8.シャロットの手紙(2)
しばらくして、アキラから手紙が来た。ブカツとか学校の勉強の愚痴が書いてあった。
アキラはあんまり努力とか好きじゃなさそうだ。そういうところ、ちょっとコレットと似てるかも。
それにアキラは器用で、すぐに何でもできちゃうから、もどかしく感じるのかもしれない。
手紙には、ユズルさんはともかく、もうゲートを越えられないトーマさんがどうやってウルスラに来るのか不思議だ、と書いてあった。
ひょっとして、トーマ兄ちゃんの
* * *
《5月18日》
アキラ、元気?
すぐにソータさんみたいになれるわけじゃないんだね。弓も持てないんだね。じみちなくんれんが必要っていうのは、フェルティガのしゅぎょうと同じだね。
あ、そうだ、トーマ兄ちゃんはね、ホールっていう力でミュービュリから来るんだよ。
でもね、1回使ったら3ヶ月ぐらい使えないから、ミュービュリにしばらく帰れなくなるんだ。
それで今までウルスラには来れなかったんだけど、でも、フェルポッドがあるからだいじょうぶになったんだよ。トーマ兄ちゃんは持ってたんだって。
もっと早く教えてくれればよかったのにな。
* * *
この手紙を送ると、アキラからは割とすぐに返事が来た。
アキラはフェルポッドのことはよく知らなかったみたいで、かなり興味を持ったみたい。
急いでいるようだったから、私はすぐに返事を書いた。
* * *
《5月21日》
フェルポッドは、フェルティガを入れておける器だよ。入れておいて、ふたを開けたら発動するんだって。
アサヒさんがトーマ兄ちゃんにいくつかあげたんだって。アキラは知らなかったの?
あ、これから水祭りのじゅんびでいそがしくなるから、次の手紙はおそくなるかもしれない。
アキラ、おたがいがんばろうね。
* * *
しばらくして……手紙に書いた通り、私の身辺は急に慌ただしくなった。
水祭りはウルスラの領土中央を流れるフロラス川に感謝する日で、今年は8月13日に行われることになっている。
その日はアキラも来るはずだし……そのときにいっぱい話ができればいいかな。
と、思ってたんだけど……アキラは水祭りには来なかった。
* * *
《8月15日》
アキラ、本当に久しぶりだね。でも、今年の夏も会えなかったね。すごく、ざんねんだよ。
足をケガしたって聞いたよ。ビョウインってところに入ってたって、アサヒさんが言ってたけど……。
アキラぐらいのフェルティガエならケガなんてすぐ治せそうだけどな、おかしいなって言ったら、ミュービュリの仲間の前でケガしたから、すぐ治ったらおかしいんだって教えてくれた。
……あ、なおすって直すっていう漢字もあるんだっけ? どっち? どっちでもいいのかな?
……何だか、いろいろ大変だったんだね。
でも、ユウ先生はさびしそうだった。アキラ、ちゃんと修業してる?
もう元気になったんなら、ユウ先生に会いに行った方がいいと思うよ。
水祭りにね、トーマ兄ちゃんとユズ兄ちゃんが来てくれた。水祭りはね、ウルスラの四つの領土の間を流れている川の恵みにかんしゃするお祭りでね。すごくきれいなんだよ。
最後はシルヴァーナ様が舞をひろうして、祭りの言葉を述べてしめくくるの。もう、うっとりするぐらい美しいんだよ。
そういえば、だいぶん前にソータさんが言ってたけど、シルヴァーナ様は女神ウルスラにそっくりなんだって。女神ウルスラは美の女神だから、納得だよね。
オレはね、背がだいぶん伸びたよ。この間ね、アサヒさんに会ったら、もうオレの方が背が高かったの。アサヒさんがね、落ち込んでた。
それでね、オレの姿をシャシンとかいうヤツにとってアキラに見せたい、って言われたけど、やめた。
姿を映し出すってこわいし、何だか恥ずかしいじゃん。
オレも、アキラの姿は見てないよ。今度会うときまでの楽しみにしておこうね。
あ、それで水祭りのときだけどね、トーマ兄ちゃんは1日だけいて、次の日には帰ってしまったんだ。ちゃんとシルヴァーナさまとお話したのかな?
アキラはトーマ兄ちゃんとシルヴァーナさまのことは知ってるんだっけ? オレ、どこまで話したっけ?
二人は両想いなんだよ、絶対。でも、世界が違うからダメなんだってシルヴァーナさまは言うんだ。
でも、オレとコレットがいるから、シルヴァーナさまは気にしなくていいのに。
オレ、早く大人になりたいな。
* * *
手紙を書き終えて、私は思わず溜息をついた。
一昨日……トーマ兄ちゃんとユズ兄ちゃんはウルスラに来てくれたけど、私の思った通りには全然ならなかった。
祭りの前にちょっとシルヴァーナ様とお話しして、次の日の昼に変わったらすぐに二人は帰ってしまったんだもん。
祭りの夜は、シルヴァーナ様とコレットとユズ兄ちゃんとトーマ兄ちゃんの5人でいろいろなお話はしたけどさ。そのあと、寝るために各部屋に別れたとき、トーマ兄ちゃんも普通におやすみ、と言ってシルヴァーナ様と別れた気がする。
……ひょっとして、ちゃんと二人きりで話してないんじゃないのかな……。
記憶が戻ってないから? それとも……記憶が戻ってることがバレたくないから?
何か……何か、変だよ。
アキラからの返事は、わりとすぐに来た。だけどケガをしているからなのか、妙に短かった。
「シャロットは何でそんなに二人のことを気にしているの?」だって。
もう、呑気だな、とは思ったけど、よく考えたらアキラとトーマ兄ちゃんはあの
あのときにちょっと会話はしたと思ったけど、ミュービュリでは会ってないみたいだし、全く事情を知らないのかもしれない。
ユズ兄ちゃんには何回か手紙で書いたけど、全然二人について書いてくれない。書いてあっても、とにかく落ち着けっていうだけ。
せめてアキラには共感してほしい……そう思って、私は便箋を手に取った。
* * *
《8月24日》
アキラが漢字が増えて読みやすくなったって言ってくれて、うれしかった。
びっくりした? かなり覚えたよ。もう今は6年生のドリルをやってるんだ。アキラと同じくらい知ってるかもね。
えっと、アキラはシルヴァーナさまとトーマ兄ちゃんのことがよくわかってないみたいだから、もう1度、説明するね。
3年前のウルスラの闇については、もういいよね。
でもシルヴァーナさまはね、それよりもずっと前から、ミュービュリのトーマ兄ちゃんを見てたんだって。3年前に、やっと本人に会えたんだ。
でもそのときは姿を変えた影響で記憶がなくなってて、トーマ兄ちゃんと少しの間、一緒に暮らしていたんだよ。だからこそ、そのときのシルヴァーナさまは素直な気持ちでトーマ兄ちゃんを好きになって、二人はそのときに両想いになったんだ。
だけど、そのあと記憶を取り戻したシルヴァーナさまは、トーマ兄ちゃんの記憶を消して、お別れしたんだ。
シルヴァーナさまは女王になるから、女王は特定の誰かを好きになったらダメだから、なんだ。
でも2年前、コレットの事件があって、トーマ兄ちゃんは再びウルスラにやってきた。
だけど、トーマ兄ちゃんには記憶がないから、まるで初めて会ったような顔をしてシルヴァーナさまはトーマ兄ちゃんと接したんだ。
……これ、ソータさんには口止めされてたけど、アキラには教えてあげる。
トーマ兄ちゃんの記憶は、戻ってるはずなんだよ。オレの読みではね。
それでね、記憶が戻ってるってことは、二人は両想いだったこと、おぼえてるってことなんだよ。
なのに、知らんぷりしてるんだ。おかしいよ、そんなの。
だからアキラ、ミュービュリでトーマ兄ちゃんの様子を見て来てよ。トーマ兄ちゃんがどういうつもりなのか、知りたいんだ。
* * *
アキラからの返事はなかなか来なかった。
その間に、ユズ兄ちゃんから水祭りのお礼の返事が来た。
だけど、トーマ兄ちゃんについては「急いで結論を出そうとするな」という非常に厳しいもので……とにかく、私が勝手に動くことがないようにと言葉を選んで、徹底的に釘を刺す内容だった。
いつもは嬉しいユズ兄ちゃんからの手紙だけど、思わずイラッときて握りつぶしてしまった。
落ち着け、急ぐな、待て……。
そんなこと言われてもわからない。
そう言えば、だいぶん前にソータさんにぶつけてみたときもそうだった。シャロットには関係ないだろって。
だけど……絶対、このままじゃおかしいのに……どうして?
そして案の定……アキラの返事も「こういうのは本人次第だから」という非常に淡々としたものだった。
な、ん、で、伝わらないかなー!
私はペンを手に取ると、紙をひっつかんで物凄い勢いで書き始めた。筆圧で紙を破らないように注意するので精一杯だった。
* * *
《9月13日》
アキラもソータさんと同じこと言うんだね。そりゃ、オレは関係ないけどさ。
ユズ兄ちゃんもちょっと待て、トーマ兄ちゃんの記憶は戻ってないからっていうんだ。
でも、そういうことじゃないんだよ。嘘をついて無理してるのがおかしいって言ってるだけなのに、どうしてわかってくれないの?
もちろん、シルヴァーナさまの気持ちを無視して勝手なことは言えないし、できないから、オレは勝手に心配してるだけなんだけどさ……。
でも、このままでいいなんて、絶対思わないもん!
アキラ、とにかくトーマ兄ちゃんに会ってきてよ。オレ、すごく不安なんだ!
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