第329話 ちびっ子たちの姉

 

 歌姫セレンが俺の使い魔だという本人の暴露話は、何も知らなかった女性陣を大いに驚かせて、俺に詰め寄ろうとした瞬間に響き渡った歌声によって、全てどうでもよくなったようだ。

 正確には、歌声に聞き惚れて茫然自失の状態。歌が終わった後も夢見心地だ。


「お聞きくださりありがとうございましたぁー」


 観客に向かってセレンが一礼。巻き起こる小さな拍手と幼い歓声。


「すごかったぞー!」

「綺麗だったー!」

「ヒューヒュー!」

「もう一曲歌ってー!」

「おっぱーい!」

「アンコール! アンコール!」


 歌声の影響が少ない子供たち。小さな手で拍手をしている。

 歌の途中では、どこからともなくアルケミックライトを取り出し、色とりどりのライトを振って、ノリノリで華麗なオタ芸を披露する強者たちも。

 一糸乱れぬ完璧なコンビネーション。

 指の間に挟んで片手に数本のライトを握るとか、その上級者テクニックを一体どこで覚えた!? いつ練習した!?

 そんな一幕もあり、セレンも小さな観客たちの歓声に気分を良くして、


「おっぱいは見せませんけどぉー、アンコールにお答えしましょうかぁー!」

「「「 イエーイ!」」」


 大盛り上がりの子供たち。セレンは誰もが知っている童謡を歌い出す。子供たちを誘って可愛らしい合唱会が始まった。アルケミックライトが揺れて輝く。

 女性陣はまた聞き惚れる。呼吸……ちゃんとしてるよね?


「殿下、お水です。水分補給はしっかりしてくださいねー」

「ありがと、ソノラ」


 長年のウェイトレスの経験を活かして、ソノラが冷たい水を持ってきてくれた。

 火照った体に冷たい水が染み渡る。気持ちいい。

 ソノラはそのまま俺の隣に座り、足湯をする。艶めかしい足でチャプチャプと波紋を作り出す。


「……子供たちはいつの間にあんなのを覚えたんだ?」

「最近、歌姫様の歌声が王都に響き渡っているじゃないですかぁ。暇な子たちが踊り始めて、どんどん上手くなって……今ではあのパフォーマンスでお小遣いを稼いでいるみたいです」


 遠い目をする子供たちのお姉さん。

 孤児院の子供たち……ストリートパフォーマンスで稼ぐとは逞しいな。

 なんかソノラはこの話には触れて欲しくなさそうだ。

 ソノラも一緒に踊ればもっと稼げそう……おっと、睨まれてしまった。この話は無しで。


「ソノラは自分の身体に慣れたか?」


 親龍祭でソノラは黒翼凶団というテロ組織が起こした事件に巻き込まれ、人間から淫魔になってしまったのだ。

 彼女はしっとり濡れた艶やかな栗色の髪をクルクルと指に巻き付ける。


「慣れましたよ、おかげさまで。何とか魅了の力は操れます。力加減は時々間違えますけどね」


 悪戯っぽく微笑むソノラ。《魔物の大行進モンスター・パレード》で孤児院の塀を壊してしまったのは彼女だったとか……。

 モンスターが壊したことにしておいて、という口裏合わせが行われていたらしい。子供たちからコソッと告げ口されて知った。


「数日徹夜してもお肌はピチピチですし、何もしなくても髪の毛先までツヤツヤキューティクルですし、髪の長さも色も、スタイルだって自由自在ですよ! もう最っ高です!」


 ありがとうございます、と感謝をするけれども、俺は何もしてないんだよなぁ。

 普通の下町の少女が美の全てを手にした。その美容&魅了チートを使えば国すら統べることが出来るのに、ソノラは普通の生活を望んだ。

 彼女らしいと言えば彼女らしい。

 別の誰かの手に渡らなくてよかったと思う。首謀者の一人のケマだったら、国が滅茶苦茶になっていたことだろう。

 何も望まないソノラだからこそ、美の力を手に入れたのかもしれない。


「私、意外と欲張りですよぉ?」

「……心を読まないでくれ」

「殿下がわかりやすいだけだと思います!」


 そんなことないと思うけどなぁ。絶対に女性陣の勘が鋭すぎるだけだ。


「私、こんなに幸せ者でいいんでしょうか?」

「いいんだよ。幸せになっちゃいけない人なんていないんだ。貰えるものは全部貰って幸せになっとけ」


 親に棄てられ、寒さや飢えで死にかけて、汗水垂らして働き、子供たちの面倒を見て、テロ事件に巻き込まれたかと思ったら人間を辞めてしまったソノラ。

 今までの頑張りの分ソノラは幸せになる権利がある。

 少し呆気にとられた様子のソノラは、フッと微笑み、


「そこは幸せにしてやるって言うところだと思いますよ、殿下!」


 悪戯っぽい笑顔のソノラに俺は言い返す。


「言ってもよかったけど、ソノラは『自分なんかじゃ……』とか言い出しそうだったから言わなかった」

「た、確かにそう言っちゃったかもしれません……」

「何年の付き合いだと思ってる? ソノラのことはよく知っているつもりだ」

「……そういうところ、ズルいと思います、女誑しの殿下」


 何故だっ!? 俺、普通のことを言っただけだよな!? 口説いた覚えはないんだけど!?


「はぁ……自覚無いところがもう女誑しですよね」


 深く深くため息をつくソノラ。ヤレヤレと目を伏せ……ずに、さっきから黄玉トパーズの瞳がギラギラと輝いて俺に照準を合わせている。

 今までの良い雰囲気の会話もソノラは瞬きもせずに俺をじーっと見続けていたのだ。

 居心地が悪い。肉食獣に狙われている気分。


「あの~? 裏ソノラさん? さっきからどこを見ていらっしゃるんですか?」

「裏ソノラって何ですか!?」

「じゃあ、夜ソノラって言った方がいい? 妖艶に舌なめずりをするのをやめてっ!」


 裏ソノラ、もしくは夜ソノラ。淫魔の本能が活性化するのか、夜というかベッドの上で豹変するソノラの別の顔を俺は密かに心の中でそう呼んでいた。

 普段はいつもの自己評価が低い普通の少女。しかし、ベッドの上では超絶な肉食系女子に変わる。別人格があるのではないかと思ったほどだ。

 今まで心の内側に溜め込んでいた我慢の反動なのだろうか?

 詳しいところはわからないが、その裏の顔の片鱗が表に出ている。


「す、すいません。淫魔サキュバスになってから、殿下が美味しくて美味しくて……じゅるり」

「俺、捕食される!?」


 毎回毎回俺は搾り取られて干物になるんだけど!


「その分、天にも昇る快楽を与えていますよ?」


 それはそうだけれど……って、心を読まないで!

 俺から目を離さず、ゆっくりと顔を近づけてくるソノラ。完全に捕食者の眼だ。


「殿下ぁ……汗をかいていますね……」

「そ、そりゃ風呂に入ってるし……」

「はぁ……殿下の魔力がたっぷりと含んだ汗……美味しそう……」


 こ、こら! 子供たちもいるんだぞ! 腕を離せ!

 いつの間にか、俺の腕にはソノラの手が蛇のように絡みついていた。巨乳を押し当てるという女の武器を最大限に活用している。


「ちょっとだけ……ちょっとだけ舐めさせてください」

「全然信用できないセリフ! 絶対にちょっとだけじゃ済まないやつ!」

「一滴だけ! 一滴だけですから! 舌の先っちょで舐めますからぁ!」

「は、離せ! 今はヤバいって!」

「先っちょだけ……先っちょだけ……!」


 潤んだ唇が開かれ、艶めかしい舌が露わになる。唾液でねっとりと濡れているのが生々しくてエロい。

 ソノラはもう俺の首筋から目を離さない。顔を埋め、汗を舐めとる――その時、


「行きますよぉー!」

「イエーイ!」

「ヒャッハー!」

「行くぞー!」

「それぇー!」

「えいやぁっ!」

「飛び込めぇー!」


 子供たちが一斉に飛び上がった。少し遅れてバッシャーンと大きな水しぶきを上げる。

 俺たちの全身を波が襲った。それで汗が流れてしまったようだ。ソノラがはっきりとわかるくらい残念がる。


「あぁ……もったいない……」


 彼女の小さな呟きは聞かなかったことにする。

 お湯を浴びてハッと我に返ったソノラは、夜ソノラが引っ込み、バシャバシャと遊ぶ子供たちに向けて眉を吊り上げた。


「こらぁー! 食べ物を粗末……飛び込んだら危ないでしょぉー!」

「「「 うげぇっ!? ソノラ姉ちゃんが怒った! 」」」


 ……今、食べ物を粗末にしたらいけないって言いかけなかった? 俺の気のせい?


「なんで歌姫様が子供たちを扇動してるんですかぁー!」


 そう。真っ先に飛び込んだのはセレンだった。『行きますよぉー』と掛け声もかけていたし。

 セレンはスゥーッと目を逸らし、


「わ、私の種族はセイレーンなのでぇー、言葉巧みに誘ってぇー、人を水の中に引きずり込むのが本能と言いますかぁー……」

「で?」

「……ごめんなさいぃー」


 とてもとても冷たい極寒の『で?』という一言で心を折られた世界の歌姫。ソノラ強し!

 次は絶対零度の黄金の瞳を子供たちへ。

 ガクガクブルブルと温泉の中で凍えるちびっ子。


「危ないでしょ!」

「「「 はい……ごめんなさいっ! 」」」

「はぁ……謝るのだけは上手いんだから。誰も怪我してないよね?」


 自分の身体をペチペチと確認。そして、敬礼して報告。


「「「 異常ありません、鬼軍曹殿! 」」」

「誰が鬼軍曹かっ! 私は淫魔サキュバスなの!」

「「「 イエス、マム! 淫魔軍曹殿! 」」」

「よろしい!」


 よろしい……のか?

 こういうところでソノラがちびっ子たちのお姉さんだというのがよくわかる。ノリが同じ。

 誰も怪我をしてないことに安心した時、水面にプカーッと浮かんできた小さな幼女の背中が――


「レナ……? レナァッ!? しっかりして!」


 慌てて湯に飛び込むソノラ。露天風呂に緊張が走る。

 海に漂うクラゲのように脱力して浮かぶレナちゃん。そんな、まさか……!?

 必死の形相のソノラが手を伸ばした。


「ぷはーっ! 楽しかった!」


 突如、レナちゃんが手足をもぞもぞと動かして、底に足をつけて立った。顔をブンブンと振って水滴を飛ばす。

 そんなレナちゃんをソノラが抱き上げた。


「レナ!? 大丈夫!? 怪我してない!?」

「んみゅー? おねえたんどうしたのー? レナ、元気だよ」


 キョトンと首をかしげるレナちゃん。どこも怪我をしている様子はない。

 どうやら潜水して遊んでいたらしい。お湯で潜水するなんて危険なんだぞ。

 しかし、よかった。何事もなくて安心した。


「こらっ! お風呂で潜ったらいけません! めっ!」

「はぁーい! ごめんなしゃーい!」


 ニコニコ笑顔で謝るレナちゃんは反省しているのだろうか? でも、可愛いから許す! 俺はね。ソノラはどうか知らない。

 安堵したソノラは周囲を見渡し、


「全員いる? いない人手を挙げて!」


 いや、ソノラさん。いない人は手を挙げられない……


「「「 はいぃっ! 」」」


 手をあげるんかい!

 即座に良い返事と共に小さな手がいくつも挙がった。相変わらずのノリの良さ。

 ちびっ子たちは全員いるようです。


「みんなぁ~、正座!」

「「「 うげぇっ! 」」」


 ビシッと床を指さすソノラに逆らえないと全てを諦めた子供たちが素直に正座をする。


「もちろん、歌姫様も」

「……はいですぅー」


 世界の歌姫だろうと逃れられない。子供たちの隣に正座した。

 ニッコリと微笑んだソノラは子供たちに順番に手を伸ばし、容赦のないデコピンを一発!


「うぎゃっ!」

「痛いっ!」

「あいたっ!?」

「ぐおぉっ!?」

「いってぇー!」

「痛いですぅー」


 いかれる姉は額を真っ赤にした子供たちの前で仁王立ち。


「反省した?」

「「「 しました! ごめんなさい! 」」」

「よろしい」


 綺麗な土下座をした子供たちをソノラは許す。

 ここに土下座仲間がいたんだ……じゃなくて、ソノラは立派にお姉さんをしているなぁ。

 俺も土下座させられないように気を付けなくては。


「みんなそろそろ上がるよー!」

「「「 えぇー! 」」」

「えぇーじゃありません!」

「ちびっ子たち、花火あるぞ」

「「「 花火っ!? 」」」


 やったー、と歓声を上げてタオルで身体を拭き始める子供たち。

 ソノラとテイアさんが身体を拭くのを監督&お手伝い。

 楽しみなのはわかるけど、走るなよ。危ないからな。またソノラお姉さんにお説教されるぞ。


「レナ? ちゃんといる?」

「はい!」

「ちゃんと拭けた? バンザーイ!」

「んっ! ばんざ~い!」

「あれっ? 全然濡れてないね。誰かに拭いてもらったの?」

「うん? ううん?」

「どっち? まあいいや。レナも行っていいよ」

「はぁーい!」


 トコトコとお兄ちゃんお姉ちゃんたちのあとを追いかけるレナちゃん。可愛い。

 賑やかな子供たちがいなくなって静かになった露天風呂。

 残ったのは未だ歌姫の歌声の影響から抜け出せていない心ここにあらず状態の女性たちだ。


「おーい。戻ってこーい。さもないと全身を俺が拭いてやるぞー!」

「「「「 ………… 」」」」


 無言は了承とする。

 仕方がない。前もって警告したんだ。証人もいる。

 俺はタオルを持って呆然としたままの女性たちに近づくのであった。

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