ポルノ・スター

@nightfly

第1話

 「何処行くんだ?」

 AV女優の楓イブは言った。

 「図書館」

 相葉エイジはイブの大きな瞳に一瞬目を奪われたがすぐに目を逸らして答えた。

 「図書館で何すんだ?」

 「勉強だよ」

 イブは訝しげな顔をして「何で」とエイジの顔を覗き込む。エイジは「大検取るため」と短く答えた。

 「大検って何だ?」

 「高校の卒業資格だよ」エイジは小声になった。

 「取ってどうすんだ? 」

 「ジャンパーに乗りたいんだよ」

 「ジャンパー? 服か?」

 「ちげーよ。機動砲兵。これだ」エイジはスマホを取り出してイブに見せた。待ち受け画面には灰色の人型ロボットが写っている。

 「何だそれ。ゲームか?」

 「ちげーよ。陸上自衛隊のハチハチ式起動砲兵だ」

 イブはスマホを奪い取るとあっさりとロック画面を解除していじりはじめた。

 「貸すとは言ってねー」エイジは慌てた。

 イブは肘でスマホを奪われまいと器用にエイジの手を防御しながら「ふーん。一人乗りか。身長三メートル。以外と小せーのな」とどこかの解説サイトを見ながら呟く。

 「だから効率がいいんだ」エイジは取り返すことをあきらめる。

 「バネと人工筋肉の力で最大10000メートル上空までジャンプ。そこから専用の大型狙撃銃で三十キロ先の目標を攻撃。再び地上に着地。降下及び着地の際の運動エネルギーを電気に変換して充電を行い再度ジャンプに使うと……」

 「アメリカ、フランス、ロシアに次いで、日本が実戦配備した次世代兵器なんだぜ」

 「ふ-ん。なんでそんモンに乗りたいんだよ?」

 「ロボットは理屈しゃねぇんだ。機動戦士ガンダムだよ! 装甲騎兵ボトムズだ! ……そこにロボットがあったら乗り込むのが男だ」

 「あははは。何だそりゃ」イブは笑い出した。

 エイジはイブの隣の女がエイジを睨んでいるのに気づいた。「少し抑えろ」とイブに耳打ちした。

 「は? 何? 何を押さえるって? 」イブはエイジの視線に気付いて、隣に座っている女に目を向けながら言った。「ああ、これか?」と言ってイブは自分の胸を両手で掴んだ。

 「何やってんだよ! 」エイジも大声を出す。

 「押さえてんだ。やっぱデカすぎんだよな? コレ。嫉妬受けてンだろ。デカすぎだから。胸の無い女から」

 周囲から失笑が聞こえた。

 「違う。声だ。こえ。小さな声で喋ることを”抑える”って言うんだよ」

 イブは少し考えてから「”声量を抑える”って意味か?」と申し訳なさそう言った。

 「そうだ」エイジは目を閉じて答えた。周囲からの注目が恥ずかしかった。

 「にしても、おまえらの言語はいっつも主語は省略すんだな。”推して知るべし”……。テレパシーの一種というわけか……」イブは小さな声でブツブツと言った。

 「で、何でだ?」イブの声がまた大きくなった。

 「電車ン中だろ」エイジはイブが言い終わらないうちに答えた。

 「どういうことだ? 」

 「迷惑だろ? 他のお客さんに」

 「迷惑? 声が?」

 「そうだよ。 声がでけぇと迷惑だろ」エイジの声が大きくなる。

 「だから、どういうことだよ!? 電車乗る前のコンビニん中じゃ普通に喋ってたろ。全然分からん!!」イブも負けじと声量を上げる。

 エイジは自分の怒った顔の前に指を立てて「シーーーーッ!!!」と声を張り上げる。

 「あはははは! なんだそれ! 怒りの鳴き声か?」イブは目に涙を浮かべて大笑いしている。

 「シーーーーーーーーッ!!!! 静まれ!! 」エイジの声は大声になっていた。

 突然、エイジは頭に衝撃を覚えた。

 いつの前にか目の前に薄緑色の作業服を着た若い男が立っている。

 「うるせんだよ!」男が言った。

 エイジはこの男に頭をはたかれたらしい事が分かった、同時にこの男が何者であるかも分かった。

 「寺西……センパイ。……コンチワース」エイジは頭を下げた。

 「電車ン中でうるせンだよ。 バーカ」寺西はエイジを睨むと「何処行くんだヨ?」続けたが視線はイブの方を向いていた。

 「可児の図書館です」

 「いいねぇ、ニートは気楽でよ」寺西はイブを凝視してから「おまえの女か?」とエイジを睨んで言った。

 「はぁ、まぁ」

 「可愛いじゃねぇか……? ええ?」エイジは寺西がイラつきだしたのが分かった。寺西の鼻をあかすことができてエイジは少しうれしかった。

 「でも、何か…どっかで? 見たことが」寺西は首をかしげた。

 「ああ、よくこいつ女優に似てるって……」エイジは慌てた。

 「分かった! 楓イブじゃねぇ! AVの! ゼッテーそう! ゼッテー! そうだろ?」寺西はハイテンションでエイジに尋ねた。

 うかつだった。エイジは後悔した

 「……はぁ………まぁ」

 「何でイブちゃんがこんなトコにいんだよ!! ええ!!」

 寺西の声で周囲の人間がみんなエイジ達に注目していた。

 「昨日からエイジさんのお姉さんが勤めているお店に営業で来てるんですよ」イブは微笑みながら小声で言った。

 寺西は緩んだ顔をエイジに向けた。「おまえの姉ちゃんって何やってんだ? AV女優が営業に来るってことは、ビデオ屋かパチ屋か……まさか風俗? 」

 「……キャバクラに」

 「キャバ? どこよ? 」

 「……マーベラス」

 「ああ、和知の三叉路のトコだろ。でイブちゃんが来たっての? すげぇなマーベラス!」

 エイジはため息をついた。これじゃ姉さんに迷惑が掛かる。だがイブが咄嗟についた嘘以外に、楓イブが隣にいる理由を説明できそうにもない。

 「オレめちゃくちゃファンなんだぜ、イブちゃんの動画は全部もってる。オムニバスも持ってるし、本田さくら名義の時んヤツも持ってんだぜ」

 「……キモ」エイジは思わず本音を漏らした。

 エイジの腹に蹴りが飛んできた。隣に座っていた女が小さな悲鳴を上げる。

 「舐めてんなよ! ワビとしてイブちゃんとデートさせろ!! 」

 「いいよ。何時にする?」イブは何事も無いように明るく言う。

 「金曜がいいな。 オレの仕事終わりでどう?」とイブの方を向いてニヤついた。

 エイジは「待て……」とやっとのことで呻くが、腹に蹴りを入れたままで上手く呼吸ができない。おまけに寺西の足を引き抜くとこも立ち上がることもできない。自分が情けなくて泣きたくなった。

 寺西はエイジの腹に収まっている足にさらに力を込めてエイジを睨んだ。

 「太田ボウルの駐車場に10時! ぜってー連れてこい。ブッチしたらおまえを殺す! 遅れても殺す! わあったかぁ!!」

 「……っはぁ」

 「はぁって何?」

 エイジの顔面にパンチが入った。

 「イブちゃん連れて来たらおまえは帰れよ」

 『明智ー。明智ー』車掌のアナウンスを聞くとやっとのことで寺西は駅で降りた。

 エイジは鼻血を拭うとイブを見た。

 イブはエイジに顔を近づけてきて、エイジの鼻をぺろりと舐めた。

 「何すんだよ!! 」

 「どんな味かなと」

 「宇宙人かよ」

 「そうだよ」イブは真顔でそう言った。

 そう、イブは宇宙人だ。それは文字通りの意味で。

 エイジがイブと出会ったのは一昨日の夜のことだった。

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