第31話 学校生活

 咲太が視線に晒されながら出勤をしていた時。


 紗奈もとある場所に向かっていた。

 彼女の今日の装いは、白いブラウスに薄茶色を基調にしたベストを纏い、その上に紺のブレーザを羽織っている。そして、ベストと同じ色のスカートは歩く度に左右に軽く揺られていた。


 それが紗奈の通っている、公立曙橋高等学校の制服だ。

 そう、彼女の向かう先は学校だ。


 紗奈がなぜ学校に通っているのか?


 それは、この体の元の持ち主の事を調べたところ年齢は十六歳であった事と、「高校と大学は行った方がいい」という美也子さんの薦めで高校に通う事にしたからだ。


 紗奈自身、勉強は好きだし、あっちの世界で死ぬ間際、キャンパスライフを送ってみたかったと切実に思っていたのだから、二つ返事で高校に編入した。


 高校に編入して二ヶ月が過ぎた現在。

 紗奈は未だに注目を浴びていた。


 紗奈の顔は恐ろしく整っており、美少女というカテゴリーに当てはまるだろう。

 それに付け加えて、制服の上からでも十分に分かるほどのスタイルの良さ。

 編入試験を全教科満点という、学校史上初の快挙を成し遂げる程の学力と元戦闘奴隷時代に培ってきた抜群の運動神経。

 そして、裏表のないハッキリとした性格。


 紗奈は男女問わず憧れの的となっていた。


 その実、編入から二ヶ月で男女問わず十回以上告白されている。

 その全てを「もう決まった相手がいますので」と言って断っているのだが、紗奈は少し悩んでいた。


(サクはアタシの事を好きなのでしょうか? お嫁さんにしてくれるのでしょうか?)


 紗奈がそう思うのも仕方がない。

 咲太と再会して一ヶ月、会うのは六課の活動時のみ。

 未だにデートの一つもしていない。デートとかお嫁さん云々の前に、まだちゃんと付き合ってさえいない。


(はぁ……。あの時の彼の返事は、同情からきたものだったのでしょうか)




「紗奈、おはよう」


 私は聞き覚えのある声に振り返ります。


「あ、中野さん。おはようございます」


 彼女はクラスメートの中野亜希子さんです。

 転入性であるアタシに何かと気を使ってくれる良い人です。


 挨拶を交わしたアタシと中野さんは肩を並べて校門に向かって歩きだします。


 聞くところによると彼女は一年生の時は、クラスのムードメーカーの様な存在だったと聞きますが、今はそれが嘘の様にいつも暗い表情をしています。


 他のクラスメートに聞いた話によると、当時同じクラスの男子生徒に告白されて断ったら襲われかけたとか……全くもって許せない輩と思っていましたが、中野さんはは襲われてなどいないと言っているので、その真意は定かではありません。


 因みに、その男子生徒はつい最近別れた中野さんの元彼である原君を筆頭にしたクラスメート達から虐めを受け現在不登校だとか……。

 

「もう学校はなれた?」

「はい、お陰様で」

「紗奈は凄いよね……」

「何がですか?」

「勉強も運動もできて、美人でスタイルいいし。性格もいい。天は二物を与えずというけど、紗奈を見ているとあてにならないよね。ふふふ」

「買い被り過ぎです。万が一中野さんの言うとおり、アタシがその様な超人に見えるのなら、それは天から授かったのではなく、自分で努力して手に入れたものです。天はアタシに少なくとも人並以上のモノは何も与えてくれませんでしたから」


 アタシは親に捨てられた孤児なのだから……。


「そっか、ごめんね。紗奈の頑張りを無視した発言だったね」

「だから、中野さんも頑張ってください。人間努力すれば大抵の事は乗り越えられます」

「……うん」


 その後は会話を交わす事なく、アタシ達は校門を潜り抜け校舎に入りました。


 校舎の下駄箱の前で上履きに履き替えたアタシ達の前に、数名の男子生徒が待ち構えていました。


 中野さんは、アタシの手を引っ張り彼らの横を足早に通り過ぎようとしましたが、男子生徒の一人に肩を掴まれ、阻まれます。中野さんの元彼の原君です。


「待てよ、亜希子!」


 原君は、怒気の混じった声で中野さんを呼び止めます。


「やめて……原君。私達はもう終わった筈だよ……」


 中野さんは、悲痛な顔でそう答えました。


「ふざけんなよ! 何でアイツのせいで俺とお前が別れなくちゃいけないんだよ!」

「それは、原君が一番良く分かってる筈だよ……。もう離して……」

「嫌だ! ぜってー離さねぇッ!」

「イタっ!」


 ヒートアップしている原君の中野さんの肩を掴む手が強くなっている様で、中野さんはかなり痛がっています。


「手を放してください!」


 アタシは、声を張り上げて中野さんの肩を掴んでいる原君の右手を叩きます。


「イテッ! てめぇ何しやがる!」

「何しやがるじゃありません! 中野さん、痛がっていたじゃないですか!」

「うるせぇッ! てめぇには関係ねーだろ!ちょっと人気があるからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

「調子に何て乗っていません! アタシは中野さんが困っているから言ってるんです!」


 アタシと原君が声を荒げている事で、ざわざわと周辺が騒々しくなり、野次馬が集まってきます。


「クソっ! てめぇ、覚えてろよ! いくぞ!」


 そんな状況にマズイと思ったのか、原君は悪態をつきながら取り巻き達を引き連れてその場から離れました。


「大丈夫ですか?」

「うん、ごめんね、巻き込んじゃった……」


 中野さんは、握られていた肩をさすりながらアタシに謝罪してきました。


「アタシが好きで首を突っ込んだだけです。中野さんが謝る必要はありません」

「うん……でも、ううん、ありがとう紗奈」

「さぁ、教室に行きましょう」


 今度はアタシが中野さんの手を引き、教室へと向かいました。


 教室につき、アタシは自分の席にかばんを置き、中野さんの席に行きます。


「ホームルームまでまだ時間があります。何があったか真実を教えてくれますか?」

「うん……」


 一年生の終わり頃、田宮君というクラスメートに告白されて、付き合っている人がいるから断った。という所まではアタシの知っている情報でした。


 ただ、田宮君が中野さんに襲い掛かったというのは事実無根で、原君が間違った噂を流してクラス全体で田宮君を虐めたという事です。


「私は、違うって何度も誤解を解こうとしたんだけど……誰も私の言葉に耳を向けてくれなくて……」


「それで、田宮君は不登校になったと……」


 みんな楽しくなってしまって、事実なんてどうでも良くなったのでしょう。酷い人達……。

 アタシは、その事実に憤りを感じました。


「うん、私の所為で……。そんな私に田宮君はありがとうって……。それで嫌気がさして原君とも別れたの」


 中野さんの瞳には涙が溜まっていました。


「中野さんの所為ではありません。あなたは何も悪くない!」


「でも……」


「でもじゃありません。悪いのは原君とそれに乗っかった愚かなクラスメート達です。もう一度言います、中野さんは悪くありません。だから、田宮君も中野さんに対して恨み言を吐かず、ありがとうと言ったのではありませんか!」


 アタシの言っている事は間違ってない。


「中野さん、アタシを頼って下さい。アタシはあなたの味方です」

「紗奈……ありがとう……」


 キーンコーンカーンコーン♪


「始業ベルなったので、戻ります。絶対一人で抱えないでください」

「うん! 今は弱い私だから、紗奈を頼らせてほしい」

「もちろんです!」


 中野さんの表情に活気が戻ったのをみて、アタシは席につきました。

 席に着いたとたんスマホのバイブがなり液晶を覗くと『鈴さんから弁当あずかったけど、どうしたらいい?』と言うサクからのFINEが入っていました。


 おかしいですね……今日の授業は午前中だけなので、お弁当はいらないと伝えたはずですが……。


 そんな事を考えながら、鈴さんが間違える訳ないのに……と一瞬不審に思いましたが、サクが来てくれると言うので、脳内は薔薇色にかわりました。


 アタシは、『十二時に校門の前で待っていてください』と返信をしました。

 すると、すぐに『了解』と簡単な返事が帰ってきました。


 たったその二文字で先まで憤っていた、アタシの心は晴れるようにすこやかになりました。


 アタシは、自分の中でサクがいかに大きい役割をしているのかを再認識せざるをえませんでした。


「ふふふ。折角なので今日はサクに甘えましょう」


 アタシは、ホームルームでの担任の連絡事項など全然耳に入らず、今日の放課後の事で頭が一杯になりました。

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