第13話 泥塗れの魔法少女を想い、王子様は泣いた
「む、なんだ?」
激しい水流に浮き橋が耐えかね、悲鳴をあげ始めたのだ。ワイヤーロープ代わりに硬く縛った蔦が次々と切れて弾け飛び、次第に筏が緩みだす。
「待て待てッ、誰が緩んでいいと言った! 勝手に流れ出すのではない!」
ゴリラは流れかけた丸太をハッシと抑えつけ、大慌てで蔦を締め直す。だが別の場所で蔦がまた弾け飛び、綻びかけた筏から丸太がゆっくりと流れ出す。そこへ駆けつけ修繕する間に今度は別の筏が同じように……
「い、いかん! いかんいかんいかん!」
いかな怪力ゴリラとて一匹しかいない。複数同時に綻びが出るとどうしようもこうしようもないのだ。狼狽しながら、それでもなんとか橋を死守しようと奮闘するゴリラを嘲笑うかのように川の急流は容赦なく浮き橋を襲い続ける。
そして、ついに浮橋はバラバラと崩壊し、下流へと押し流されていってしまった。
「うわぁ、いかーん!」
足場の筏も流されだしたので「とぅッ!」と岸へ飛び移ったゴリラは、己の架けた橋の末路を目の当たりにしてぼう然となった。頭を抱え、ウォォォォー! と悲嘆の遠吠えをあげる。
地面をコブシで打ちつけ悔しがるゴリラに向かって村人が気の毒そうに解説した。
「お分かりいただけましたか? 流れが激しいので、例え頑丈な橋を架けても最後はこうなってしまうのです」
「ぐぬぬぬぬぅ!」
「先月は第三王子レーベンスディルファー殿下が工兵隊を連れて来て橋を架けて下さったのです。ですが、橋脚が流木にぶつかってへし折れ、同じように……」
「なんと、あの王子の橋を……」
「はい。頑丈な橋脚で架けた橋、今度こそ大丈夫と思っていたのですが……」
レディル王子が村の難儀を見かねて架けてくれた橋をも……と知った瞬間、憤懣やるかたないゴリラの中で、無情な自然への怒りがついに爆発した!
「ヌワアアアアーーーーッ! 許さぁぁぁーーん!」
怒髪天を衝かんばかりの形相でゴリラは仁王立ちになった。
「人の情を踏みにじる大自然の理など、このオレ様がねじふせてくれるわ!」
どうするつもりなのか、怒り心頭に発したゴリラは騎虎の勢いで森の中へと再び飛び込んだ。
血走った眼で森の中に点在していた大岩を物色し、特に巨大で頑丈そうな岩に「よぉし、貴様に決めたァァ!」と目を付ける。
そして巨大な鉄拳を「喰らえ!」と、叩きつけ始めた。
「セェイッ! セイッ!」
掛け声のたびにドゴゥッ! と轟音が響き、破片が飛び、岩が抉れる。傍目にはゴリラが空手でいうところの「正拳突き」で修行をしているような光景だった。
ゴリラの鉄拳を繰り返し受けて大岩は次第に削られ……ついに一本の太い柱が形成された!
「いかなる天変地異にも揺るがぬ橋脚をこの川にオレ様が突き立ててくれる! トロワ・ポルムの村の衆、魔法少女リーザロッテ渾身の贈り物なるぞ! 心して受け取れぇぇぇ!」
巨大な柱を担いだゴリラは助走をつけて走り出すと柱を使って棒高跳びのように「リーザロッテ・ジャァァァーーンプ!」と、川面の上空に高く舞い上がった。
ポカンとなった村人達が見守る中、ゴリラは空中で柱を抱え込んだ。その姿勢はプロレスを嗜む者なら誰もが知っているあの「決め技」そっくりだった!
そう、それは……
「リーザロッテ・パイルドライバァァァァァァァァァァァ!」
咆哮と共に水柱がドッパァァァァン! と天高く上がり、地震のように大地が揺れた。風も荒れ狂う。村人達は悲鳴を上げて地面にひれ伏した。
しばらくして轟音と風が収まり恐る恐る顔を上げると……そこにもう、あの巨大ゴリラの姿はない。
代わりに川の中央に巨大な柱が深々と刺さり、突き立っている。
一本の流木が流れてきてぶつかったが、それはびくともしなかった。
「おお!」
そして、その流木に泥人形のようなものが掴まり、不器用にバタ足を始めた。
村人達が何かと訝しんで見守る中、それは川岸へと辿り着いてようよう這い上がった。プッティが駆け寄って助け起こす。
「リーザロッテ!」
「うぇぇぇ、ペッペッ」
それは、橋脚を川底に突き刺した際に穿った泥を全身に被ったリーザロッテだった。
ドヤ顔で「へへへ、やったぜ!」と、サムズアップを決めたが、泥人形状態なのでどうも締まらない。
「でも、これでこの川を自由に行き来出来るでしょ。どうよ!」
「いや、橋脚は確かにしっかり決まったんだが……橋そのものがまだ架かってないんだな、これが」
「あっ!」
そうなのである。肝心の橋が架かっていない。当然、人の往来はまだ出来ないのだ。
星石は使ってしまったし、変身の解けたリーザロッテの低級魔法では人力に毛が生えた程度なので架けるのにどれくらいかかることやら。泥人形はガックリと肩を落とした。
その時。
「
空中にキラキラした光の粒がいっぱいに集まって輝き、次の瞬間、鋼鉄製の立派な橋が川の上に出現した。
「橋だ!」
「橋が架かったぁぁ!」
一瞬、キョトンとなった村人達だったが口々に歓喜の声をあげて橋の袂へと駆け寄っていった。後に残った泥人形のリーザロッテとプッティは顔を見合わせた。彼女の低級魔法ではこんな芸当など到底出来ない。
ではこんなことをやったのは……
「ルルーリアさんだ!」
「ズワルト・コッホの魔法少女、ルリアさんが橋を架けてくれた!」
魔法陣に乗ったウィスタリア・パープルドレスの魔法少女が空からゆっくりと降りてくる。村人達は手を挙げて「すごい、なんて魔法なんだ!」「ありがとうございます!」と滞空している彼女を口々に褒めそやした。後ろで棒立ちになっているリーザロッテを顧みる者は一人もいない。
「……」
ぼう然となってその光景を見ていた泥人形は俯いた。
だが、彼女は何も言わなかった。ただ、傍らの相棒を促すとその場からトボトボと去っていった……
一方。
「ルルーリア!」
「ルルーリア・マギカ・キルシェット!」
自分の名を呼ぶ歓呼に、しかしルルーリアは手を振りさえしなかった。氷のように冷ややかな視線で見下ろす。
そして、笑顔で自分の名を呼ぶトロワ・ポルムの村人達へ吐き捨てるように言った。
「勘違いしないで。この村の為に私がわざわざ魔法を使ってあげたとでも? 冗談じゃないわ」
一同は驚いて静まり返える。
ルルーリアは、フンと鼻を鳴らすと唇の端を吊り上げた。
「もうすぐズワルト・コッホから帰国するレストリア外交団の先触れにレーベンスディルファー殿下がここへお見えになる。私は、あの方を濡らさずに御渡しする為に橋を架けてあげたの。そうでなければ誰がこんな貧村の為に高級魔法など使うものですか!」
顎を上げ、つけつけと言い立てたルルーリアは、これ以上下賤な民なんぞと関わりになりたくないとばかりにそっぽを向くと、手にした魔法杖を無雑作に振って姿を消した。
「……」
人々は肩を落とし、うなだれた。
こんな貧村の為に誰が……そんな蔑みの言葉に、立派な橋が架かった喜びも感謝の気持ちも失せてしまった。
そこへ軽やかな蹄の音が聞こえてきた。ルルーリアが予告した通り、愛馬に乗ったレディルが森の中の小道を通って彼等の前に姿を現した。
「やあ、皆さんこんにちは」
虚しかった交渉の帰途であったが、失意を隠して明るく呼びかけた少年にトロワ・ポルムの村人達は笑顔で応えることが出来ず、黙って暗い顔を見合わせる。
訝しんで「どうしたの? 何かあったの?」と尋ねかけられ、彼等は慌てて「いいえ、なにも……」と取り繕ったが、この少年は何事かに彼等が傷ついたらしいことを敏感に感じ取った。
そして、外交団の馬車が通っても大丈夫か橋を確認しようと馬を降りた彼は、すぐに気づいたのだった。
「あれ? 橋が変わってる。この橋は以前僕が工兵隊を連れて来て架けた橋じゃないね。でも立派な橋なのに……嬉しくないの? 何があったの?」
「……」
今さら隠し立てようもない。結局、彼等は少年に全てを話すしかなかった。
彼に架けてもらった橋が流されてしまったこと。村の少女が流されかけ、おかしな魔法少女が助けようとしたこと。二人とも溺れかかり、そこに巨大ゴリラが現れ、助けた後に橋脚を打ち立てて消えたこと。ズワルト・コッホの魔法少女が現れて橋を架けたものの、彼女から蔑みの言葉を浴びたこと……
レディルは最後まで黙ったまま、彼等のたどたどしい話を聞いた。彼の身だけを気に掛けレストリア人を蔑んだルルーリアの言葉には一瞬、厳しい目で虚空を睨んだ。
だが、それよりも……
(リーザロッテさん、ここに居ることにしたんだ)
早くこの国を出た方がいい、そう勧めたのに……そう思ったレディルだったが、落胆よりもむしろ喜びを感じた自分に気がついて狼狽してしまった。
「ところで、そのリーザロッテさんは?」
「あれ? いつの間にかいなくなってる」
レディルに言われて村人達もそこで初めてリーザロッテの姿が消えていることに気が付いた。
「家に帰ってしまったんでしょうか」
「泥人形みたいになって岸に泳ぎ着いたところまでは見たのですが……」
泥人形……レディルは思わず言葉を失った。そして、ふいに橋から身を乗り出し橋脚をそっと撫でた。
それが、リーザロッテその人のように。
「村の子を助けようと大切な宝石を使って。そればかりか、あのゴリラさんを召喚してこんな立派な橋脚を……」
レディルは顔をしかめるとくっくっと喉を鳴らし、泣き出した。
王族が軽々しく人前で涙を見せてはいけないと躾けられていたレディルだったが、あの魔法少女の不格好な善行があまりにもいじらしかったのだ。
――泥まみれになって……女の子なのに……
頬を伝う涙がぽつり、ぽつりと川面に落ちてゆく。村人達はシンとなって王子の涙を見た。
レディルの言葉を聞いて、あの魔法少女がどんな気持ちでここを去ったのかと思い至った村人の一人が俯いて鼻をすすり上げた。自分達は橋を架けた者だけを賛美して、泥を被ってまで村を思いやった少女を労ることさえ忘れていたのだ……そんな罪悪感がトロワ・ポルムの人々の胸の中に悲しみとなって陰を落とした。
言葉を発するものは誰もいない。
やわらかな陽光が、彼等の佇む橋の上をただ、静かに照らしていた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます