第35話 マダムと娘
壁に張り付いていた顔が一斉に歌い出すと、中央の門がゆっくりと開きだして、僕達の前に美少女が現れた。
彼女は僕達に向かって一礼すると、そのまま中へ入るように促してきた。
「あの顔に魔力を与えるのが合図だったのかな?」
「いいえ、それは違います。何をしているのだろうと思って様子を見ていたら、ちょうど出るのにいいきっかけだと思ったのでタイミングを合わせてみました」
「へ、へえ、それはいいんだけど、なんで私だけ体に鎖を繋いでいるの?」
「申し訳ございません。ここから先は女性のお客様はご遠慮いただいていますので。その鎖はママ……マダムにしか外せないのでそのまま大人しくお待ちください。そうそう、その鎖は全ての能力と魔法を封印するので、無理はせずにそのままお待ちいただくことをお勧めいたします」
「ちょっと、なんで私だけこんな扱いなのよ。納得できないわよ」
アスカの声が屋敷中に響いていたのだけれど、この美少女は気にしていないようだった。
「マダムはお客様のように若くて強くて将来性がありそうな男性が好物ですので。大好きですので、どうぞ心行くまでごゆっくり滞在してくださいませ。お連れ様は別館でお休みいただきますので、そちらもご安心くださいませ」
僕はこの場から逃げようかと思っていたけれど、いつの間にか後ろにもメイドが並んでいて戻る事も無理そうだった。
いつの間にこんなに人がいたのだろうと思っていたけれど、僕の前には一人しかいないので前の方が突破しやすいのではないかと思ってみた。
「そうそう、僭越ながら後ろのメイドたちよりも私は強いので敵襲に遭いましても御守りいたしますので、その点もご安心くださいませ」
案内されて着いたところはひときわ大きな扉が設置されていて、扉の向こうから少しだけ嫌な予感がしていた。
僕はそれを感じていたので気は進まなかったんだけど、半ば強引に扉を開けさせられると、そこには若い男性に座っている女性の姿があった。
「マダム、お客様をお連れいたしました。こちらの方が新しい……お客様です」
「あら、マヤさんありがとうね。私も楽しみにしていたんだけど、遠くから見るよりも近くで見た方がいい男ね。ささ、こっちにおいで」
マダムに手招きされた僕は何となく生理的に恐怖を感じてしまい、一歩だけ後ろに下がると、その場にいたマダムとマヤさんとメイドたちが一様に驚いていた。
「ちょっと、私の誘いを断ったわよ」
「はい、それは見たらわかりますが、マダムは力を使い果たしたのですか?」
「そんな事は無いと思うんだけど、一度試してみるわね」
マダムは座っていた男性から降りると、その男性に何かの支持を出していた。
その男性は壁沿いに向かって歩くと、そのまま松明を持って戻ってきた。
「おかしいわね。この子には効くのに何であなたには効かないのかしら?」
「ママ……マダムが何か躊躇っているんじゃないですか?」
「そんな事は無いと思うんだけど、あなたってもしかして、魔法を無効化したりするのかしら?」
俺はそれを答えていいのかどうかわからずに悩んでいると、松明がものすごい勢いで燃え出した。
松明の芯の部分が燃え尽きたらしく、柄の部分まで燃え出していたのだけれど、持っている男性は動じる事も無かった。
男性が持っていた松明はそのまま燃え尽きていたのだけれど、男性はその手が焼け爛れていても松明を離すことは無かった。
「あら、ごめんなさい。松明を持っててって命令を解くのを忘れていたわ。でも、あなたはもう用済みだから帰っていいわよ」
マダムの言葉を合図にしてその男性は部屋を出て行くと、マダムは嬉しそうに微笑んでいた。
「あなたもあの子みたいに素直になればいいんだけど、あなたはちょっと違うみたいね。私の魔法が効かないんじゃお客様として迎えることになっちゃうけど、連れの小娘はもうしばらくそのままにしておきましょう」
「この方はマダムの館に来た初めてのお客様ですし、私達はここまでの道案内しか教えられていないので、これからどうすればいいのかわからないのですが」
「そうね、お客様なんだし、普段のあなた達で良いんじゃないかしら」
「よかった。あの喋り方はあんまり得意じゃないからさ、ママも普通通りにした方がいいと思うよ」
「もう、マヤちゃんは極端すぎるよ。皆ももう戻っていいからね」
マダムがそう言うと、マヤさんの後ろにいたメイドたちがワイワイとしながら部屋を出ていった。
何だかアットホームな感じがしていて、さっきまでの居心地の悪さは感じなくなっていた。
「そうそう、お兄さんは何でママの魔法が効かないの?」
「えっと、僕は色々あって魔法が効かなくなったみたいです。完全に効かないってわけじゃないんですけど、基本的には効かないですね」
「そうなんだ、ちょっと不安になってあの子で試しちゃったけど、それならそうと言ってくれないとこっちも困るじゃない」
そう言いながらマダムは僕の肩をバシバシと叩いていた。
「ねえママ、このお兄さんって、転生者って人じゃない?」
「あら、そうかもしれないわね。でも、転生者特有のモノとかってあるのかしら?」
二人でそろって僕の事をジロジロと見ているけれど、特に何か変わったところがあるわけでもないし、そんなに見ても普通だとは思うのだけれど。
「意外と普通ね。マヤちゃんはどう思った?」
「私も普通だと思うよ。もしかしたら、内臓が違うのかもしれないよ」
マヤさんは僕に向かってナイフを突き刺してきたのだけれど、僕はそれをギリギリで交わすと、そのまま後ろに飛び下がった。
「あれ、私のナイフが避けられちゃった。完全に切ったと思ったのに」
「マヤちゃんの攻撃を避けるなんて絶対に普通じゃないから転生者ね」
僕はなぜか二人に拍手をされながら椅子に座るように言われた。
まっすぐ進むと何だか罠があるみたいなので、それを全部避けてから椅子に座ると、二人は目を見開いて驚いていた。
「ちょっと、なんで罠の位置までわかるのよ」
「ママ、転生者って凄いね」
これは転生者特有の能力ではなく、僕が選んだスキルなのだけれど、二人が驚いているのだからもう少し隠しておいた方がいいだろう。
「じゃあ、あなたがここに来た目的を教えてもらえるかしら?」
「特にここに来た目的は無いんですけど、僕は魔王を倒さないといけないんです」
「魔王を倒してどうするの?」
「倒したら元の世界に戻れるみたいなんですけど、今まで数多くの魔王を倒してきたのにまだ戻れないんで、最近では目的を見失いがちなんですよね」
「その気持ちはわかるわ。私は目標事態は無いんだけど、可愛い男の子を従えるのが無上の喜びなのよね」
「ママの人柄とかで従えてるんじゃなくて、魔法だけどね」
「マヤちゃんは余計な事言わなくていいのよ。それにね、私が従えているのは私を討伐しに来た男の子たちなのよ」
「ママってこの国じゃその首に賞金がかかっているもんね。王子様を誘拐した罪だっけ?」
「私が初めて従えたのがその王子なんだけど、今ではもう初老だからね。若い子がいいわって気持ちになっちゃうのも仕方ないわよ」
「賞金もそれなりだし、賞金稼ぎが集まる町も徒歩圏内だから頻繁にここにきてるんだけど、男の子は全員ママの魔法で奴隷にされているんだよ」
奴隷という言葉は意外だったけれど、賞金を稼ぐような連中は冒険者が多いのではないだろうか?
「あの、その賞金稼ぎって冒険者ですよね?」
「この世界で賞金を稼いで暮らしているのは冒険者だと思うわよ」
「それって、転生者も何人かいたんじゃないですかね?」
「いないと思うわよ。だって、魔法が効かなかったのはあなたが初めてだったんだから」
「転生者って言っても色々いまして、僕みたいに魔法が効かないのがいると思えば、どんな魔法でも効いてしまうようなのもいますよ」
「あら、それなら、奴隷部屋に行って転生者がいないか見てきてもらえるかしら?」
「見た目ではわからないから無理だと思いますよ」
その後はなぜかお互いが今まで体験してきたことや、美味しかった食べ物の話などをしていた。
僕最初に感じていた嫌悪感はもうないのだけれど、この人が色々な人を魔法で従えているのは放置してもいいのだろうか?
きっと良くない事なんだろうとは思うけれど、僕はそれを無視していく事に決めた。
「お兄さんが探している人ってさ、この世界にはいないと思うけど、他の世界には本当にいるのかな?」
「いると思うけど、どうしてかな?」
「私は仲良くなった相手の事がわかるんだけど、お兄さんの話に出てくるサクラって人なんだけどさ。名前は出てくるんだけど、姿が一切浮かんでこないんだよね」
「それは君が会った事無いからでしょ?」
「でも、リンネとか光の柱の中にいる人とかアリスとかって人の姿は見えるよ」
僕はアリスの話はしたけれど、リンネの事は何も言っていないのでマヤさんが言っている事は間違っていないのだろう。
でも、サクラの姿が見えないってのはどうしてなんだろう?
あれ、僕もサクラの顔が思い出せなくなっているのはどうしてだろう。
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