鬼の社のあくまさん

黒谷恭也

プロローグ

 ──ここ鬼川原町で、まことしやかに囁かれる噂がある。

 あやかし横丁と名づけられた商店街のわき道。

 赤い鳥居が掛かったそのわき道を進んで、一本中の通りへ。

 裏路地のようなそこを進むと、両端を怪しげな露天で挟まれた商店街の裏側へ出るのだという。

 そんな裏側の突き当たり。

 高いビルの隙間から、わずかに陽の光が差し込む場所に、ソレはあるらしい。

 木々に囲まれた森のようなソレのすぐ側には小さめの噴水があって、奏でる音は小川のせせらぎを連想させた。

 古民家カフェのようなどこか古めかしい木造の外観は、大きな木々に隠されていた。

 木漏れ日の隙間から朱色の三角屋根が見えなければ、建物があるとは気づかないだろう。

 壁にも、屋根にも、看板にも、ツタやコケなんかがこびりついている。

 まるで自然に飲み込まれたみたいなそこに──『ソレ』は在る。

 通称、『鬼の社(おにのやしろ)』。

 そこには『あくまさん』なる鬼が住んでいて、彼に気に入られれば願いを叶えて貰えるが、気に入られなければ食べられてしまうのだという。

「……本当に、在った」

 ソレを見上げて、私は呆然と呟いた。

 時刻は午後九時四十五分。

 タイムリミットが、迫って来ていた。

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