 暖炉の部屋まで無事たどり着いた。

 ただ移動中に見た限りではあるが、どうやら薄い妙な魔力は建物内全てにまんべんなく満ちていることが分かった。


 防御術の類ではなさそうだし、本当になんなのだろうか……。



 ローブは昨日置いたままの様子であったため、すぐ見つかった。

 さっさと着てしまおうとローブを手に取ったのだけれど。


「ん?」


 なぜだろう、人はいないのに視線を感じる気がする。

 ローブを着る手は止めずに辺りの様子を伺うが視線を感じた方にはツボや燭台、ランプといった調度品くらいしかない。


 昨日は意識しなかったが、いやに数が多いし、この調度品に何か仕掛けでもあるのだろうか……。


「何をしている」


 背後から声がしたため、振り向くとアルフォンス様が食べ物を載せたトレーを持って立っていた。


「おはようございます。朝起きた時にローブがないと落ち着かなかったため、取りに来てしまったんです」


 今、身に付けたばかりのローブを示すようになでた。


「ああ、そうか」


 さっきまで何か別のことを考えていたような気がするが、アルフォンス様が持っているトレーを見ているうちに吹き飛んでしまった。

 トレーの上のものは朝食だろうか、サンドイッチが大皿に大量に載っているのとスープがあるのが確認できる。

 アルフォンス様の体が大きいため、一見少ないように錯角するがそれなりの量がある。

 一人であんなに食べるのか……体の大きさを考えれば驚くものじゃないが、そんなものを見せつけるかのように多いとお腹がすいてしまうので止めて欲しい。


 これ以上意識すると空腹でつらくなりそうなので、私は食べ物から目をそらした。


「……もしかしてサンドイッチは嫌いか?」


「いや、嫌いではないですよ! 美味しそうなサンドイッチだと思います」


「ならば、よかった」


 アルフォンス様は何やら安心した様子だが、一方私の朝食は決定すらしてないので全然よくない。やっぱり堅パンだろうか。まだ沢山残っているけど、名前通り堅くて食べづらいので出来れば牛乳にでも漬けたいところだけど……。


「では朝食にしようと思うが……」


 昨日座っていたソファーの目の前にあるテーブルの上に皿を並べた、アルフォンス様が声をかけてくる。


「はい、どうぞ」


 さらっと頷きつつ、朝食を少しでも美味しく食べる方法についての思案は止めない。

 残念ながら牛乳は持ち合わせていない。前回、牛乳で美味しく食べられるのだからと水に漬けて柔らかくしようとした時はただ単にベチャベチャしただけで美味しくなかった……。

 一体、何が違うのだろうか。


「いや、キミは一緒に食べないのか?」


「……一緒に?」


「一応、キミの分も含めて用意してある。嫌だったら無理にとは言わないが……」


 その言葉に今まで考えていた保存食調理案を一瞬で投げ捨てた。


「えっ、そうなんですか!? とても嬉しいです」


 やった、堅くない普通のパンだ!!

 飛び上がりたいのをこらえて、食事の並んだテーブルの前のソファーに腰を掛けたがふと思った。


 いや、でもいいんだろうか? こんなに色々してもらっちゃって……。

 その分の御礼をする算段もまだついていないんだけど……。


 しかし食べ物からは良い匂いが漂ってくる。

 私は思い悩んでいると、アルフォンス様が不安そうな目で私の顔を覗き込んでくる。


「やはり嫌か。私が作った料理など……」


「えっ、アルフォンス様がお作りになられたのですか!?」


 驚いてアルフォンス様の手と料理を交互にみた。

 自分の倍以上はありそうな大きな手、しかも人間の手と作りが違い細かい作業は難しそうだ。

 それに対してパンは綺麗に切れているし、スープに入っている野菜の切り方も大きすぎず丁度良い大きさに見える。


「……凄いですね、そんなに器用に野菜を切れるなんて」


「そうか……?」


「はい、素直にそう思いましたよ」


 アルフォンス様はパッと嬉しそうな表情をしたものの、すぐにその表情を曇らせた。


「……でも食べる気にはならないんだろう」


 いや、なぜそうなる?

 もしかして、私が一瞬手を付けることを躊躇ったのが堪えているのだろうか。


「いいえ、そんなことありませんよ。ただ、どう御礼をしていいものかと悩んでしまっただけで……むしろ有り難すぎるくらいです!!」


「なんだ、礼なら気にしなくて良い」


「いや、コチラとしては気にしますよ!! 金銭の持ち合わせは……残念ながら多くありませんが、代わりに魔術師としての技術的なものであれば出し惜しみしませんよ!!」


 なかば勢いで言ってしまった部分もあるが、その言葉にアルフォンス様の反応が目に見えて変わった。


「本当か……!!」


 アルフォンス様は魔術師の技術的なものが欲しかったようだ。

 さて、何か心当たりなんて……あるね。この城に薄く満ちている妙な魔力。


 確かに不自然だったよね。

 少し前に疑問に思ったこともあったけど……空腹のせいで忘れていたわ。

 お腹が空くのは自然の摂理だから仕方ないことだね。


 ん、んん?


 別に長い時間ではなかったけど、色々考えながらアルフォンス様のことをボンヤリ見ていたら、彼の周りの魔力がやや不自然なのに気が付いた。部屋中に満ちている魔力とほぼ同じだから埋もれて分かりづらかったけど確かに違う。


 よく目を凝らしてみるとアルフォンス様が、気配は希薄なのに緻密に組み上げられた魔力をまとっているのが分かった。緻密である一方、ベッタリと絡みつくようなそれからは、得体の知れない嫌なものを感じた。


「……もしかして、アルフォンス様は呪いの類いでお困りなのではないですか?」


 確信があったわけではなかった。

 だけど顔を歪める彼の様子から、それが間違いではなかったと悟った。

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