鋼鉄のルガーと亜麻色のリモナーダ ~マレク湾艦隊戦~

@nightfly

第1話

 オストラス山は高い山だった。

 オストラス山は金の産出で有名なマレク王国とエルフ達の国エルフガルドの丁度国境にあった。

 かつてドワーフ達はこの山の内部を長い年月をかけてくり抜き、そこに巨大な都市を造り上げた。

 都市は縦に何十層もの遺跡が積み重なり、それが横に延々数十キロ以上も広がる途方も無い大きさだ。ドワーフ達は七百年前に突然この巨大都市を捨て、別の場所に国を移した。引っ越し先はドール半島というオストラス山から約六千キロも離れた場所だった。

 どうやってオストラス山からドール半島へ移住したのか。そして何故移住する必要があったのか。それは民族学上の謎として残った。

 

 「くそったれ!眩しすぎる!やっぱり夕方まで待とうぜ。リモ」

 ルガーは左手の義手で目を覆った。オストラス山の中は眩しいくらいに明るかった。山の内部をくり抜いて造られた事が信じられない程広大な空間。そこに真っ白な陶器のような素材で作られた街が広がっていた。

 建物はもちろん道路や広場などの地面全ても陶器のような白色の素材で出来ていた。その白い奇妙な街の空-つまり天井の岩肌に開けられた大穴から陽の光が差し込んでいた。陽の光は全てが白色で出来た街の中を乱反射して、ルガーの目に突き刺さった。

 頑丈そうな体から突き出た鋼鉄製の義手を目の上で庇のようした。義手はまるで神経が通っているかのように指先まで滑らかに動いた。

 (だめだよ。事は一刻を争うんだ)

 リモは喋るときに唇を動かさない。子供の頃の事件が原因で声が出なくなったのだ。そのため相手の頭に直接喋り掛けるテレフォノという魔法を使って会話する。

 「おまえは良いよ。そのメガネのおかげで眩しくないんだろ?何でオレの分も作ってくれないんだ?」

 (僕の瞳は青色だから日差しに弱いんだ。君の瞳は黒色だからこのメガネをする必要はないよ)

 リモは煤で着色したガラスをはめ込んだメガネを掛けていた。

 「にしても眩しすぎる。目が痛くなってきやがった。でも何で白色なんだ?くそっ!」

 (冗談でやれるような事じゃない。理由があると思うよ。あっ、あれ?」

 リモとルガーは道の真ん中で立ち止まった。この街の建造物は五階以上の立方体のような建物ばかりだった。その立方体群の合間に巨大な卵のような建物が見えた。

 「そうだ。あれがドラゴンの巣だ。あれをねぐらにしてやがる」

 (変わった形の建物だね。この街の建物は世界中のどこにも無い建築様式だけど、その中でもひと際変わってる)

 「中も相当変わってるぞ。何しろ四万人分の座席が広場を囲んでるんだぜ。何に使ってたのやら。でその広場にドラゴン様がいらっしゃるって寸法だ」

 (楽しみ!)

 リモは腰まである美しい亜麻色の髪を揺らしながら先を歩き出した。背中に背負っている小ぶりな樽がたぷんと音を立てた。ルガーの背中には背負子の上に山のように荷物が積まれていた。


 ルガーとリモは卵のような建物に入るところだった。

 (中は暑いね)

 「眩しさから解放されたら、今度は暑さかよ、ホント勘弁だぜ。ノールのサウナみてぇな熱さだ」

 建物の中は少し薄暗かった。二人は廊下を進む。

 (この回廊は少しカーブしてる。建物の周りを囲んでるんだろうね。どこかで曲がって中心の広場の方へ行くのかな?)

 「ああ、そうだ。ここだ」

 ルガーとリモの二人の真横に扉の無い大きな出入り口があった。その向こうには薄暗い何も無い空間が広がっているのが見えた。二人は黙ったままその出入り口から広場に入った。

 内部は巨大なドーム状になっていた。天井の三分の一程は崩れていた。全体はすり鉢状の構造で、すり鉢の底が広場になっている。その広場には天井まで届きそうな巨大な黒い塊が鎮座している。リモは一目でドラゴンだと分かった。時折、鼻から吹き出す火花混じりの寝息がドラゴンの顔を不気味に照らしていたからだ。だがあとはどこが翼やら尻尾やらリモには分からなかった。天井の崩れた部分から入ってくる陽の光もドラゴンの巨体で遮られて逆光になっていたからだ。そしてすり鉢の土手部分には無数の椅子が、ドームの天井近くのへり部分まで階段状に並んでいた。

 リモは(すごい)とだけぽつりと言った。

 その時だった。二人目掛けて火球が飛んできた。二人はそれぞれ左右に分かれて横っ飛びして火球を避けた。火球は地面にめり込んで湯気を上げる。ルガーは地面にめり込んだ火球の弾道を読む。地面に対して右斜めから放たれているのが分かった。

 「上だ。リモ!エルフガルドの連中だ」

 (彼らより上を取ろう)

 「急げ!」

 ルガーとリモはすり鉢の土手部分に作りつけられた無数の座席の背もたれの上を階段代わりにして駆け上がっていく。わずが数分で天井近くの座席まで到達すると、ルガーは荷物を降ろして床に伏せる。ルガーは荷物の中から小銃を取り出すと、鉄製のクリップで弾丸を纏めた特殊なカートリッジを銃に込めていた。リモはルガーの荷物からロープを取り出すとベルトに括り付ける。そして自分の背中に背負ったまま樽の栓を捻る。樽から出る水を小さな革袋に入れて手に持った。

 (殺すのはマズイよ。開戦の口実にされる)

 「ああ、ゴム弾だ。気絶させるだけだ。リモ、左周り。全速力だ」

 (また、その手?)

 「仕方ねぇ。敵が何人、どこにいるか分からねぇ。この手しかねぇ」

 (はい、はい。じゃ行くよ!)

 リモは地面を蹴ると座席の間の通路を全力で走り出した。亜麻色の髪が後に流れ、リモの姿はすぐに小さくなった。驚異的な俊足だった。しかも樽を背中に背負ったままだ。リモは既に土手のへりを半周している。

 三発の火球がリモを狙って放たれた。リモは最初の一発を小さくジャンプして避け、もう一発をスライディングで避ける。走る速度は落ちない。だが最期の一発はリモの走る先に置くように放たれていた、革袋を前方に投げる。

 火球に革袋が当たる。火球が激しく燃え上がった。

 (アグア・ソルベッテ!)

 リモが呪文を詠唱すると、火球は一瞬でそのままの形で固まり、床にがちんと音を立てて落ちる。リモが走り去る時に固まった火球を踏む。火球はバラバラになった。リモの魔法で氷に変わったのだ。

 それを見ていたルガーは火球の発射位置を見逃さなかった。

 ガン!ガン!ガン!三発の銃弾が連続してルガーの小銃から放たれた。排出された薬莢が通路に落ちて転がる。

 リモは走りながら、リモよりも少し下の位置の座席の通路に全身白ずくめの男が倒れこむのが見えた。リモはすり鉢を一周し終わりルガーの所まで戻って来ていた。リモはルガーに近づきながテレフォノで話す。

 (一人倒したのを確認)

 「オレからは二人確認できてる。あと一人か?もう一周頼む」

 (なんか奢ってよ)

 リモがルガーの位置から再び走り去った後だった。

 広場を囲む座席から無数の人影が立ち上がった。ルガーはざっと見渡す。少なく見積もっても百人近くはいる。

 「団体で姿を消してやがった!」

 ルガーは腰の革袋から爆弾を取り出す。義手の指をスナップさせて火花を作ると、導火線に点火して放り投げた。

 「リモ!閃光弾だ。飛べ!」

 リモはルガーの声が聞こえると、すぐに急転回した、ベルトに吊り下げていたロープを取り外すと呪文を詠唱。

 (ティロ・ガンチョ!)

 ロープは宙に浮かぶと、まるで生き物のように天井目掛けて斜め上方に飛んでいく。ロープの終端に掴まったリモを乗せたまま、ロープの先は天井に到達する。ロープの先端には鉤がついており天井の梁に掛かった。

 リモの眼下でルガーの投げた爆弾が強烈な光と轟音を響かせた。

 白づくめの男達はしばらく目を抑えていたが、空中でロープに掴まって揺れているリモにすぐに気付いた。あらゆる方向からリモ目掛けて火球が発射された。火球が尾を引いてまるでクモの巣が張られた様だ。リモは天井に掛かった鉤を、呪文で外すと真っ逆さまに落下する。落下することで火球を全て避けたのだ。

 リモが地面に激突する寸前だった。

 (ティロ・ガンチョ!)リモは素早く呪文を詠唱する。鉤付きロープは先ほどより少し離れた位置の天井目掛けてリモを引っ張って飛んでいく。空中でブランコのように揺れるリモを狙って、再び火球の群れが飛んでいく。だがリモの動きがトリッキーすぎてどれも当たらない。

 ルガーは小銃を連射しつつ、座席の上を飛びながら移動する。白づくめの男達はリモに注意を引き付けられており、ルガーに飛んでくる火球は無かった。

 白づくめの男の間を進みながらルガーは誰かを探しているようだった。八発目の弾丸を撃ち終わるとキーンという甲高い音がして薬莢と一緒に弾丸を纏めていたクリップが排莢口から排出された。

 ルガーは銃を捨てると鋼鉄の義手で、自分の進行方向にいる白づくめの男を殴る。キンという金属音がしてから、炸裂音と共に義手の拳が強烈な勢いで数十センチ前方に打ち出される。義手内部の火薬で拳を打ち出すリモ特製の機構だった。

 殴られた白ずくめの男は、周囲の仲間を巻き添えにしながら吹き飛んでいく。義手に付けられた排莢口から薬莢が飛び出すと、ガチャリという音と共に次弾が装填される。そしてまた殴ることができる。

 やがてルガーは一人の太った白づくめの男の襟首を捕まえて階級章を確認すると、鋼鉄の義手をその男の顎先に当てた。

 「お前が一番偉そうだな。顎を砕くぞ。皆を制止しろ!」

 「……分かった……ノンブレ。伝令しろ!早く!」男の頬に汗が垂れた。

 近くにいたノンブレと呼ばれた男は(攻撃中止!全員その場で即時停止!)とルガーにも聞こえるようテレフォノで全員に命令を下した。すると数百人の白づくめの男達が座席のあちこちで直立不動の姿勢となった。

 ルガーは太った男の顎から鋼鉄の拳を降ろした。ノンブレが太った男に駆け寄る。

 「師団長、ご無事ですか?」

 「ふん。見ればわかるだろ。お前の責任だ。ノンブレ!だいたい見張りは何をしてたんだ!マレクの野蛮人共に”ドーム”への侵入を許すとは、何事だ!」

 「野蛮人で悪かったな」ルガーは鋼鉄の義手を師団長と呼ばれた太った男の鼻先に突きつけた。

 「ひっ……」男は後ずさりする。

 後ずさりした男のすぐ側にリモが天井から降り立った。男は小さな叫び声を上げると「野蛮人共には付き合い切れん!」と捨て台詞を吐きながら、走り去った。

 「ルガーさん!まさか生きてたとは!地底湖の底で亡くなったものと思ってました!」ノンブレがルガーに近寄ってくる。

 「ノンブレ。出世したようだな。にしても何だ、あいつは?あれで師団長とは、エルフガルドも大したことねぇな」

 「パーシバル殿は父親が陸軍の大将です。後はご想像にお任せします。それにしても一体どうやってあの地底湖から……」

 ノンブレが止まった。ノンブレはルガーの隣に来たリモを見つめたままだった。

 「おい。どうした?」

 「……ルガーさん、こちらは……?」

 「リモだ。オレの相棒。騎士だ」

 「……なんと……お美しい……。にしても背が高いですね……」

 「お前はホント正直だな。少しは胸の内を隠せ」ルガーは呆れるよう言った。

 (ありがと。でも僕男ですよ)リモは仏頂面でノンブレに言った。

 「えっ?!……それは……残念です。とても……」

 「だから胸の内をさらけ出すな。で、ノンブレ。出世したようだな」

 「……えっ?あっ、はい。ルガーさんのおかげです。大佐逮捕の功績で昇進しました。同期の中じゃ一番の出世です。まぁ同期の殆どは大佐に殺されちゃってますが……」

 「恩を感じるなら教えろ。ドラゴンは何時目覚める?オレ達よりドランゴンには詳しいだろ?」

 「マレクでも気付いてましたか……。我が国の学者達はドラゴンの目覚めが近い事を三年前から予見していました」

 (どういうことです?)リモが口を挟む。

 「リモさん。エルフガルドは定期的にここオストラス山に調査隊を送っています。遺跡とドラゴンの調査は我が国の国家事業なのです。長年続けてきたドラゴンの調査で寝息に混じる火花の量が三年前から増加傾向にあることが分かっています。それに伴いドラゴンの体温が過去最高に低下しています。これは正に目覚めが近いを事を示しています。我が国ではそれらのデータに加えて、過去の"長き眠り"の文献を分析、照合することでドラゴン覚醒の予測日を割り出すことに……」

 (で、何時目覚めるのですか?)

 「リモさん。残念ながら、ドラゴン覚醒の予測日は国家機密ですのでお教えすることはできません」

 (でも、あなた達のような軍隊が来ているということは、覚醒の予測日は極めて近いか、もしかしたら過ぎてるんじゃないですか?)

 ノンブレの頬が紅くなった。

 (それにあんな大声でドラゴンの鳴き声が聞こえたら、誰だって目覚めが近い事くらい分かります。王都でも時折聞こえてます。だから僕たちもマレクから調査に来たんです。それにノンブレさん、遺跡の調査の方は考古学的見地ではありませんよね。オストラス山から海へ抜けるルートの探索が目的でしょう?)

 「そっ・・そ・それもありますが、遺跡そのものの調査も重要な事業です!特にこの”白い街”の研究は調査隊のおかげ急速に進んでいるんですよ」

 (そしてこれが一番重要な事なんですが、ルガーの事を地底湖の底で死んだと確信されていたようでしたね?何故ですか?)

 「そっ・・そ・そんな事はありません!単に生きておられる事に驚いただけです」

 (ルガーに渡したシネフィル玉に細工がしてあり、魔法で位置を知ることができたとか?ルガー、急いで王都へ戻ろう。ルガーが地底湖から生きて海へ抜けた事をエルフガルドに知られた。エルフガルドは総力を上げて地底湖を調査する。地底湖から船で海へ抜けるルートが判明する可能性がある。そうなったら……)

 「エルフガルドは王都を侵略する。三日と持たねぇ!」

 「エルフガルドはそのような野蛮な事はしません!開戦に至っては、しかるべき大義名分を最後通牒に認め宣戦布告を以て……」

 (ノンブレさん、パーシバル師団長は無能ではありませんよ。ルガーを一目みてマレク人と断定しました。おそらくあなたの報告書を読んで特徴を知っていたのでしょうね。鋼鉄の義手という分かりやすい特徴を見逃すはずがありません。彼は既に中央に伝令を出してる筈です。来てください)

 リモはそう言うとノンブレに(掴まって)と言うと背中を見せた。まごつくノンブレに再度(背中に掴まって!)と強い口調で迫った。ノンブレは真っ赤になりながらリモの背中に覆いかぶさった。

 (ティロ・ガンチョ!)

 リモが呪文を詠唱すると鉤付きロープは真上に勢い良く飛んで行った。少し遅れてノンブレを背負ったリモも一瞬で上方へ消えた。ロープの先端の鉤は天井の崩れた部分に掛かった。

 (キーテ・ティロ・ガンチョ!)

 高速で移動しながらリモが呪文を詠唱する。すると天井に掛かっていた鉤が外れ、天井の崩れた部分から屋根側にくるりと移動する。鉤は屋根の上にがっしりと掛かると、再びリモとノンブレを力強く引っ張り上げた。

 リモは天井に衝突する寸前で、天井を蹴る。ノンブレはリモの首にしがみついた。二人の体はリモが天井を蹴った反動で、大きく円を描くように宙返りの軌道を描く。そして天井から屋根側に回り込むと、リモとノンブレは屋根の上に着地した。ノンブレは何が起きたのか分からないという顔でリモの背中から崩れて、倒れこむように座り込んだ。

 リモは目を閉じる。

 (ほら。テレフォノで伝令している!)リモはノンブレに質問しながら懐から黒鉛を取り出し、ドームの屋根に何やら書き始めた。

 「えっ?あっ……ホントですね。テレフォノですね)

 (……聞き取れたのはこれだけか)

 リモは屋根の上に数十個の文字を書いていた。

 (暗号だね。読める?)

 「勿論です」ノンブレは手帳を取り出し暗号を解読し始めた。リモは手帳を横から覗く。手帳にはびっしりと文字で埋まった表が描かれていた。ノンブレは必至で手帳の表を指でなぞり、屋根の上の文字とを交互に見比べている。

 (変換表方式だね。”鍵(コード)”は何?)

 ノンブレは手帳を覗かれていた事に気付きリモの顔を睨もうと横を向いた。リモの顔が真近にあった。大きな青い瞳、白い肌、光る亜麻色の髪。ノンブレはリモの美しさに見惚れた。

 「……”プエデの春”です」

 (……じゃあ読み取れた部分は……”ロアリリョダンオクレ”だね。……”X路あり 旅団を送れ”の意味だろうね。パーシバル師団長はルガーを一目見て、オストラス山から海へ抜けるルートが存在することを確信したようだね)

 「リモさん!お願いです。暗号鍵の件はご内密に」

 (エルフガルドがルートを見つけ、マレクに海から侵攻するのは時間の問題だろうね)

 「そんな……」

 ノンブレが情けない声を出した直後だった。凄まじい光と轟音が二人を包んだ。リモは最初、ルガーの閃光弾が全て爆発したのだと思った。

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