第299話 憂鬱な受付嬢の勘

 

 親龍祭9日目。

 ドラゴニア王国の王都の冒険者ギルド西門支部。

 人気受付嬢シャルは憂鬱げにため息をついた。頭に生えた黒い狼耳はペタンと垂れ、お尻から生えた尻尾もだらしなく垂れ下がっている。

 ハキハキと元気で有名なシャルだったが、ここ最近は見るからに落ち込んでいる。

 心なしか毛並みに艶もないようだ。

 彼女は、ぼけーっと黒い瞳でギルド内を見渡す。


「はぁ……」


 冒険者たちは、俺を見た、いや俺だ、と色めき立ち、そこから軽い喧嘩が始まる。

 慌てて他の職員が止めに行く。今日もギルド内は騒がしい。

 力強さをアピールする男たちだったが、クリクリとしたシャルの瞳には何も映っていない。ただただボーっと虚空を見つめ続ける。


「依頼、完遂してきましたよ、貴女のために」 キリッ!


 依頼を終わらせた冒険者の一人がキメ顔をしながら報告。

 シャルはハッと我に返り、見事な営業スマイル。


「お疲れ様でした」 ニコッ!

「はぅっ!?」


 ズキューン!

 冒険者の男の心が撃ち抜かれた。

 彼女の心を射抜くために、鏡の前で数時間にらめっこして編み出したキメ顔と、夜も寝ないで考えた口説き文句をあっさりと無視スルーされた彼は、人気受付嬢による営業スマイルとマニュアル通りのセリフに逆に心を射抜かれた。

 クリティカルヒット。

 これのために冒険者として頑張っているといっても過言ではない。

 背後では、わかるぞお前の気持ち、と言わんばかりに暑苦しい男たちが深く頷いている。


「報酬はこちらになります」


 テキパキと作業を終わらせて、報酬を渡す。

 胸を押さえながらも何とか堪えた男は、報酬を受け取りながら再びキメ顔……をしているつもり。

 他の受付嬢は営業スマイルを浮かべながら、うわぁー、と心の中でドン引きしていることに、彼は知らない。


「報酬もたんまりと入ったことだし、今夜、一緒にディナーにでも行かないかい?」 キリッ! キリリッ!

「次の方どうぞー!」

「ぐはっ!?」


 男は見事に撃沈。拒絶すらない。反応がない。華麗な無視。

 それが一番辛い。

 崩れ落ちた男は後ろに運ばれ、わかるぞお前の気持ち、と言いたげな同士に慰められる。

 ”男の純情殺しハート・ブレイカー”は今日も見事な営業スマイルで冒険者の心を奪っては砕いていく。

 マニュアル通りの言葉を告げて、無自覚に男を振っていくシャル。


「はぁ……」


 お昼。やって来る冒険者が一番少ない時間。

 受付嬢たちは冒険者の女性たちを交えて喋りしている。


「シャルちゃーん。最近どうしたのー? 元気ないね」

「もしかして、彼氏と別れた?」


 なに、彼氏だと!?

 ギルド内にいた冒険者は一斉に黙って女性たちの会話に集中する。一言一句たりとも聞き逃さない。


「いやだなぁー! 彼氏なんていないですよー」


 ホッと安堵する男たち。

 シャルは物憂げな表情で遠くを見つめる。


「でも、似たような感じかもしれませんね。私はずっと待ち続けているんです」

「「「 おぉっ!? 」」」


 人気受付嬢に春が来たのか、と男女問わず興味津々。


「待って待って待って待って待ち続けているんです! 私だって親龍祭を楽しみたいのに!」


 建物の外は祭り一色。なのに自分は休むことすらできずにお仕事。

 怒りが湧き上がる。理不尽な怒りだとは理解している。

 でも、この想いはどうしようもない!

 他人の幸せが妬ましい! リア充爆発しろー!


「それなら、僕と一緒にお祭りを楽しまないかい?」


 勇者がここにいた。勇気を絞りだしてデートのお誘い。

 果たしてシャルは―――


「あっ、結構です」

「ぐはっ!?」


 ハートブレイク炸裂!

 一世一代、渾身のお誘いを真顔で拒否された男は心が砕け散った。

 涙を流す彼を、他の男たちが背中を撫でて慰める。慰める彼らの頬を流れる一筋の涙。似たような過去を思い出したのかもしれない。


「仕事で忙しい私のことなんか気にせず、皆さんもお祭りを楽しんでくださいね、!」

「「「 ………… 」」」


 シャルは何も悪気はない。悪気がないからこそ心に突き刺さる。

 独り身の男たちが一斉に顔を俯く。

 その奇妙な反応を不思議に思ったシャルが、同僚や知り合いの冒険者の女性に問いかけようと思ったのだが、彼女たちは胸を押さえて苦しんでいる。


「そ、そうよ。私は仕事が忙しいだけ。忙しいだけなのよ!」

「仕事人間! 仕事大好きなの! 仕事素敵! 仕事がパートナー!」

「け、決してパートナーがいないというわけじゃ…………そうよ、いないわよ! でも、私はパートナーを作らないだけなの! できないんじゃなくて作らないのよぉ~!」

「い、いつ依頼が来るか、わ、わからないしぃ~? 有事に備えてこうして待機しておくのも大切よね~?」

「「「 そ、そうだそうだ! 」」」


 ここには独り身の男女しかいなかった。

 パートナーがいない理由を正当化……というよりも自分に言い聞かせている。

 それが余計に虚しい。


「シャ、シャルちゃんは誰を待っているの?」


 これ以上傷口を広げないように話を逸らす作戦。

 いつの間にか集まっていた冒険者たちも一斉に興味津々。

 シャルはため息をつきながら、待ち人の名前を言う。


「《パンドラ》さんですよ。私は彼らの専属受付嬢。神出鬼没な彼らがいつ来てもいいように、私はこうしてお祭りを楽しむことなくお仕事をしているんです」


 周りは、あぁ、と納得。

 Sランクパーティ《パンドラ》。ドラゴニア王国を拠点とする謎多き冒険者たちだ。

 シャルは彼らが来たときに担当しなければならない。だからこそ、今日もこうしてギルドで待機している。

 しかし、あはは、と遠い目で力なく笑うシャル。


「どうせ彼らはお祭りを楽しんでいるんでしょうけどね……」


 男女のパーティですし、と彼女の身体から、どんよりとした哀愁の独り身オーラが放たれた。

 顔はわからないが、ハーレムパーティとして有名だ。

 カップルならお祭りを楽しむに決まっている。


 ―――いいなぁいいなぁいいなぁズルいズルいズルいズルい。


 据わった瞳でブツブツと息継ぎもなく呟くシャルは、はっきり言って怖い。


「せめて親龍祭期間中のギルド訪問予定を教えて下さったら私もお休み取れたのに……《パンドラ》さんの馬鹿ぁー! いつもお土産をくれる気遣いがあるのに、肝心なところで気が利かないんですからぁー!」


 尻尾をブォンブォンと揺らして耳をピーン!

 怒りで咆える彼女だったが、すぐに脱力して椅子の背もたれにもたれかかった。


「うぅ……今度リーダーさんに何か奢ってもらおう……明日の歌姫セレンのライブを観に行きたかったです……」


 奢りとはまさかデートか、と周囲が騒めいていることにシャルは気付いていない。


「皆さんは気にせず、お祭りを楽しんだり、依頼を受けてくださいね」


 冒険者たちは思わずのけ反る。

 それくらい瞳に深い闇を湛え、のっぺりとした表情だった。

 彼らはガクガクと必死に頷くことしかできない。


「そう言えば、気になる情報があったんですけど、ここ数日、王都周辺でモンスターを全然見かけないというのは本当ですか?」

「お、おう。確かに見てないな」

「俺も俺も。おかげで暇なんだ。だからこうしてシャルちゃんとお喋りしてる」

「私も見てないなぁー。神龍様の威圧で怯えちゃったとか? ほら、初日に降臨されたでしょ?」

「くっ! オレは寝坊して神龍様を拝めなかったぞ……」


 親龍祭が開幕してから減り続けるモンスターの出現情報。

 減ることは安全のために嬉しいことではあるが、昨日は討伐報告が一桁だ。それも討伐したのは一日かかる距離の場所。

 おかしい。モンスターの数が少なすぎる。

 シャルの野生の勘が何かを訴えている。毛がゾワリと少し逆立っている。

 暇そうな冒険者たちに、シャルは美しい受付嬢スマイルをプレゼント。


「皆さん、少し付き合ってくれません?」


 キラーンと輝く瞳。キリッとキメ顔になる男たち。

 男という生き物はとても馬鹿なのであった。













「何もないといいですけど……」

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