50.聖なる杯と平和を求めて(2)-朝日side-
部屋に、水那さんの綺麗な歌声が流れている。
私はベッドに横たわり、隣で眠っているレイヤとメイナを眺めながら、ボーっとしていた。
「……何か安らぐ」
「よかった。……でも、本当は朝日さんが歌った方が……いいのよ?」
歌い終わると、水那さんは少し恥ずかしそうに言った。
そうね、きっとそうなんだろけど……でも……。
ちょっと悩んだ挙句、思い切って
「私、すごく音痴なの。……周りが引くぐらいの」
と白状した。
「……え……」
水那さんがぽかんとした顔をする。
「こればかりは努力じゃどうにもならなくて。合唱コンクールとかでも『朝日は口パクでお願いね』とか言われたりして……。だから音楽だけずっと3だったの。あ、5段階の3よ? 10段階じゃないわよ。真面目に授業を受けていました、っていうギリギリの評価の……」
「……」
水那さんはちょっと黙ると、ぷっと吹き出した。堪え切れない様子でクスクス笑う。
「内緒よ、内緒。これ……ユウも知らないんだから」
「……そうなの?」
「そう。高校に入って初めて会ったから……。当然、芸術の選択は音楽じゃなくて美術にしたし」
「ふふっ……」
かなりツボだったらしく、水那さんは少し身体をよじっている。
「そこまで言われると……ちょっと聞きたくなる……わ……」
「絶対、歌わないからね! ……っ……アタタ……」
大声を出してしまい、思わずお腹を押さえた。
出産の傷はだいたい癒えたはずだけど、やっぱりまだ万全ではない。
眠っていた二人が目を覚まし、泣き出した。
「もう……無理しないで」
水那さんが私の身体を支えて上半身を起こしてくれた。
私は両腕でレイヤとメイナの二人を抱えて、交互に頬ずりをする。
「ごめんね、ごめんね……もう、大丈夫だからね」
「う……」
「あ……」
二人はまだぐずってはいたものの……ピタリと泣きやんだ。
「ふふっ……可愛い」
水那さんは傍に腰かけると、そっと二人の頬をつついた。
その指を、二人がしっかりと握っている。水那さんはふっと笑うと……急に淋しそうな表情になった。
「トーマとは……1か月しか、一緒にいられなかったの」
ポツリと呟く。
「すごく悩んだけど……颯太くんもお義父さんも、すごくトーマを可愛がってくれたから……大丈夫だって。私が残ればいい。私は……私にしかできないことをしよう。三人はミュービュリに帰そう。――そう、思って……」
「水那さん……」
「何が正しかったのかはわからない。間違っていたかもしれないけど……いいのよね?」
水那さんは少しだけ微笑んだ。
「今……こうしていられるんだから」
ソータさんから話を聞いたときの水那さんのイメージは、儚げですぐにも倒れそうな、繊細で華奢な人、という感じだった。
儚げで華奢、という容姿は間違ってないけど、話してみるとすごく肝が据わっているというか、決断力があるというか……何だか頼りがいのある人だった。
だから、駄目モトで出産のお手伝いをお願いしたんだけれど、水那さんは快く引き受けてくれた。
水那さんは医療の知識や経験がある訳じゃないから倒れてもおかしくない現場だったと思うんだけど、すごく堂々としていたし、治療師を助けてくれたし……。
この土壇場での度胸……。トーマくんは水那さんに似てるのね、きっと。
「そうね。だって……そのおかげで、ジャスラの闇はなくなったんだし」
私はできるだけ明るく言った。
「ソータさんが水那さんのために必死になったから、何百年もかかる浄化を二十数年に縮められたんだもの。そして私達は出会って……」
「……ええ」
「まぁ、ソータさんは大変だったとは思うけど……」
「……颯太くん……苦しそうだった?」
水那さんがちょっと不安そうな顔で聞いた。私は首を横に振った。
「淋しそうではあったけど、苦しそうではなかった。信じてた。絶対取り戻すって、いつも前向きに頑張ってたよ」
「……そう」
「だから、ソータさんには謝るんじゃなくて……これから先に、何をしてあげたら喜ぶか考えようよ。ねぇ、デュークの件が終わったら……どうする?」
「……」
私の言葉に、水那さんはちょっと嬉しそうに微笑んだ。
「颯太くん……デートしたいって」
「ふうん……どこに連れて行ってくれるのかな?」
「わからない。でも、私……東京タワー、登ってみたい」
「東京タワー……」
「昔……子供の頃、テレビで東京タワーを見て……母が、いつか行こうねって」
「へぇ……」
「でも……行けなかったから」
「高い所、好きなの?」
「……うん。そうみたい」
「じゃあ、スカイツリーもおススメかな。東京タワーよりもすっごい高い電波塔が新しくできたの。もう何年か経ったけど、人気があって……」
そのとき、コンコンというノックの音が聞こえて
「おーい、入っていいかー?」
というソータさんの声が聞こえてきた。
「あ、はーい」
私は返事をすると、水那さんの方に向き直った。
「……今の話は内緒ね。当日、びっくりさせちゃおう」
「……」
水那さんは黙って頷くと、クスッと笑った。
扉が開いて、ソータさんとユウ、夜斗が入って来た。
三人とも、かなり真面目な顔をしている。
「水那もいるし、日本語で話すか。あんまり大っぴらに言える話じゃないしな」
「いいけど……夜斗は大丈夫?」
私が聞くと、夜斗はちょっと呆れたような顔をした。
「俺はこう見えて優秀なの。そんな簡単に忘れるか」
「そっか。……それで……ユウの、それ……」
「……これが、
ユウは抱えていた白い杯を掲げて見せてくれた。
「でも……俺しか触れない。朝日は絶対、近付かないで」
「わかった」
私が頷くと、ソータさんはこの場にいる五人全員の顔を見回した。
「――で……
「私?」
「……ああ」
頷くと、ソータさんは懐から地図を取り出した。
ソータさんが四年かけて調査した、東の大地の地図だ。
そしてテーブルを私が寝ているベッドの近くまで持ってくると、その上に地図を広げた。
「デュークを封じ込めるためには、三方に分かれて三種の神器を配置する必要がある。そして……ミリヤ女王とシルヴァーナ女王、ネイアがそれぞれ神器に祈りを捧げなければならない」
「女神を呼ぶために?」
「そうだ。女神を降臨させて……
つまり、キエラ要塞の周りに三つに分かれて陣取る……。
「で……配置はここ」
ソータさんは要塞の北と東と南に印をつけた。
「北がウルスラ……シルヴァーナ女王と、トーマ、シャロット」
「シャロットも!?」
驚いて声を上げると、ソータさんは「ああ」と言って頷いた。
「デュークの力を削ぐためにな。だから、暁とレジェルも必要になる」
「……」
「で、トーマには
「それを見計らって、シルヴァーナ女王に結界を頼むのね?」
「そうだ。だから、北に配置する。連絡しやすいし地形的に考えて見通しやすい」
「なるほど……」
「要塞の南に、ネイアと水那とレジェル。水那には勾玉を託す」
「……」
水那さんがこくりと頷いた。
「シルヴァーナ女王の結界と神剣、勾玉、泉の宝鏡……これで凌ぐ。その間、浄化者には結界の中に入ってもらって浄化をしてもらう」
「大丈夫かしら……」
「かなり負担はあると思う。だから、生半可な術者じゃ駄目だ。三人に頼むしかない。特に……暁は重要だな」
「暁の場所は……じゃあ、東?」
「そうだ。ミリヤ女王と暁と、ユウ。俺が宝鏡を復元して持ってくるまで、頑張ってもらう」
「私はどうすればいいの? 暁の浄化の手伝い?」
「……そこなんだが」
そう言うと、ソータさんはとても気まずそうな顔をした。
「……何?」
「女神テスラは……朝日を関わらせるな、と言っている」
「……え……」
それって、どういう……。
私は、関われない……。
つまり、闇――デュークとの最後の戦いでは、私は何の役にも立たないってことなの?
あまりの衝撃に……私は言葉を失った。
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