第10話 依頼を積み上げること

 朝一番を逃したからか、依頼板の前にほとんど人はいなかった。

 依頼板は依頼の種類やランクに分けられているようだ。中には依頼用紙が一枚もなくなっている依頼板もある。

 そこが人気のエリアなのだろう。

 あとは討伐系もなくなるのが早い。実入りのよい仕事ほど早くになくなるのは当然か。

 俺としては最初は軽いやつとか街の外に出ないやつで良いかなと思っている。登録初日なのだ、いきなり大物を取りに行くこともないだろう。

「ん、こっちはやけに余ってるな。報酬が安いからか?」

「どれ?」

 依頼板が高いので必然的に背伸びするアリシアは必死に依頼板を見上げる。

「これ」

 一番端にある依頼板には所せましと依頼用紙が張ってある。他の依頼用紙と比べると報酬の値段が低い。

「んー? えっと」

「抱えるか?」

「やめて、恥ずかしい」

「見えないだろ」

「じゃあ読んで。読む練習」

「はいはい。えーっと、庭先の掃除? 月明草の採取、下水道掃除、井戸の補修、道路の整備、壁の張替え?」

「雑用ね。ハンターギルドは探索者ギルドと違って便利屋みたいな扱いだから、そういうのもあるみたいね」

「魔道具屋の手伝いとかもあるぞ。ほとんど売れ残り状態だなこりゃ。これとかいつ張られたんだよってレベルだ」

「簡単だけど、報酬は低いし辺境だとあまりやる人はいないみたいね」

 ちょうどいい、今日はこの辺のやつをやるのはどうだろうか。

 ラノベとかでよくある展開だ。こういう雑用依頼を受けた先でヒロインと出会うとか重要アイテムを手に入れたりとか、そういうイベントが起こる系のやつだ。

「私は哲也に従うわ。どのみち、私は戦えないからこういう仕事をすることになるんだろうし」

『魔法機関が使えないとこの国では生きていくのが厳しいですからね』

 アリシアは誰もが使えるはずの魔法機関が使えない。異世界人の俺でも使えるはずのものが使えないのだ。

「そういえば、聞いていいのかわからないから聞いてなかったんだけど、どうして魔法機関使えないんだ?」

「ないのよ」

「ない?」

「魔法機関を使うために必要な炉心がね」

「炉心……」

 つーっとアリシアの指が俺の心臓を指さす。

「そこにあるものが私にはない」

「けど、ないものなんて」

 アリシアの体をスキャンしても何も問題はない。少なくともおかしなものもなければ、足りないものもないはずなのだ。

『この世界の人間は、いえ、この世界に入った人間もですが、全て心臓に折り重なるように魔力の炉心を持つのです』

 答えはシーズナルがくれた。

 つつーっと俺の身体をなぞるように心臓の位置を指し示す。

「あるのよ。これと同じなのよ」

 そういってアリシアはサンドイッチを取りだした。

「このサンドイッチが心臓。で、心臓の中にはいくつかの層がある。サンドイッチみたいに。魔力炉心はこの真ん中。私たちの魂の層。根源とも呼ぶ位階にあるの」

 レイヤーが違う場所に置いてるのだと、俺は理解した。心臓という絵を描いたときに、下のレイヤーに魔力炉心が置いてある。

 彼女の場合それがない。だから、魔力を必要とする魔法機関は使えない。

「私以外に、そういうの聞いたことないから、なんでなんでしょうね。さあ、気にせずに選びましょ」

「そうか。そうだな……」

 とりあえず軽くこの雑用依頼から始めるとしよう。

「おいおい、新入り、雑用依頼か? そんなもんより魔獣だよ魔獣」

「そうだぜぇ、金入りがいいしなー」

「「だはっはは」」

 昼間っから飲んでいるハンターがそんなことを言ってくる。

 まったく飲みすぎではないだろうか。

 だが、俺は気にせず雑用依頼を選ぶ。なぜならば、今日はもう街の外に出る気がない。

 まだ昨日この来たばかりで、何も知らないのだ。この辺の情報を集めつつ街を見て回るのに都合が良い。

「んじゃ、これとこれくらいにしておくか」

「それなら、あれもじゃない?」

「ああ、良いな」

 三つ四つほど依頼を見繕い受付に持っていく。

「待っていましたのです」

 待ち構えているのはリズベットだ。

「おまえは俺たちの担当なのか?」

「担当制度などないのです。偶然なのです」

 ――なら先ほど走って逃げて行った男はなんなのだろうな。

 真面目に仕事さえしてくれれば問題ないが、話が脱線するのは間違いない。

「とりあえずこれを受けたいんだけど」

「雑用依頼なのですか、討伐依頼でも良いと思うのです。アリシアちゃんはお留守番させて」

「良いんだよ。昨日来て、家探して駆け回ったくらいで街をよく見てなかったからな」

「なるほど……たまりにたまった依頼を消化してくれるのです。文句は言わないのです」

「そうだ。それだ。溜まってる依頼。だれか片づけたりしないのか?」

「討伐は緊急性があるのならこちらで斡旋するのです。雑用は、特に期限が決まっていなければそのまま。期限があるものは掲載期間が終われば職員が対応するのです。安い仕事は誰にも好まれないのです」

「ま、そうだろうな。わかった」

「受理したのです。行ってくるのです」

 リズベットに見送られてギルドを出る。

 ――仕事だけしていれば特に問題はないのになあ。

「さて仕事だ。俺まだ高校生なのに定職に就くなんてなぁ」

「世の中そんなものよ。さあ、行きましょ。最初の依頼は?」

「城壁の補修だな――」


 ●


 運河を使い山脈の麓から運ばれてくる石材を積み下ろす。

 それを工事現場まで運ぶ。

 石材を指定された通りに加工し、並べていく。

 後の仕上げは職人に任せる。仕上げには特殊な樹液から精製した薬剤を塗る。

「ふぅ」

「おう、兄ちゃん力持ちだなぁ。よそ者なのにやるじゃねえか」

「まあな」

「おう、こっちの石材も運んじまってくれ」

「はいよー」

 ドワーフ族の大工たちが太い腕で切り出した石材を俺の方に寄越してくる。それを抱えて俺はあっちへ行ったりこっちへ行ったり。

「哲也ー、こっちよ」

「おう」

 アリシアが待っていた場所に石材を置いて仕上げは彼女に任せる。

 小柄な体躯はドワーフ族の矮躯に合わせた工事現場では非常に良く作用した。くみ上げられた櫓に昇り、薬剤を塗っていく。

「いやぁ、現場に娘さんがいると華やいでいいねぇ」

「そうだなぁ」

「おい、兄ちゃん次だぜー、どんどん運んでくれやー」

「はーい」

 魔導サイボーグは疲れ知らずだ。ドワーフたちが四人で運ぶような石材を一人で運べる。

 最初は手加減しようと思ったが、それで仕事が遅れるのは何かが違う。だったら魔法機関の効果と称して怪力を出した方がいい。

 その方が後で力を出した時にも面倒くさい説明をしなくて済む。

「おっしゃ、早いが今日の分は終わりだな。休憩だー! 昼飯食っちまえ!」

「よっしゃぁ!」

「待ってたぜ」

「ようやく飲めるわ」

 親方の言葉でドワーフたちが休憩に入る。

 あたりに漂いだすのは強い酒精の匂いだ。火が付きそうなほどのアルコールの匂いがツンと匂ってくる。

「昼間から酒か」

『ドワーフ族は器用で陽気で酒好きな種族です。彼らの生活に酒はかかせません』

「流石ドワーフ」

「はぁ、疲れたわ。哲也、私たちもお昼にしましょう?」

「そうだな」

「はい、お弁当よ」

「お、サンドイッチか。いただきます」

 黒く硬いパンであるが、魔導サイボーグのあごには関係なし。関係なしに味がわかる。

 挟まれた魔獣肉は、淡泊なチキンのようでさっぱりしている。そこにチーズが良い味を乗せてくれてハーモニーを奏でている。

 葉の野菜はしゃっきりとはいいがたいが、別の食感を与えることで飽きないし、見栄え的にもグッドなサンドイッチだった。

 晴れ渡った空のした、働きながら食べる食事というのは思いのほか良いものだった。

 アルバイトとかしたことなかったから、こういう感覚は新鮮だ。異世界の空も元の世界の空も大きく違いはない。

「元世界か」

「……帰りたい?」

「そりゃな。帰れるなら帰りたいけど、俺は帰れないだろ」

 魔導サイボーグなんてものが元の世界に戻ったらどうなることか。

 良くて監禁。悪くて解体されて調べられたりとかするに違いない。

「……ごめんなさい」

「ま、悪いことばかりじゃないから。良いんだよ。それよりサンドイッチうまかったぞ。今度はタマゴサンド作ってくれ」

「うん、作る。おいしいの期待してなさい」

「おう。さてと」

 所定の仕事は終えたが、依頼完了の時間まではあと1時間くらい働く必要がある。

「んじゃ、もう一踏ん張りだ――」

 それからも親方について仕事をした。

「いい仕事だったぜ。よそ者が来たときはどうしてやろうかと思ったが、兄ちゃんのおかげで数倍早く終わりやがった。やるじゃねえか兄ちゃん」

「アリシアちゃんも可愛いしなー」

「おう、また来いよー」

「んじゃ、これが証明の銀だ。こいつを受付に渡したら報酬が支払われる。あんがとよ。助かったぜ」


 ●


「そこにある箱を動かしたら、次はそっち。で、こっちのやつをちょっとだけ動かしたらそこから円を描くようにして、こっちの丸いのをそこに」

 神経質そうな手つきで眼鏡の錬金術師が触媒の骨やらなんやらを動かしていく。

 一通り見せたらアリシアにどうぞと手を差し出す。

「箱を動かして、これをこっち。そっちのやつをこれだけ動かしたら、円を描くようにして丸いのをこう」

 アリシアはそれを完璧にこなす。

「そうそう上手。こういう仕事やったことあるのかい?」

「似たような仕事を前にしていたもので」

「良いね。君のような助手が来てくれて助かるよ。あちらの彼は良いんだけど、遊びがないんだよねぇ」

「どうもすみませんね」

 次の仕事は錬金術師の助手だ。

 触媒を動かしたり、時間通りにかき混ぜたりなど本当に雑用だ。普通に人を雇った方が良いんじゃないかと思うレベルの雑用だ。

 俺は魔導サイボーグだから、そういうマニュアル通りというのは得意である。それこそアンドロイドやゴーレムに通じる仕事だからだ。

 だが、先にやって見せたところ錬金術師殿には不評だったらしい。

「錬金術は条件によって微妙に変えなきゃいけないからね。温度、湿度、体温、全部関わってくるから、マニュアル通りにはいかないのよ」

「さいで」

『本気になればやれるでしょう、このダメマスター』

 ――ここぞとばかりに出てきて罵倒してくるのやめてくれないかな……終いには泣いちゃうぞ。

『この程度で泣くとはマスターも程度が知れます』

「はぁ」

 そう罵倒されながらアリシアの仕事っぷりを見る。

 魔導科学の研究者をやっていたのだから、細かい調合や作業は得意らしい。

 錬金術師の青年も非常に助かっているようだった。

 あれこれとわけのわからない指示が飛ぶが、それを理解して、なおかつ最適に調整している。

 確かに彼女は優秀だったのだろう。あの研究施設で主任をしていただけはある。

「…………」

 その優秀さがなければ俺はこうはならなかったのかもしれない。

「駄目だなったく」

 この話は終わりと言っておいて自分がまだ引きずっているようではまだまだだろう。

「しかし、魔導科学があるのに錬金術もあるんだな」

『記憶領域を照合。マスターの世界では錬金術は科学の前進でしたか』

「ここでは違うのか?」

『ここでは精霊が力を貸したうえでのものですので、完全に別物です』

「シーズナルみたいなのが手を貸してるのか?」

『肯定。精霊が力を使い、数多の自然現象を再現する。それが錬金術です。ただそれほど力が強くないため、目で見ることはできませんが』

「なるほど」

 ただ、なるほど、とは言ったが、それほど納得というか理解はしていない。

 風化、浸食、発酵、腐敗。そういうものを精霊の力を使いその場で瞬時に行うということらしいが、よくはわからない。

 とりあえずそういうものだと思っておくことにする。

「次も頼んでいいかな?」

「ええ良いわよ」

 それからしばらく手伝いをして。

「ありがとう。僕もよそ者でね。辺境じゃ慣れるまで苦労するし、馴染むまで大変だろうけど頑張ってくれ。またなにかあればよろしく頼むよ」

 と証明の銀をもらった。

「辺境の外からきているやつもいるんだな」

「錬金術師は辺境の方が過ごしやすいからね。さあ、次に行きましょ」

「ああ、次は――」


 ●


「そっち行ったぞ兄ちゃん!!」

「おう!」

 轟音を上げて砂煙を上げて走ってくるのは山だった。

 山のような羊だった。

 もしくは羊のような山なのでは? とも思えるような巨大な羊だった。

 山脈羊というらしい。文字通り、並んで座っている姿が山脈のように見えるからつけられた名前だ。

「シーズナル!」

『はい、マスター』

 これを逃がさないように追い立てて大人しくさせるのが次の仕事だ。

 普通なら逃げ出してしまいそうになるが、こちらにはシーズナルがいる。風の力を使い、山脈羊を誘導し押さえつける。

 吹きすさぶ風は何よりも強い力で山脈羊たちを押しとどめて毛刈り用の柵の中へと押し込んでいく。

「流石シーズナル」

『これくらいは朝飯前です』

「おお、やるな兄ちゃん」

「どうも」

 追い立てて来た牧場の人と話しながら俺も毛刈りの柵の方へ向かう。

「これはすごいな」

 俺たち行く頃には女衆が総出で毛刈りをしている。山のように大きかった山脈羊のあの質量はほとんど毛だということらしい。

 もう毛の海だ。

「道理であんなに早く動けるわけだ」

 ドドドドと滅茶苦茶音を鳴らしてトラックみたいに迫ってこれたのはこれが理由であるらしい。

「しかし、アリシアはどこだ」

 スキャニングする。

「いた、埋まってやがる。ほれ、大丈夫か?」

「ぷはぁ――本気で死ぬかと思った」

「お嬢ちゃんは小さいからねぇ、毛に埋まっちゃうからあっちでおばさんと料理の手伝いをして頂戴」

「わかりました」

「よーし、兄ちゃん次行くぞー」

「わかりましたー」

 毛刈りは順調に済んだ。

 この大量の毛が様々なものに加工されるのだろう。

「いやぁ、助かったよ。ありがとうね」

「最初来たときはよそ者だと思ったが、良い働きだった。もしまた来てくれるんなら頼むよ、女房のスープ、また食って行ってくれ」

「ああ、ありがとう。本当においしかったよ」

「レシピまでありがとうございました」

「そいつは辺境の女じゃ、誰でも作れるスープのレシピさ。他にも教えておいたから、旦那は期待しておくんだよ」

「だから、旦那じゃないんだが」

「がっはっはっはっは、照れるな照れるな!」

 バシバシ背中を叩かれ、そのまま彼らは毛の処理があるからと納屋の方へ行ってしまった。

「はぁ、疲れたわ」

「二度も毛でおぼれかけたらなぁ。これで今日は終わりだな。それじゃ、帰るか」

「そうね。ご飯も頂いてしまったし、お風呂に入って帰りましょうか」

「お、良いねぇ」

 お風呂、それがないと一日の終わりって感じがしなかったからなぁ。

「場所はわかるのか?」

「もちろん。今日一日、依頼で歩き回ったからね」

「流石、主任」

「もう、やめて」

「はは。んじゃ、行こうぜ」

「ええ」

 今日最後のイベントはお風呂だ――。


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